天野くんのWデート
メイド喫茶に行った翌日。
天野と奥田は原宿の竹下通りの入り口に立っていた。
今日も奥田は全身アル◯ーニだ。あと5着分のストックがある。
ブタ野郎には着こなしなんて無理、と考えた天野は、奥田が曜日ごとに着る服を決めさせたのだ。
「ねぇ? ホントにホント? ホントにマユにゃん来るの?」
「来るぞ。ついにメイドじゃない姿が見られるぞ」
「やっぱり天野くんは天才だよ。ボクはキミと友人であることを誇りに思う」
「クソ野郎の俺様にそんなことを言うのはお前くらいだ。お、来たぞ」
原宿の駅から、メグにゃんとマユにゃんがやって来た。
「やぁメグちゃん。今日は友達だから『ちゃん』でいいよね」
「うん。ご主人様じゃなくていいの?」
「ああ、気軽に天野って呼んでよ」
「じゃあ、天野くん、よろしくね!」
メグにゃんはもちろんメイド姿ではない。
丈の短いボーダーのワンピース。肩を大胆に露出させているところに、本日のやる気が現れている。
隣にはマユにゃんの姿もある。
無理をいって誘い出してもらったのだ。
2人の休日が一緒だったのは、天野たちにとって幸運としか言い様がなかった。
「カンちゃん、やっほー。外で会うのって変な感じだね」
「マ、マユにゃん……!」
奥田はマユにゃんの私服姿に見惚れている。
感激のあまり泣き出しそうだ。
マユにゃんは照れ臭そうに笑った。
「いやだ、お店じゃないんだからマユちゃん、って呼んで」
「マ、マユちゃん……。ひっく、ひっく…………びぇぇぇぇん!!」
泣き出してしまった。
天野は慌てて女の子2人に声をかけた。
「そ、それじゃ、表参道ヒルズにでも行こうか」
「うん!」
メグにゃんは天野の手を握り歩き出した。
すっかり懐いている。
電話であれだけ甘い言葉を囁いてやればそうなるか、と天野は納得した。
天野たちとは対照的に、奥田とマユにゃんは微妙な雰囲気だ。
お互いにどこかおずおずとしている。
店ではあれだけ盛り上がっていたのに、いざ外に出ると2人の間に見えない壁でもあるようだった。
**************
天野たちはとりあえず竹下通りを歩いた。
休日ということもあり、物凄い人の数だ。
若い女の子や観光客でごった返している。
「あ、これ可愛い!」
「ホントだ! すごいカワイイー!!!」
途中の雑貨店や洋服屋で、女の子たちが歓声をあげて足を止める。
天野の美学では女の買い物に付き合うなんてごめんだが、今日は奥田のためだ。じっと我慢した。
「おい、イベリコよ。軍資金の心配はないか」
会話に入れない奥田に天野が声をかけた。
「う、うん。もちろん大丈夫だお」
「今日はお前が財布役になる。マユにゃんが気に入ったものを全て買え。それを全部持て。あまり好みじゃないが下手から攻めよう」
「わ、わかったお」
奥田は怯えながら頷いている。
原宿というチョイスは失敗だったかもしれん、と天野は後悔した。
奥田は街のテンションに飲まれている。きっとこれが生まれて初めての原宿。竹下通りなんて、存在すら知らなかっただろう。ブタ野郎が萎縮するのも当然だ。
「いいか奥田。お前はマユにゃんだけを見ていろ。この街はマユにゃんの背景だ。惚れた女のことだけを考えていればいい。それ以外は全て無視しろ」
「う、うん……。マユにゃん以外は無視……。無視するお……」
奥田は涙目で頷き、マユにゃんだけを見つめた。
「ねぇこれ見てカンちゃん。可愛いくない?」
マユにゃんがバレッタを持ち、奥田に差し出した。
「か、かかかか買ってあげるお」
「え、いいよ。まだ見てる途中だし」
「ええええ遠慮なんかしないで……」
天野は慌てて奥田を呼び止めた。
「違う。全然ダメだ。いいか、よく見ていろ。俺様が手本を見せる。これは実習だと思え」
