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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に野球選手になる方法
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天野くんの後日談




 その日、天野はテラス席でスポーツ新聞を眺めていた。

 新聞は内藤のニュースを報じている。

 内藤は『メジャーへの挑戦』を撤回し、日本球界へ進む意向を発表したのだ。


「内藤め、立派な王子様スターになれるよう努力するんだな」


 新聞を投げ捨てると、テラスに1人の娘がやって来た。

 国民的アイドル、そして天野の弟子である前島悠子だ。


「どうも師匠。この間は見事なホームランでしたね」

「俺様は天才だからな。野球をやらせても全てうまくいくのさ」


 前島はにっこり微笑むと鞄の中に手を伸ばし、


「そんな師匠に差し入れです。使ってください」


 ハンドクリームを差し出した。


「ほう……。お前は気づいていたか」

「師匠の弟子はダテじゃないんですよ。珍しく手袋なんかしてるから気になったんです」


 天野は苦笑しながら掌を見つめた。

 痛々しい血豆ちまめの跡。

 皮もかなり破けている。


「天才クソ野郎とて万能じゃないからな。天才クソ野郎とは1%の才能、1%の努力、そして98%のクソ野郎で構成されているのさ」

「野球道具も師匠が準備したんですよね。当たり前のようにヘルメットを取るよう指示されたので、なんかクサいなと思いましたよ」

「当然だな。公式じゃ使えない飛ぶ違反球ボールと金属バットを持ち込んだよ。そもそも用具をグラウンドに放置して帰るバカな野球部員がいるかよ。内藤はあの時点でハメられていることに気づくべきだったな」

「師匠は内藤さんが賭けを持ち出すと、読んでいたんですか?」

「いや、こちらから持ちかけるつもりだった」

「まさか……。初めから、ホームランにするつもりだったんですか?」

「そんなことはないさ」


 気障キザったらしい笑みを浮かべ、ハンドクリームを手に取る。


「結果的にそうなっただけだ。俺は内藤の後方までボールを飛ばせば良いだけ。別にホームランなんか狙っちゃいない」

「でも球速150kmですよ? 当てるのも難しいんじゃないですか?」

「そりゃ難しいさ。だからいくつかの布石ふせきを打ったんだ」


 ニタリと悪い笑みを浮かべる。


「内藤を呼び出したのは、アイツの肩が冷え切った夜。挑発を繰り返して平常心を奪い、俺がド素人であり、何の準備もしていないと油断させる。柔軟や投球練習の暇も与えない。捕手はレガースを装着していない澤崎に担わせる……。これで全力投球は困難。ボール球も投げられない。投げるのはど真ん中へのストレートだけ。MAX150kmを投げる左腕でも本来の力は発揮できないのさ。そして……」


 偉そうに掌を広げる。


「俺様は事前にバッティングセンターで硬球を打ち続け、ウォーミングアップも済ませた。俺様の身体能力ならば、内藤の後方まで弾き返すのは容易いことさ。お前に言った通り、簡単な賭けだったんだよ」


 呆れたように肩をすくめる。


「まぁ、野球をやったのは中学以来だったが、やはりつまらん非生産的活動だ。俺様には物足りんな」


 前島は呆然と天野を見つめた。

 いくら事前に準備していても、プロ級の投手から簡単にホームランを打てるものだろうか。

 いや、実際に打ってしまったのだから、天野にとっては本当に容易いことだったのだろう。


「はぁ……。それで特大のホームランにしちゃうんですから、師匠は卑怯チートですねぇ……」


 感嘆の息を漏らした時、テラスにもう1人訪問者がやって来た。


「やっほー! 勇二に前島さん! 夜の三冠王ファンタジスタこと涼太ちゃんの登場だよー!」


 涼太がやって来た。

 相変わらず全身がチャラチャラしている。


「ねぇねぇそこのホームラン王さん。内藤くんのニュース見た?」

「見たよ。日本球界に進むらしいな」

「そうそう! やっぱりド素人にホームランを打たれたのがショックだったんだねぇ。人が変わったみたいだよ。こんなことならHDDやメモリーカードを焼き捨てなくて良かったかもね」


