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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女に上手にさよならを告げる方法
41/91

天野くんと綾瀬




 同窓会の翌日。

 天野と涼太は綾瀬を見舞うため、東海道線に乗って鎌倉を目指した。


「綾瀬に会えるなんて楽しみだな」

「うん……。だけど、何を話せばいいのかな」

「涼太が一番仲良かったんだぜ。実際のところ、俺様よりお前のほうがわかるんじゃないのか?」


 涼太は照れ臭そうに微笑み、車窓の風景を眺めた。

 確かにそうかもしれない。

 過ごした時間は短かった。それでも忘れられない時間だった。


「ねぇ、勇二……。綾瀬さんと初めて会ったのは、彼女がイジメられてるところだったんだ……」


 涼太は車窓の風景を眺めながら、当時を懐かしく回想した。



**************



 それは小学6年生の時。

 登校中の出来事だった。


 涼太は黒頭巾くろずきんをかぶり、黒い防護服を身にまとった児童と出会った。

 彼、もしくは彼女は、同じ学校の児童数名に「気味悪い」「頭巾とれよ」「どこの化け物だよ」と、からかわれていた。


(……酷いことするなぁ……)


 当時の涼太は、幼馴染である天野の影響を大きく受けていた。

 成績は優秀。体格も立派。格闘技をかじっており、喧嘩も強い。

 それでいて正義感の強かった天野は強き者に刃向かい、弱き者を助ける『ガキ大将』だった。

 涼太は天野のことをヒーローだと感じていた。


 確かに黒頭巾と黒い防護服の姿は異質だった。

 全身が黒く分厚い布に覆われており、中にどんな顔が隠れているのか、まるで判別できない。

 背丈が小さいため子供だと判断できる程度。男女の区別はおろか、そもそも中に入っているのは人間なのか、外見だけではわからないのだ。


 涼太自身も、かなり気味の悪い印象を受けた。

 しかし、「見た目で人を判断しない」というのが、当時の天野が持っていた美学だった。

 自らのヒーローである幼馴染は、目の前の光景を見過ごすだろうか。 


 ……いや、天野はそんな男ではない。


「おい、お前ら」


 涼太は精一杯の虚勢きょせいを張り、からかっている連中に声をかけた。


「イジメは止めろ。イジメはカッコ悪いぞ」


 涼太の腕っ節は弱い。華奢な「もやしっ子」の少年だ。

 喧嘩になればあっさり負ける。

 だからこそ、即座に切り札を振りかざした。


「僕は勇二の友達だぞ」


 当時の小学校では天野の名前を出せば、誰もがイジメを止めていた。それぐらいの影響力があった。


「……ちっ、勇二のダチかよ」

「マジうぜぇ」

「もう行こうぜ」


 イジメていた連中は舌打ちをしながら、黒頭巾の子供から離れた。


(はぁ……。怖かったぁ……)


