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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼を上手にご主人様にする方法
31/91

天野くんのWデート




 メイド喫茶に行った翌日。

 天野と奥田は原宿の竹下通りの入り口に立っていた。


 今日も奥田は全身アル◯ーニだ。あと5着分のストックがある。

 ブタ野郎には着こなしなんて無理、と考えた天野は、奥田が曜日ごとに着る服を決めさせたのだ。


「ねぇ? ホントにホント? ホントにマユにゃん来るの?」

「来るぞ。ついにメイドじゃない姿が見られるぞ」

「やっぱり天野くんは天才だよ。ボクはキミと友人であることを誇りに思う」

「クソ野郎の俺様にそんなことを言うのはお前くらいだ。お、来たぞ」


 原宿の駅から、メグにゃんとマユにゃんがやって来た。


「やぁメグちゃん。今日は友達だから『ちゃん』でいいよね」

「うん。ご主人様じゃなくていいの?」

「ああ、気軽に天野って呼んでよ」

「じゃあ、天野くん、よろしくね!」


 メグにゃんはもちろんメイド姿ではない。

 丈の短いボーダーのワンピース。肩を大胆に露出させているところに、本日のやる気が現れている。


 隣にはマユにゃんの姿もある。

 無理をいって誘い出してもらったのだ。

 2人の休日が一緒だったのは、天野たちにとって幸運としか言い様がなかった。


「カンちゃん、やっほー。外で会うのって変な感じだね」

「マ、マユにゃん……!」


 奥田はマユにゃんの私服姿に見惚みとれている。

 感激のあまり泣き出しそうだ。

 マユにゃんは照れ臭そうに笑った。


「いやだ、お店じゃないんだからマユちゃん、って呼んで」

「マ、マユちゃん……。ひっく、ひっく…………びぇぇぇぇん!!」


 泣き出してしまった。

 天野は慌てて女の子2人に声をかけた。


「そ、それじゃ、表参道ヒルズにでも行こうか」

「うん!」


 メグにゃんは天野の手を握り歩き出した。

 すっかり懐いている。

 電話であれだけ甘い言葉をささやいてやればそうなるか、と天野は納得した。


 天野たちとは対照的に、奥田とマユにゃんは微妙な雰囲気だ。

 お互いにどこかおずおずとしている。

 店ではあれだけ盛り上がっていたのに、いざ外に出ると2人の間に見えない壁でもあるようだった。



**************



 天野たちはとりあえず竹下通りを歩いた。

 休日ということもあり、物凄い人の数だ。

 若い女の子や観光客でごった返している。


「あ、これ可愛い!」

「ホントだ! すごいカワイイー!!!」


 途中の雑貨店や洋服屋で、女の子たちが歓声をあげて足を止める。

 天野の美学では女の買い物に付き合うなんてごめんだが、今日は奥田のためだ。じっと我慢した。


「おい、イベリコよ。軍資金の心配はないか」


 会話に入れない奥田に天野が声をかけた。


「う、うん。もちろん大丈夫だお」

「今日はお前が財布役になる。マユにゃんが気に入ったものを全て買え。それを全部持て。あまり好みじゃないが下手から攻めよう」

「わ、わかったお」


 奥田は怯えながら頷いている。

 原宿というチョイスは失敗だったかもしれん、と天野は後悔した。

 奥田は街のテンションに飲まれている。きっとこれが生まれて初めての原宿。竹下通りなんて、存在すら知らなかっただろう。ブタ野郎が萎縮するのも当然だ。


「いいか奥田。お前はマユにゃんだけを見ていろ。この街はマユにゃんの背景だ。惚れた女のことだけを考えていればいい。それ以外は全て無視しろ」

「う、うん……。マユにゃん以外は無視……。無視するお……」


 奥田は涙目で頷き、マユにゃんだけを見つめた。


「ねぇこれ見てカンちゃん。可愛いくない?」


 マユにゃんがバレッタを持ち、奥田に差し出した。


「か、かかかか買ってあげるお」

「え、いいよ。まだ見てる途中だし」