天野はメグちゃんが手にしている小物を見て言った。
「それ可愛いじゃん。メグちゃんにピッタリ」
「でしょー! でもこっちもいいよねー」
「おっ、それも似合うなぁ。やっぱメグちゃん可愛いからどれでも似合うね」
「んー。どうしよっかなぁ」
「よし! 記念すべき初デートなんだから、俺が両方とも買ってあげるよ」
「えっ! ホントに!? いいの!?」
「もちろん! まだまだ記念日は終わらないからね。さあ次はどれかな?」
「やったぁ! ええっとねぇ……」
天野はメグちゃんからすっと離れ、奥田のもとへ戻った。
「見たかイベリコ。ベタだがこんな感じだ」
奥田は涙目で天野に訴えた。
「高等すぎるお。流れが読めないお」
「人体の解剖に比べれば楽勝だ。いいか、女との買い物は『褒める・同調する・褒める・褒める・買う』この五段活用だ。やってみろ」
天野は奥田をマユにゃんのもとへ送り出した。
酷かもしれないが、原宿デートでは必ず乗り越えなければならない関門だ。
「あ、カンちゃん。こっちの服とこっちの服、どっちが似合うかなー?」
天野は頭を抱えた。
女の子の買い物特有の『どっち? どっち?』だ。
この問題は奥田には難しい。これは奥田には解けまい。
「どっちも可愛いお! マユちゃんにピッタリだお!」
「ほんと!? やったぁ、でもこっちかなぁ」
「うんうん。ボクもそう思うお」
「え、やっぱり? カンちゃんもそう思うかー」
「マユちゃん可愛いし絶対似合うお!」
「やだぁ、カンちゃん褒めすぎー」
「だって可愛いくて似合ってるお!」
「もう照れちゃうし、欲しくなっちゃうじゃん」
「遠慮なんか無用だお。買ってあげるお。今日はボクらの記念日だお」
「え!? ホント! やったー!」
隠れて見ていた天野が小さくガッツポーズを決めた。
『どっち? どっち?』は同調のタイミングが難しいが、奇跡的にはまった。
やはり天才イベリコだ。決める時は決めてくれる。
支払を済ませた奥田が天野のもとに駆けてきた。
「やったお! 天野くんの言うとおりにやったら喜んでくれたお!」
「さすがだ。あの難問をすんなり解くとは恐れいった。それよりお前、緊張すると語尾に『お』がつく癖がある。気をつけろ」
「わ、わかったお」
「ほら、それだよそれ」
「う、うん。わかったよ」
天野は満足気に頷くと、通りの先を指さした。
「よし、クレープ屋が見えてきたな。女は高確率で足を止めるぞ」
「そ、そうなの?」
「ああ、もし足を止めたならば『小腹空かない? 何か食べる?』と訊くんだ。そして欲しがるものを買ってやれ」
「うん、わかった!」
通りに甘い匂いが漂ってきた。
店の周囲では沢山の女子高生がクレープにかぶりついている。
マユにゃんとメグにゃんは案の定、甘い匂いに釣られて足を止めた。
「な、なにか、こここ小腹空かない? 何か食べる?」
奥田が指示通りにセリフを言った。
天野は小さく心の中でガッツポーズを決めた。
ここで「食べたいの?」と、訊いてはいけない。女の子には「あなたが食べたいなら食べようかな」という『言い訳』を用意する必要がある。
もし食べたくないと主張されれば「言われてみれば俺もいらないや」と返せばいいだけの話だ。
「うん! 食べたーい!」
「あたしも!」
マユにゃんとメグにゃんは乗ってきた。
奥田が嬉しそうに天野を見つめる。
天野は満足気に頷くと「俺様はツナクレープだ」と言い放ち、親指でグッジョブのハンドサインを送った。
**************
そんなこんなの珍道中が続き、何とか表参道ヒルズまでたどり着いた。
天野は奥田をまたこっそり呼び寄せる。
「いいか、こんな大きい施設に来たらな、『ちょっとトイレ行ってきていい?』と言うんだ」
「えっ? 別にトイレは行きたくないよ」