 涼太は冷や汗を拭い、黒頭巾の子供に話しかけた。


「ねぇ、君、大丈夫だった?」

「……ありがとう」


 か細い鈴のような、女の子の声だった。


「君は女子なんだ。何年生?」

「6年生。今日、転校してきたの」

「クラスは何組?」

「1組」

「じゃあ、僕と同じだ。一緒に行こうよ」

「……いいの?」

「もちろんだよ。学校まで案内してあげる」


 涼太と黒頭巾の少女は一緒に学校へ向かった。

 とにかく黒頭巾の姿はあまりに異様だ。

 涼太が隣に並ぶだけでは中和されない。

 誰もが遠巻きに眺め、ヒソヒソと好ましくない話をしている。

 涼太はできるだけ彼女が嫌な思いをしないよう、楽しそうに話しかけた。


「1組はね、担任がおばちゃんなんだ。怒ると怖いよ」

「ふぅん……」

「それに勇二って友達がいるから、イジメとかはないよ」

「よかった……」

「君はどうして、黒い布をかぶってるの?」


 黒頭巾の少女はうつむき、辛そうに言った。


「病気なの。日光に当たると、具合が悪くなっちゃうの」

「そんな病気があるの?」

「うん、とっても珍しいんだって」

「体育の時間とか、プールとかはどうするの?」

「お休みするの」


 涼太はとても可哀想に感じた。

 健康的な6年生の少年にとって、体育やプールの時間ほど楽しみなことはない。


「それは何だか、つまんないね」

「うん……」

「水に入るのもダメなの? プールとか海に入っても、病気になっちゃうの?」

「そうみたい……。ちょっとでも日光に当たると、肌が真っ赤に腫れちゃうの……。すごく痛いんだ……」

「そっか」


 涼太は何気なく空を見上げた。

 雲ひとつない晴天の青空。

 うららかな春の陽気が広がっている。

 お日様の光が当たると身体が痛くなるなんて、涼太にはまるで想像できなかった。


「梅雨が明けて夏になったら、大変なんだね」

「うん……」

「海とかプールとか、気持ちいいのになぁ」

「海に行ったことあるの?」

「うん。僕は海で泳ぐのが好きだから」

「いいなぁ……。私、泳いだことないから、羨ましい……」


 2人が校門に近づいた時、前方に天野の姿を見つけた。


「あ、勇二だ。おーい! 勇二!」


 天野は振り返り、黒頭巾の少女を驚いて見つめた。


「おはよう。新しい友達?」

「うん、日光に当たるとダメな病気なんだって。だからこの黒い服を着てるんだってさ」

「ふーん」


 天野は半眼で黒頭巾の少女を眺めた。

 それはかなり興味深い存在だったようだ。

 天野はじっと注視し、背後にも回りこみ、全方向から睨みつけるように観察している。

 黒頭巾の少女が緊張している様子が窺えた。


 涼太は心配だった。

 天野が何を告げるのか、心配だった。


「すげぇ、イカすじゃん」


 天野はそれだけ言った。

 涼太は心底ほっとした。

 天野が見た目で判断せず、褒めてくれたことに感謝した。

 やはり天野はヒーローだと、涼太は思った。


**************


 朝のHRの時間。

 担任は教室に入ると、部屋のカーテンを全て閉めるように告げた。


「皆さんに転校生を紹介します」


 とても真剣な声だった。


「彼女はとても難しい病気にかかっていて、日光に当たることができません。これから、教室はいつでもカーテンを閉めること。どんな天気の日でも、必ず閉めてください」


 教室がざわつき始めた。

 担任は児童たちの動揺を無視して言葉を続けた。


「彼女は病気のため、防護服を着て登校します。決して彼女の服装をからかったり、笑ったり、怖がったりしてはいけません。皆さん、いいですね?」


 担任はそう言って、黒頭巾の少女を呼んだ。

 廊下から現れる異質な存在。

 途端に児童たちは様々な声をあげた。


「こわい」

「いやだ」

「キモい」

「気味悪い」

「バケモノみたい」


 小さな声がさざ波のように広がっていく。

 「ドン!」と、誰かが机を叩いて立ち上がった。

 天野だった。


「うるせぇんだよ! 病気だって言ってんだろ! 悪口が言いたいなら俺様に言え!」


 教室は一気に静まり返った。

 担任は「ふぅ」と息を吐いて転校生を紹介した。


綾瀬清美あやせきよみさんです。登下校時にこの防護服を着ます。皆さん、勇二くんの言う通り、綾瀬さんを悪口から守るようにしてください」


 児童たちは「はーい」と素直に返事をした。

 悪口を言った日には、天野に何をされるかわからない。

 児童たちは素直に従った。


「それでは綾瀬さん、自己紹介をしましょうね」

「はい」


 綾瀬は防護服を脱ぎ、黒頭巾を外した。

 涼太は、その瞬間を一生忘れないだろう、と思った。


「はじめまして。綾瀬清美です。これからよろしくお願いします」


 教室に驚くほど細く、白い少女が現れた。

 特別な美少女、という訳ではなかった。

 それでも何もかもが美しく見えた。

 どこか怯えがちな瞳も、綺麗に結ばれたおさげの束も、健康にはほど遠い痩せぎすの頬も、何もかもが美しく見えた。

 一目惚ひとめぼれだった。

 初恋だった。


「綾瀬さんの席は、廊下側の一番後ろです」


 綾瀬には窓から最も遠い席が与えられた。

 幸運にも涼太の隣だった。


「綾瀬さん、朝はどうも」


 綾瀬はにっこりと微笑んだ。


「朝はありがとう。とても嬉しかった。なんて名前なの?」

「僕は佐伯涼太。涼太って、みんな呼んでる」

「じゃあ涼太くん。これからよろしくね」


**************


 その日から涼太の生活はバラ色に輝いた。