「ええええ遠慮なんかしないで……」


 天野は慌てて奥田を呼び止めた。


「違う。全然ダメだ。いいか、よく見ていろ。俺様が手本を見せる。これは実習だと思え」


 天野はメグちゃんが手にしている小物を見て言った。


「それ可愛いじゃん。メグちゃんにピッタリ」

「でしょー! でもこっちもいいよねー」

「おっ、それも似合うなぁ。やっぱメグちゃん可愛いからどれでも似合うね」

「んー。どうしよっかなぁ」

「よし! 記念すべき初デートなんだから、俺が両方とも買ってあげるよ」

「えっ! ホントに!? いいの!?」

「もちろん! まだまだ記念日は終わらないからね。さあ次はどれかな?」

「やったぁ! ええっとねぇ……」


 天野はメグちゃんからすっと離れ、奥田のもとへ戻った。


「見たかイベリコ。ベタだがこんな感じだ」


 奥田は涙目で天野に訴えた。


「高等すぎるお。流れが読めないお」

「人体の解剖に比べれば楽勝だ。いいか、女との買い物は『褒める・同調する・褒める・褒める・買う』この五段活用だ。やってみろ」


 天野は奥田をマユにゃんのもとへ送り出した。

 酷かもしれないが、原宿デートでは必ず乗り越えなければならない関門だ。


「あ、カンちゃん。こっちの服とこっちの服、どっちが似合うかなー?」


 天野は頭を抱えた。

 女の子の買い物特有の『どっち? どっち?』だ。

 この問題は奥田には難しい。これは奥田には解けまい。


「どっちも可愛いお! マユちゃんにピッタリだお!」

「ほんと!? やったぁ、でもこっちかなぁ」

「うんうん。ボクもそう思うお」

「え、やっぱり? カンちゃんもそう思うかー」

「マユちゃん可愛いし絶対似合うお!」

「やだぁ、カンちゃん褒めすぎー」

「だって可愛いくて似合ってるお!」

「もう照れちゃうし、欲しくなっちゃうじゃん」

「遠慮なんか無用だお。買ってあげるお。今日はボクらの記念日だお」

「え!? ホント! やったー!」


 隠れて見ていた天野が小さくガッツポーズを決めた。

 『どっち? どっち?』は同調のタイミングが難しいが、奇跡的にはまった。

 やはり天才イベリコだ。決める時は決めてくれる。

 支払を済ませた奥田が天野のもとに駆けてきた。


「やったお! 天野くんの言うとおりにやったら喜んでくれたお!」

「さすがだ。あの難問をすんなり解くとは恐れいった。それよりお前、緊張すると語尾に『お』がつく癖がある。気をつけろ」

「わ、わかったお」

「ほら、それだよそれ」

「う、うん。わかったよ」


 天野は満足気に頷くと、通りの先を指さした。


「よし、クレープ屋が見えてきたな。女は高確率で足を止めるぞ」

「そ、そうなの?」

「ああ、もし足を止めたならば『小腹空かない? 何か食べる?』と訊くんだ。そして欲しがるものを買ってやれ」

「うん、わかった!」


 通りに甘い匂いが漂ってきた。

 店の周囲では沢山の女子高生がクレープにかぶりついている。

 マユにゃんとメグにゃんは案の定、甘い匂いに釣られて足を止めた。


「な、なにか、こここ小腹空かない? 何か食べる?」


 奥田が指示通りにセリフを言った。

 天野は小さく心の中でガッツポーズを決めた。

 ここで「食べたいの?」と、訊いてはいけない。女の子には「あなたが食べたいなら食べようかな」という『言い訳』を用意する必要がある。

 もし食べたくないと主張されれば「言われてみれば俺もいらないや」と返せばいいだけの話だ。


「うん! 食べたーい!」

「あたしも!」


 マユにゃんとメグにゃんは乗ってきた。

 奥田が嬉しそうに天野を見つめる。

 天野は満足気に頷くと「俺様はツナクレープだ」と言い放ち、親指でグッジョブのハンドサインを送った。



**************



 そんなこんなの珍道中が続き、何とか表参道ヒルズまでたどり着いた。

 天野は奥田をまたこっそり呼び寄せる。


「いいか、こんな大きい施設に来たらな、『ちょっとトイレ行ってきていい?』と言うんだ」

