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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女が上手にアイドルグループを卒業する方法
35/91

天野くんのお兄さん




 天野は大学の正門を出ると、すぐさまタクシーを捕まえて乗り込んだ。

 前島も急いで天野の隣に座った。


神埼かんざき記念総合病院まで頼む」


 そう言うと深く座りこんで、黙って前を睨みつけた。

 前島は『病院』というフレーズに驚き、天野の横顔に尋ねた。


「師匠、病院に行くんですか?」

「そうだ」

「お体の調子でも悪いんですか?」

「違う。そこで特別講義をするんだ」


 天野は突然、話を変えた。


「ところでお前、俺様の下の名前は知っているか?」


 突然の質問に驚きながらも、前島はおずおずと頷いた。


「『勇二』、ですよね」

「そうだ。よく知っていたな。褒めてやろう」


 思わぬところで師匠からの賛辞をもらった。


「俺様の父親が、病院を手広く経営していることも知っているな?」

「はい、もちろんです。産婦人科が多いと聞いてます。師匠はお医者様の息子なんですよね」

「そうだ。典型的なボンボンさ。父親の名前は『いさむ』という。俺はそこから一字もらった」

「なるほど。それで勇二、なんですね」


 天野は前を睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。


「ふざけた名前だと思わないか? 2番目の息子だから勇二、だとよ。捻りもへったくれもない名前だ。短絡的に名づけやがって」


 心底不快そうに顔を歪めている。

 タクシーは都内の街中を走っているが、天野は景色なんて興味がない。

 顔を歪めたまま言葉を続けた。


「俺は2番目の息子だった。つまり俺には『兄』がいる」

「師匠のお兄様ですか……。あっ、もしかして病院に、お兄様がいるんですか?」

「そうだ。名を『勇一ゆういち』という」


 前島が嬉しそうに声をあげた。


「それはつまり『天才クソ野郎のお兄様』になるんですね! どんな方なんですか?」

「それを今からお前に紹介しようと思っている」

「わぁ、やった! 楽しみです!」

「言っておくが、俺は涼太にも会わせたことがない」


 涼太は数少ない天野の友人だ。

 幼馴染で親友とも呼べる間柄。

 この言葉に前島は驚き、さらに嬉しそうに顔をほころばせた。


「涼太さんが会ったことないなんて、超レアキャラじゃないですか! 私に紹介してもいいんですか?」


 ここまで天野はずっと前を睨んでいたが、初めて隣にいる前島に顔を向けた。


「俺様はお前を弟子、それも世界で1人の特別な弟子だと感じている。だから会わせるんだ。その重要度を深く理解し、俺様に感謝するがいい」


 かなり偉そうな物言いだったが、前島は屈託くったくのない笑顔を浮かべて頷いた。


「はい! 師匠に心から感謝します!」


 天野は満足気に頷き、再び前を睨みつけた。


「やっぱり師匠のお兄様も、天才クソ野郎なんですか?」

「いや、クソ野郎なんかではない」


 天野は静かに首を横に振り、また少し話題を変えた。


「俺の父親は子供に、自分の名に漢数字を加えて与えるような父親だった。子供のことを「所有物」としか考えていないのさ。だからこそ、子供にも「自らの理想」を押し付けようとしていた。つまり、自分と同じ『立派な医師』という道を歩ませたがった。……おっと、そこは右に曲がってくれ」


 運転手に指示を出しながら話を続ける。


「兄は父親の期待を一身に受けて育った。兄は本当に優秀だったよ。父親の期待に全て応えてみせ、一流の医師に成長した」

「へぇ……。立派な方なんですね」

「誰よりも立派な男さ。俺は大学で『天才』なんて呼ばれているが、兄に比べれば可愛いものだ。兄こそ真の天才だ。俺の頭脳なんか超越ちょうえつしている」


 クソ野郎にしては随分謙虛な発言だ。

 天野は医学部の首席で、天才と呼ばれるに値するほどの頭脳を持っている。

 それを「超越している」と言うのだ。

 いかに天野の兄が優秀なのか、前島はその言葉で理解した。


「やっぱりお兄様も、師匠と同じように天才なんですね」

「ああ、本当に天才で、何もかもが優秀な兄だったよ。優秀すぎる兄と全てを比較され、この俺様はみじめな少年時代を過ごしたものさ。勉強、運動、腕力、生活態度……。どれをとっても、何ひとつ敵わなかった」

「そ、そこまでなんですか……。想像できませんね……」

「しかもそれだけじゃない。性格まで完璧だった。品行方正で真面目な性格。かといって傲慢ごうまんになるような人間でもなかった。いつも駄目な弟をかばい、駄目な弟の面倒を見てくれたよ。俺が叱られる度に、優しく励ましてくれたものさ」