 登下校時には綾瀬に付き添い、日光が当たらないよう大きな日傘も用意した。

 大好きな体育やプールの時間も、暇さえあれば綾瀬に近づき、綾瀬が退屈しないように話しかけた。

 綾瀬が歩く廊下の窓にカーテンがなければ、涼太は室内でも日傘を取り出した。

 綾瀬が恐縮するくらい、過保護に面倒を見ていた。


 どんな季節でも、どんな天気の日でも、いつも涼太は綾瀬の隣にいた。

 あまりに仲睦なかむつまじい2人を冷やかす声も多かったが、その全てを天野がぶちのめしていた。


**************


 ある時、天野が窓ガラスを見て言った。


「涼太、紫外線を防ぐシールがあるらしい。昨日兄ちゃんに相談したら、そんなことを言われた。教室の窓ガラスに貼るのはどうだろう?」

「それいいね! 僕、先生に相談してくる!」


 涼太の提案で、教室や廊下の窓ガラスに紫外線を防止するシールが貼られた。

 2人は先生に何度も頼みこみ、理科室や音楽室などの移動教室のガラス全てにシールを貼った。


**************


 またある時、綾瀬は「クラブ活動に参加してみたい」と言い出した。

 屋外での活動が難しいため、涼太は綾瀬と一緒に手芸クラブに入った。


「綾瀬さんは器用だね。怪我とかしちゃダメだよ」


 綾瀬は涼太の指を見て笑った。

 不器用な涼太の指には、何枚もの絆創膏が貼られている。


「大丈夫。それより無理しないで。涼太くん、お裁縫とか好きじゃないでしょ?」

「そ、そんなことないってば」

「私にだって、ちゃんと友達がいるんだから」


 綾瀬は完成間近の「ウサギのぬいぐるみ」を持ち上げた。


「『こんにちは涼太くん。いつもありがとう』」


 ウサギを顔の前に掲げ、ひょこひょこ前足を動かす。

 涼太は苦笑しながらウサギに話しかけた。


「ウサギさんこんにちは。綾瀬さんのお友達になってくれて、ありがとう」

「『ボクがいるから、涼太くんはお外で遊んでおいでよ』」


 ウサギは綾瀬の背後を指さした。

 サッカーボールを持った天野と目が合う。

 なぜだか知らないが、この頃の天野は、よく2人の様子を遠くから見つめていた。

 涼太は気まずそうに天野を見つめ、小さく首を振った。


「ううん。僕はまだエプロンが出来上がってないんだよ。それに僕は綾瀬さんと一緒にいたいんだ」


 不器用だった涼太にしては、珍しく気の利いたことを言った。

 相手が「ウサギのぬいぐるみ」だったから、だろうか。

 それでも恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤にしていた。


「……なんだか、ごめんね」

「え、なんで綾瀬さんが謝るの?」

「だって、私のせいで、お外で遊べないでしょ?」

「それは違うよ。綾瀬さんのせいじゃない」


 涼太は爽やかに笑った。


「病気のせいだよ。綾瀬さんは何も悪くない。それに僕、本当はサッカーなんか好きじゃないんだ」


 そう言って、涼太は嫌な顔ひとつせず、綾瀬の隣に寄り添った。 

 綾瀬の傘になり、時には盾になり、あらゆる誹謗中傷ひぼうちゅうしょうから守り続けた。


**************


 卒業式の日。

 涼太と綾瀬は別々の中学へ進むことになった。


 もう綾瀬を守ることができない。

 もう綾瀬と一緒にいることができない。

 涼太は綾瀬のことが心配だった。


 だが、綾瀬はそんな心情を汲くみ取ったのか、涼太にこう言った。


「涼太くん……。あなたのおかげで、本当に楽しい学校生活だった」

「僕こそ、本当に楽しかった。綾瀬さんが転校してくれて良かったよ」

「もう、私は大丈夫だから」


 綾瀬は白い頬を微かに染め、はかなげに微笑んだ。


「ずっと涼太くんが守ってくれたから、これからも頑張っていける。だから、もう心配しなくていいの。私に構わなくていいんだからね」


 どこか突き放すような言葉だった。

 涼太は何だか悲しくなった。

 なぜ綾瀬がそう言ったのか、涼太にはわからなかった。


「ねぇ涼太くん。これ受け取って」


 綾瀬は手芸クラブで作った「ウサギのぬいぐるみ」を手渡した。


「これ、いいの? すっごく大切にしてたのに。綾瀬さんの友達なのに」


 綾瀬は静かに首を振った。


「いいの。涼太くんと一緒に作ったものだから。涼太くんとの思い出だから。涼太くんに貰って欲しいの」


 涼太は慌ててポケットをまさぐった。

 しわくちゃのハンカチしか入っていない。

 何かを綾瀬にプレゼントするなんて、そんな気の回ることは考えつかなかった。


「ご、ごめんよ……。僕は何もまともに作れなくて。綾瀬さんに何か用意するんだったな……」


 綾瀬は小さく微笑んだ。


「ううん。何もいらない……。もう何もいらないの。これ以上、もう何も……」


 綾瀬は慌てて黒頭巾をかぶった。

 最後の表情は見えなかった。


「……さよなら。いつまでも元気でね」



 綾瀬は行ってしまった。


 別れを実感できるほど、大人じゃなかった。

 気の利いた「さよなら」を告げるほど、器用な性格でもなかった。

 再会の約束も、その時交わす言葉も、何も決められなかった。

 離れてしまえば、再会することは難しいとわかっていたのに。


 ただ一言、好きだって。

 そんな言葉、口にする勇気はなかった。


 中学に進んだ後、綾瀬は地方へ引っ越していった。

 涼太はこの時、手紙を出さなかったことを、一生後悔することになった。





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