「えっ? 別にトイレは行きたくないよ」

「女は自分からトイレに行きたいとはなかなか言えん。だが、女の排泄器官はいせつきかんは構造上、排尿の我慢があまりできないと知っておろう」

「うん」

「奥田くんが行くならあたしもー、という建前を作るんだ。トイレは化粧直しの時間でもある。お前がトイレに行きたいと言えば、高確率でどちらかが乗ってくる。やってみろ」

「わかったよ! 言ってみる!」


 ヒルズに入った奥田は指示通りセリフを言った。


「ちょっとトイレ行ってきていい?」

「あ、じゃあ私も行くー」


 メグにゃんが奥田と共にトイレへ向かった。

 振り向いてこちらを見る奥田に、天野は両手で「グッジョブ!」のハンドサインを送った。


「天野くんって優しいんだね」


 マユにゃんが嬉しそうに呟いた。


「……なぜ、そう思う?」

「カンちゃんに気を使って、あれこれ指示して仲間外れにしてないじゃない。女の子の扱いには長けてるみたいだから、自分だけ楽しむのが普通なのに」


 マユにゃんは年の割には大人っぽく笑った。

 店で浮かべる笑顔とは違う。

 天野は「これがマユにゃんの素顔なのだろう」と感じた。


「ここまで親切にするなんて、カンちゃんは天野くんにとって大切な友達なの?」


 天野は苦笑しながら首を横に振った。


「あいつが大切な友達? まさか。そんなのじゃないさ」

「……え? 違うの?」

「あのイベリ……奥田は俺の先輩だ。あいつ、見た目はただのブタ野郎だろう?」

「そんなことないよ。ふくよかで優しそう」

「気を使う必要はない。見た目はただのブサイクなデブだ」


 天野は気障キザったらしく自分を指さした。


「ちょっと話が変わるが、俺は大学で『天才』と呼ばれている」


 『クソ野郎』の部分は省いた。


「だが、俺が入学するまで『天才』といえば奥田の代名詞だった。もし日本に飛び級制度があれば、あいつは15歳の時点で大学に進んでいたよ」

「へぇ……。カンちゃん、そんなに凄いんだ」

「ああ、あいつは凄いんだ」


 マユにゃんは奥田の惚れている娘。

 あまり人に話したくないことだったが、特別に聞かせることにした。


「俺は奥田に出会い、上には上がいることを改めて教えられた。直接何かされた恩なんてないさ。それでも、あいつの存在そのものが、俺にとって挫折ざせつの象徴だった。あいつの頭には医療界の未来が詰まっている。それほどの男なんだ。残念ながら今の君には、理解できないと思うがな」


 天野はゆっくりマユにゃんを指さした。


「そんな男が初めて恋に落ちた。その相手が君だ。君は医療界の未来を担う男に見初められたんだ」


 マユにゃんは静かに首を横に振った。


「そんなの、わからないよ」

「君は頭の悪い女じゃない。奥田が本気で惚れていることなんて、言葉にしなくとも察しているさ」

「でもそれは……。メイドだからじゃないの?」

「違うね。奥田はそんな男じゃない」


 天野は真剣な眼差しでマユにゃんを見つめた。


「俺も奥田も人体の構造を知りすぎたためか、見てくれの美醜びしゅうには大した興味を抱かない。俺にはさっぱりわからないが、奥田は君の中にある何かを見抜いた。君だけが持つ何かの輝きに魅せられ、奥田は恋を知った。ただのブタ野郎に惚れられたんじゃないんだ。誇りに感じて欲しいとさえ思うよ」


 そこまで言うと、天野は残念そうに肩をすくめた。


「しかし、見てくれやフィーリングで決まるのが恋だ。君にだって好みというものがあるんだから、強制なんかできやしない。ただ、俺は見てくれの美醜ではなく、奥田の本当に良いところを君が見てくれたらと、切に願う」


 2人の間を何ともいえない沈黙が包んだ。

 天野は気分を変えるように言った。


「まぁ、それはそれだ。買い物が終わったら旨い酒でも飲もう。何なら、極上のイベリコ豚が食える店なんてどうだい?」


 マユにゃんは小さく頷き、どこか切なげに微笑んだ。




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