 内藤との一騎打ち後、天野は約束通り内藤が持つ全ての記録媒体を破壊した。

 王子様とのハレンチな動画は根絶やしにされてしまった、というワケだ。


「それに見てよ。内藤くんはこんなこと言ってるんだよ」


 楽しそうにスマホを突きつける。

 記者会見を開いた内藤のニュースが表示されている。


「僕は日本で超えなければならない壁と出会いました。あの壁を超えるまで僕はメジャーに行きません……だってさ! この壁って勇二のことかな!?」

「俺様は医学生だぞ。野球選手じゃない。どうやって俺様を超えるんだ」


 呆れながら言った時、またテラスに訪問者が現れた。


「……天野さん!」


 噂をすれば影。内藤のお出ましだ。


「……内藤か。俺様に用か?」


 内藤はチラリと前島と涼太を見つめた。

 頬がさっと赤くなる。


「その……。先日は、本当にありがとうございました……」


 照れ臭そうに頭を下げる。


「数々の無礼な発言をお詫びします。天野さんが説教してくれなければ、僕は澤崎を自らのエゴで振り回し続けるところでした……」


 天野は半眼で内藤を睨みつけた。


「その殊勝しゅしょうな心がけは褒めてやろう。そんなことを告げに来たのか?」

「は、はい……。一度きっちり、謝罪を……」

「嘘だな。俺様の瞳を甘く見るなよ」


 瞳が鋭くなる。


「お前の浅はかな心理なんか透けて見えるよ。謝罪だけのために訪れたのではあるまい。ここに来た目的があるはずだ。何が狙いだ?」

「いや、そ、その……。本当に、謝罪に……」

「俺に安い嘘は通用しない。下手な隠し事をすれば寿命が縮むぞ」


 殺気を放ちながら脅しつける。

 さすがに涼太が口を挟んだ。


「あんまりイジメちゃ可哀想だよ。せっかく謝ってくれてるのにさ」


 前島も援護する。


「そうですよ。どちらかといえば師匠の罵詈雑言ばりぞうごんのほうが酷かったですよ」

「お前らは甘いな。コイツは動画を盾に人を脅すようなヤツだぞ。そんな行いをする人間が善人だと思うのか?」


 涼太と前島は「確かに…」と思いながら天野を見つめた。

 これほど説得力のある言葉もなかなかない。


「おい内藤。何が目的だ。はっきり言いやがれ」


 内藤は困ったように周囲を見つめた。


「あ、あの……」


 もう頬は真っ赤だ。


「じ、実は、告白したいことがありまして……」

「告白だと?」

「は、はい……。本当は、この気持ちを抑えようと思ったんですが……。こんな気持ち、初めてで……。自分でも信じられないくらい、好きになってしまったんです……」


 前島は「ぎょっ」と顔を歪め、涼太は「うほっ」と声を漏らす。

 内藤は『恋する乙女ガチ』の表情を浮かべている。


「ほう……」


 天野はニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。


「もっとはっきり言えよ。それは言葉にしなきゃ伝わらないぜ」

「は、はい……」

「俺様は恋なんて感情を知らないが、それは性別の壁ぐらい、簡単にぶち壊せるものじゃないのか?」


 前島がダクダクと汗を流しながら叫んだ。


「師匠! たきつけてどうするんですか!? 自分がなに言ってるかわかってますか!?」

「黙ってろ。内藤の真剣な気持ちを茶化すんじゃない」


 天野が前島をたしなめた時、内藤が意を決して言った。


「わかりました……! ちゃんと言葉にして、伝えます!」


 情熱の眼差しを浮かべる。

 内藤は大声で叫んだ。


「佐伯涼太さん!」

「……えっ?」


 内藤は真っ直ぐに涼太を見つめた。


「あの夜……。天野さんにホームランを打たれて、僕のプライドが砕かれたあの夜……。あなたがかけてくれた言葉と笑顔が、本当に嬉しかったんです!」

「えっ? え、えぇっ!? 僕、何か言った!?」

「はい……! 涼太さんは、君の人生にとって、これは一回の表に過ぎないよ。まだまだ試合は続くんだ。1点ぐらい取り返してやればいいだけだよ。って……!」

「いや、それは言ったけど! だって君はスンスン泣いてるし、勇二は罵声しか言わないし、前島さんは君たちの動画ばっかり見てるし、さすがにちょっと励ましたけども!」

「その励ましが本当に嬉しかったんです! 涼太さんこそが、僕が日本で超えるべき壁なんです……!」


 内藤は「ガシッ」と涼太の手を握った。


「涼太さんがノンケだってことは知ってます! だから僕と、その、お友達になってくれませんか!? むしろ、涼太さんのことを『兄貴アニキ』と呼ばせてくれませんか!?」


 涼太は青ざめて叫んだ。


「エェッ!? !? なんで僕なの!? そこは勇二じゃないの!? だってホームラン打ったの僕じゃないよ! 打ったのちがう! 僕、ちがう! 打ったのあっち!」


 天野が静かに立ち上がった。

 涼太の肩をぽんぽんと叩く。


「涼太よ。おめでとう」

「はぁぁぁッ!? なんだそりゃ! ぜんぜんめでたくないよ!」

「これでお前も『処女』を喪失か。新しい世界ステージが待ってるぜ。夜の二刀流だなんて、お前にピッタリのあだ名だよ」


 前島が嬉しそうに「師匠ってばお下品ですねぇ」と呟く。

 涼太は髪をかきむしりながら叫んだ。


「そんな『あだ名』欲しくない! なんで僕なの!? 勇二でいいじゃんか! そこは勇二でいいじゃんか! 僕は女の子が好きなんだ! 処女だって死ぬまで守り続けたいんだよぉぉぉぉッ!!!」


 哀れな涼太の絶叫がテラスにこだましていた。





(おしまい)




ご愛読いただきありがとうございます。

何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。

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