天野くんと王子様の依頼
「……男性?」
前島がのんびり尋ねる。
「王子様は男でも女でも、両方イケちゃうタイプなんですか?」
トップアイドルにはあまり似合わない下品な発言。
澤崎が恥ずかしそうに俯く。
天野は腕組みをして、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
「何も恥じる必要はあるまい。男と男。古くからあった関係だ」
もう澤崎の顔は真っ赤だ。
「しかし『男性相手のトラブル』とはなんだ? 男と男では子供が産まれないぞ。まさかとは思うが、お前らは遺伝子の問題をクリアして子供を作ったのか?」
首を小さく横に振り、澤崎はモジモジしながら口を開いた。
「……相手は、自分と同じ、野球部の4年生なんです……。同じ進路を選ばなかったら、僕との関係をマスコミにバラすと、脅されているんです……」
「同じ『進路』とはなんだ?」
「日本球界ではなく、メジャーリーグへの挑戦です」
「うん……? メジャーリーグへの挑戦……?」
実のところ、天野はスポーツにあまり関心がない。
澤崎のことは大学の有名人だから知っていただけだ。
『メジャーリーグへの挑戦』と言われても、野球に詳しくない天野では何のことかわからない。
チラリと前島を見ると、こちらも困ったように首を傾げている。
前島もスポーツには明るくないどころか、野球のルールもよく知らない。涼太を残すべきだったな、と天野は後悔した。
澤崎は天野たちの困惑には気づかず、テーブルの上に1枚の写真を差し出した。
「これが相手の写真です。僕と同じ4年生。内藤啓一という男です。ご存知ありませんか?」
「知らんな。だが、そこまで困る理由がわからんな。関係をバラされたとしても否定すればいい。決定的証拠でも握られているのか?」
その質問を受けると、澤崎はさらに顔を赤く染めた。
茹でダコのように真っ赤だ。
「その……。僕と、内藤が……。あの、してる、動画を撮られて……。はい……」
その後は察してくれ、と願っている。
しかし天才クソ野郎は甘くなかった。
指先を気障ったらしく振り回し、どこまでも偉そうな発言を吐いた。
「まさか、オスとオスの性行為に励んでいる場面を撮影されたのか? 内藤くんとやらに他人には見せられない痴態を演じられ、黄色い声でもあげている動画を撮られたのか? 同じ進路に進まなければ、そいつをお前のケツ穴ではなくマスコミにぶちまけるぞと脅されているのか?」
前島が両耳を塞ぎ「師匠ってばお下品」と抗議している。
澤崎は涙目になりながら頷いた。
「あっはっは。とんだ王子様だな」
嫌らしい笑みを浮かべながら両手を広げる。
「実に面白いじゃないか。その依頼、この天才クソ野郎が受けた」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、俺様にかかれば全てうまくいく。だが……」
天野は思案しながら腕を組んだ。
「動画があるのは問題だ。少し作戦を練る時間をもらおう」
「わかりました。どうか、宜しくお願いします!」
澤崎は頭を下げると、今度こそテラスから走り去った。
呆れ顔で見送る天野に、前島が無邪気に尋ねる。
「ねぇ師匠、どうするんですか? どんな動画かわかりませんけど、こいつは厄介だと思いますよ」
「ああ、動画という証拠は厄介だ。さて、この難問。どうしたものかな……」
**************
王子様の依頼を受けた翌日。
天野と涼太は野球場で練習風景を眺めていた。
本日は一般見学者と同じ場所に佇んでいる。
野球部の関係者たちが呪い殺すような目で睨みつけているので、天野はそれに手を振ってやった。
「あれが内藤啓一くん。左の豪腕ストッパーだよ」
涼太がプルペンで投球練習をしている左投げの投手を指さした。
「その『豪腕ストッパー』というのはなんだ? 俺はスポーツなんて非生産的活動には興味がないんだ。わかるように説明してくれ」
澤崎は有名人だから知っていたが、他の選手のことは誰1人知らない。
野球のルールもそこまで詳しくない。
涼太は細かく説明してやった。
「澤崎くんは右投げの本格派。最初に投げる投手で、長いイニングを投げる投球術に長けているんだ。その澤崎くんのスタミナが尽きるころに登場するのが、あの内藤くんってこと。短いイニングに全力を尽くすタイプなんだ」
「なるほど。そんな役割に分かれているのか」
内藤は球威のある豪速球と、キレのあるスプリットが武器。
連投には向かないが、三振を取る決め球を持っており、終盤では頼りになる投手だ。