「ひええ……。クソ野郎とは真逆じゃないですか」


 天野はその言葉に「そうだな」と小さく笑った。


「まさか『天才クソ野郎』のお兄様が、そこまでの完璧超人だなんて……」


 前島は生唾をごくりと飲み込み、一番気になっていたことを尋ねた。


「やっぱり顔とかも、師匠と似ているんですか?」

「ああ、似ているな」

「それじゃ、お兄様も師匠と同じように男前イケメンなんですか?」


 天野はちらりと前島の顔を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。


「当たり前だろう? 俺様の兄だぞ。見た目だって完璧さ。『美』という言葉は兄のために生まれた……。そう言っても過言じゃないな」


 前島は「うひゃぁ」と呟き、熱くなってきた頬を押さえた。

 どうやら天才クソ野郎の兄とは、女子の理想が全て注ぎこまれた存在なのだなと、前島は感じた。



**************



 やがてタクシーは神埼記念総合病院に到着した。

 場所は都内の一等地。高台にある大きな総合病院だ。


「着いたぞ。ここだ」


 タクシーを降りると、前島は感心して病院を眺めた。


「わぁ、素敵な病院ですね」


 それは立派な病院だった。

 近代的で洗練されたデザイン。壁は白く清潔で輝いている。窓も鏡のように美しい。

 通りには沢山の樹木や花が植えられている。花壇の手入れも小まめにされており、色とりどりの花が咲き乱れている。周囲にはゴミひとつ落ちていない。


「さて、行くぞ」


 天野は正面玄関を目指して歩き出した。

 前島は早足の天野を小走りで追いかける。


「アポもとらずに、いきなり来てしまいましたが、大丈夫なんですか?」

「問題ない。会えるさ」


 正面玄関から中に入る。

 そこは高い吹き抜けのホールになっていた。

 きらびやかなステンドグラスから七色の光が差し込んでおり、病院とは思えないほどの豪華さだ。


「す、すごい……。こんな立派な病院、初めて来ました……」


 内装まで想像以上に美しい。

 ここまで豪華絢爛な病院は見たことがない。

 都内にある病院の中では、最上級の部類に入るだろう。


「こんなに立派な病院で、師匠のお兄様はどこの科にいるんですか?」

「心療内科だ。この先にある」

「心療内科のお医者さんですかぁ。うわ、緊張しちゃいますね」


 神埼記念総合病院は入り口の病棟とは別に、3つの病棟が存在する。

 天野は南に位置する病棟へ向かった。

 時折すれ違う看護師が軽く会釈をしているが、天野が白衣を着ているからなのか、知り合いだからなのか、前島には判断がつかなかった。


「ここの4階だ」


 慣れた手つきでパネルを操作し、エレベーターに乗り込んだ。


「うわぁ……。景色も素敵ですねぇ」


 ガラス張りのエレベーターの中から、都内の景色が一望できる。高台に建てられているため、遠くまで見渡すことができるのだ。

 立地も良く開放感は抜群。この病院を利用しているのは政治家や一流のVIPなのだろうなと、前島は思った。


 エレベーターが4階に到着すると、天野はナースステーションへ向かった。何かをノートに記載すると、前島を連れて通路を進んだ。


「ここだ」


 ひとつの扉の前で立ち止まった。


「えっ? でも師匠、ここって……」


 天野はその声を無視して白衣を脱ぎ、くるくると丸めて片手に持った。

 動揺する前島を尻目に扉を開け放つ。


「久しぶりだね。ゆう兄ちゃん」


 天野は優しく声をかけた。

 それは前島が聞いたこともない、優しい声だった。



「あぁ……?」



 天野の兄、勇一はベッドに横たわり、入り口をおぼろげに見つめた。

 前島はその姿に言葉を失った。

 白髪の坊主頭。うつろで焦点の合わない瞳。その中には前島はおろか、天野の姿さえ映っていない。

 無精髭が伸びた不潔な顔。口元は歪んでいる。唇の端には涎が溜まって泡となり白く乾いている。

 そして身体には白い拘束衣を装着させられていた。


「ゆう兄ちゃん、元気してたかい?」

「あ……あっ……あぁ……」

「そうか、なによりだ」


 予想もしていなかった光景に、前島は入り口で呆然と立ち止まり、自らの口元を震えながら押さえた。

 突然、勇一が叫んだ。



「あぁあぁああああぁぁああぁああぁあぁっ!!!」



 天野は後方を振り返り、静かに告げた。


「入り口を閉めてくれ。ゆう兄ちゃんが興奮してしまう」

「は、はい」


 慌てて入り口を閉める。


「あああっ! ああぁあっ! あああぁぁああぁっ!」


 勇一は叫び声をあげ続けている。

 天野は優しく声をかけた。


「大丈夫だよ。もう入り口は閉まった。安心していいよ」

「ああっ、あぁ……あぁ……」

「もうなにも怖くない。大丈夫」

「あぁ……あっ……」

「そう、なにも怖くない」

「あぁ……――」


 天野は振り返って前島を見つめた。そして悲しげに告げた。


「これが俺の兄、勇一だ」





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