「女は自分からトイレに行きたいとはなかなか言えん。だが、女の排泄器官は構造上、排尿の我慢があまりできないと知っておろう」
「うん」
「奥田くんが行くならあたしもー、という建前を作るんだ。トイレは化粧直しの時間でもある。お前がトイレに行きたいと言えば、高確率でどちらかが乗ってくる。やってみろ」
「わかったよ! 言ってみる!」
ヒルズに入った奥田は指示通りセリフを言った。
「ちょっとトイレ行ってきていい?」
「あ、じゃあ私も行くー」
メグにゃんが奥田と共にトイレへ向かった。
振り向いてこちらを見る奥田に、天野は両手で「グッジョブ!」のハンドサインを送った。
「天野くんって優しいんだね」
マユにゃんが嬉しそうに呟いた。
「……なぜ、そう思う?」
「カンちゃんに気を使って、あれこれ指示して仲間外れにしてないじゃない。女の子の扱いには長けてるみたいだから、自分だけ楽しむのが普通なのに」
マユにゃんは年の割には大人っぽく笑った。
店で浮かべる笑顔とは違う。
天野は「これがマユにゃんの素顔なのだろう」と感じた。
「ここまで親切にするなんて、カンちゃんは天野くんにとって大切な友達なの?」
天野は苦笑しながら首を横に振った。
「あいつが大切な友達? まさか。そんなのじゃないさ」
「……え? 違うの?」
「あのイベリ……奥田は俺の先輩だ。あいつ、見た目はただのブタ野郎だろう?」
「そんなことないよ。ふくよかで優しそう」
「気を使う必要はない。見た目はただのブサイクなデブだ」
天野は気障ったらしく自分を指さした。
「ちょっと話が変わるが、俺は大学で『天才』と呼ばれている」
『クソ野郎』の部分は省いた。
「だが、俺が入学するまで『天才』といえば奥田の代名詞だった。もし日本に飛び級制度があれば、あいつは15歳の時点で大学に進んでいたよ」
「へぇ……。カンちゃん、そんなに凄いんだ」
「ああ、あいつは凄いんだ」
マユにゃんは奥田の惚れている娘。
あまり人に話したくないことだったが、特別に聞かせることにした。
「俺は奥田に出会い、上には上がいることを改めて教えられた。直接何かされた恩なんてないさ。それでも、あいつの存在そのものが、俺にとって挫折の象徴だった。あいつの頭には医療界の未来が詰まっている。それほどの男なんだ。残念ながら今の君には、理解できないと思うがな」
天野はゆっくりマユにゃんを指さした。
「そんな男が初めて恋に落ちた。その相手が君だ。君は医療界の未来を担う男に見初められたんだ」
マユにゃんは静かに首を横に振った。
「そんなの、わからないよ」
「君は頭の悪い女じゃない。奥田が本気で惚れていることなんて、言葉にしなくとも察しているさ」
「でもそれは……。メイドだからじゃないの?」
「違うね。奥田はそんな男じゃない」
天野は真剣な眼差しでマユにゃんを見つめた。
「俺も奥田も人体の構造を知りすぎたためか、見てくれの美醜には大した興味を抱かない。俺にはさっぱりわからないが、奥田は君の中にある何かを見抜いた。君だけが持つ何かの輝きに魅せられ、奥田は恋を知った。ただのブタ野郎に惚れられたんじゃないんだ。誇りに感じて欲しいとさえ思うよ」
そこまで言うと、天野は残念そうに肩をすくめた。
「しかし、見てくれやフィーリングで決まるのが恋だ。君にだって好みというものがあるんだから、強制なんかできやしない。ただ、俺は見てくれの美醜ではなく、奥田の本当に良いところを君が見てくれたらと、切に願う」
2人の間を何ともいえない沈黙が包んだ。
天野は気分を変えるように言った。
「まぁ、それはそれだ。買い物が終わったら旨い酒でも飲もう。何なら、極上のイベリコ豚が食える店なんてどうだい?」
マユにゃんは小さく頷き、どこか切なげに微笑んだ。