「一般的に左投げの投手ってのは、右投げよりも有利らしいんだ。打者にとっては打ちにくくて、選手生命も長いんだって」
「ふーん。何が違うのか、俺様にはよくわからんな」
野球に興味のない天野の目では、内藤と他の選手の違いがわからない。
「内藤くんは大学から急成長した選手なんだ。あまり騒がれてないけど、澤崎くんに匹敵するほどの投手だよ。大学野球では一番の左腕。澤崎くんより内藤くんを欲しがる球団も多いね」
「澤崎からも聞いたが、今ひとつ内藤の狙いが理解できない。講義してくれないか」
涼太は天野にもわかるように説明を始めた。
「内藤くんも4年生。今年のドラフトの目玉なんだけど、内藤くんは日本球界に進むつもりがない。大学を卒業したらアメリカに渡って、メジャーリーグで活躍することを望んでる」
「それは可能なのか?」
「もちろん。メジャーで活躍するのは野球選手の夢だからね。投手の肩は消耗品とも言われてるから、いつか肩の限界が来ちゃう。今の野球界のルールだと、日本球界に一度入るとメジャーに挑戦できるのは現役のピークを過ぎた後になるんだ」
「つまり内藤は自らのピークを、アメリカで迎えたいワケか」
「そうなるね。夢を最短距離で目指そうとしているんだね。そのほうが儲かるワケだし」
野球選手の年俸は、日本よりアメリカの方が圧倒的に上だ。
それぐらいは天野も理解している。
「でも澤崎くんの考え方は違う。メジャーよりも日本球界への挑戦を望んでる。大学関係者も、日本球界も、澤崎くんというスターの入団を待ち焦がれてるよ」
「内藤とは進路が異なるな」
「そういうこと。恐らく相当な利権が絡んでる。でも内藤くんは、澤崎くんをメジャーに連れて行きたい。なぜなら……」
その後を天野が引き継いだ。
「内藤は澤崎を愛しているから、ということか」
「そうなるね」
涼太が頷くと、天野が吐き捨てるように言った。
「昨日の女も内藤とかいう男も、自分のエゴを押しつけやがって。気持ち悪いヤツらだ」
「でも美奈さんの件は何とか解決したよ。澤崎くんが言うには、かなりまずい証拠を内藤くんが持ってるんでしょ?」
「ああ、性行為の場面を撮影されたらしい。そいつで脅されているようだ」
「動画か……。それはまずいね」
内容は不明だが、恐らく顔が確認できる代物だろう。
暴露されればスターとしては間違いなく失脚する。
「過去にそっち系のビデオに出演したことがバレて、指名を避けられた選手がいるよ。その人はアメリカに渡るしかなかった。そうなる可能性は高いね」
天野は頭を抱えた。
「それは困ったな。動画は厄介だ。コピーして隠されればおしまいだからな」
動画はあらゆる記録媒体やWeb上にコピーできる。
根絶やしにするのは困難だ。
天野は思案しながら尋ねた。
「内藤は本気で動画を公開すると思うか?」
「ギリギリの線だと思うね。公開したら『男色』というレッテルを貼り、澤崎くんの未来を潰すことになる。それは内藤くんも背負うリスクだからね」
「内藤もできれば公開したくない、ということか」
「そのはずだよ。内藤くんも隠したい秘密のはずだよね」
2人はベンチに座り作戦を練り始めた。
「動画を根絶やしにするために、内藤の家を燃やすのはどうだ?」
「放火の罪は重いよ。しかも内藤くんたちは選手寮に住んでる。お勧めはできないね」
「内藤を脅すのはどうだ。暴力で黙らせることはできないか?」
「勇二が知らなくても、内藤くんは澤崎くんに匹敵する投手だよ。未来のスター候補なんだ。暴力は騒ぎになる。殴って解決できる問題じゃないね」
「内藤に女を近づかせて、別のスキャンダルを捏造するってのはどうだ?」
「それは悪くないかも。ところがね、僕のリサーチじゃ内藤くんは『ガチ』みたい。女の子への興味はゼロ。さすがに僕もその手のお友達はいないよ」
天野は舌打ちしながら空を仰いだ。
「お手上げじゃないか。これじゃ手出しできん」
「同感だね。さすがに手が出せない」
「こいつは想定以上の難問だ……。さて、どうするかな……」
天野はブツブツと独り言を呟き、その場を歩き回り始めた。
天野が考えごとをする時の癖だ。
しばらくその場を歩き回っていたが、諦めたように息を吐いた。
「……仕方ない。正攻法で行くか。内藤を説得してみよう」
「裏技を好む勇二にしては珍しいね。内藤くんと話して、頭を下げるってこと?」
「そんなところさ。あまり気乗りしないがな」
どのように内藤を説得すべきか。
天野は天才クソ野郎としての頭脳をフル回転させていた。




