天野くんの後日談
天野はその日、銀座にある坂上のスナックに訪れていた。
「いらっしゃいませ。……あら、勇二くんじゃない。やっと来てくれたのね」
「ああ、約束したからな」
「嬉しい。ずっと待ってたんだから」
それほど広い店ではない。
カウンターに椅子が6つだけ。
スナックというよりはバーと呼んだ方がしっくりくる。
それでも場所は銀座の一等地だ。
相当なパトロンを見つけたのだろう、と天野は判断した。
「連れがいるんだが、入っても大丈夫か?」
「なんだ、1人で来てくれなかったの? 期待してたのにな」
天野の背中から涼太がひょっこり顔を出した。
「あら、僕ちゃんってばお呼びじゃない? 気を利かせて2人きりにしよっか?」
「うふふ。涼太くんなら歓迎よ」
坂上は2人を招き入れた。
「2人に会うのは、綾瀬さんのお葬式以来ね」
「そうだねぇ。……いやぁ、でも素敵な店だよ。さすが坂上さんだね。坂上さんの気品に満ち溢れている店って感じだよね」
涼太は大げさに褒めた。
坂上が苦笑しながら天野を見つめる。
「涼太くんは本当にマメよね。勇二くんも見習ったら?」
「こいつは褒める役。俺様はけなす役。ちゃんと役割分担が決まっているのさ」
「偉そうに言うことじゃないわよ。2人とも何飲む?」
天野はギムレット、涼太は焼酎の水割りを頼んだ。
「……だけど。綾瀬さんの件は残念だったわね」
「そうだな。残念、としか言葉が出ないな」
「涼太くんは落ち込んでない?」
涼太は明るく笑った。
「僕はもう大丈夫さ。心配しないでよ」
坂上はグラスを天野と涼太の前に差し出した。
天野がのんびり言った。
「坂上、もう1杯作ってくれ」
「どうして? 他にも連れが来るの?」
「綾瀬の分だよ」
坂上は納得したように頷き、もう1杯グラスを用意した。
天野と涼太は自分達の間に、そのグラスを置いた。
「本来だったら、あいつも飲めた酒だ」
「そうだね。綾瀬さんのお酒の好みはわからないけど、これで許してくれるかな」
「きっと許してくれるさ」
天野と涼太は、真ん中に置いたグラスにカチン、と音をたてて乾杯した。
「うん……。綾瀬のことはこれでいい」
「綾瀬さん……。最後どう思ってたかな」
「幸せだったに決まってるさ。初恋の相手と想いが叶って死ねたんだ。これ以上ない最期さ」
「……そっか。そう言ってくれると助かるよ」
その様子を見ていた坂上が言った。
「本当に2人は仲が良いわよねぇ。男同士の友情か……。なんだか羨ましいな」
「ただの腐れ縁だよ。小学生の時は、勇二がヒーローに見えたりしたけどね」
「ほう?」
天野はギムレットを舐めながら、気障ったらしい笑みを浮かべた。
「まるで今の俺様がヒーローではないみたいじゃないか。天才クソ野郎に失礼だとは思わないのか?」
坂上が笑いながら口を挟んだ。
「なに? その『天才クソ野郎』って?」
天野は堂々と胸を張った。
「今の俺様の『あだ名』さ」
「うふふ、天才なのにクソ野郎か。確かに勇二くんにピッタリかも」
「そうだろ? 俺も気に入ってるんだ。お前も何か困ったことがあれば、俺様に依頼しろよ」
「なに依頼って?」
涼太が苦笑しながら言った。
「勇二ってばさ、大学で『事件屋』まがいのことしてるんだ」
「事件屋?」
「うん、学生から依頼を受けてさ、ストーカーをぶちのめしたり、女の子に病院を紹介したりね」
「ど、どうして勇二くん、そんなことしてるの?」
天野は不敵な笑みを浮かべた。
「俺様が天才クソ野郎だからさ。アイデンティティそのもの……。そう言っても過言じゃないね」
坂上は納得していなかったが、なんとなく頷いた。
「じゃあ、何か困ったことがあったら相談するわね」
「ああ、どんなことでも相談するがいい。例え、警察や名探偵が尻尾を巻いて逃げ出すような難事件であっても……」
天野がお得意の決め台詞を告げる前に、涼太が口を挟んだ。
「まかせてよ。僕たちのコンビにかかれば、全てうまくいくんだからさ」
(おしまい)
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