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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼を上手にご主人様にする方法
30/91

天野くんとメイド喫茶




 翌日。

 天野と奥田は秋葉原の電気街入り口に立った。


 奥田は昨日購入したシックなアル◯ーニを着ている。

 天野は不敵な笑みを浮かべながら街を見回し、偉そうに語りかけた。


「見ろよ奥田。秋葉原を歩く男たちのファッションセンスを。吐き気がするほどダサイだろう? これは全て、昨日までのお前だ」

「信じられないね。流行色も清潔感も気品のカケラも感じられない。あんな服で外に出るなんて正気を疑うよ」


 奥田は街を歩くオタク達を見下して悦に浸っている。

 天野は一度、天狗の鼻をへし折ることにした。


「だが、お前は『イベリコ』だ。ブタであることは間違いない。ちょっと値段の高い脂がジューシーで美味しいただのブタだ」


 天野は奥田の肥大した腹を「バチコォーーン」と叩く。


「いいか。飛ばない豚はただの豚なんだ。そしてお前はただのブタだ。デブはオシャレをしてもデブ。腹は急にへっこまない。そのことを忘れてあまり調子に乗るんじゃないぞこのデブ」

「わ、わかったよぅ……」


 2人は奥田の行きつけであるメイド喫茶、『メイドにゃんにゃん』へ向かった。


「よし、行くぞ」

「うん。昨日までのボクとは違うところを見せるよ」


 奥田は勢い良く店の扉を開け放った。



「お帰りなさいませ! ご主人様!」



 メイド姿の娘たちが元気よく出迎えた。


「や、やぁ……」


 奥田が照れ臭そうに手を振ると、メイドたちは素早く奥田に訪れた変化に気づいた。


「キャァーーー!!! カンちゃんご主人様!!! 超カッコイイ!!!」

「そ、そうかなぁ?」

「スゴォーーイ! 何かのブランドですかぁ!?」

「うん、全部アル◯ーニなんだよ」

「キャァァァァァーーーー!!! 素敵じゃないですかぁ!」


 奥田はこの店の常連客だ。

 そのためか、店中のメイドから喝采を集めている。

 ご主人様のファッションを褒め称えることも、メイドにとって重要な仕事なのだろう。 天野は「メイドの仕事も大変なんだな」と感じた。

 テーブルにつくと、奥田は嬉しそうに言った。


「天野くん! みんながボクのこと素敵だって! カッコいいって! 生まれて初めて言われたよ!」

「良かったな。これもお前の努力の結果だ」

「これならマユにゃんも喜んでくれるよね!」

「イベリコよ、まだ調子に乗るのは早い。本番はこれからだ」


 他の客と話し込んでいたマユにゃんが、天野たちの下にやって来た。


「……えっ!? カンちゃんどうしたの!?」


 マユにゃんも優秀なメイドだ。

 ご主人様のオシャレを素早く褒め称えた。


「凄くカッコイイにゃん! カンちゃん素敵すぎる!!! これまでもカッコ良かったけど、今日は一段と男前にゃん!!!」

「でへへ、でへ……。そお、そおかなぁ……。ブヒッ、ブヒヒヒヒ……」

「このジャケットも、この時計も、すっごくオシャレ! カンちゃんのセンス最高にゃん!」


 マユにゃんの反応は上々だった。


「……あ、呼ばれちゃったにゃん! 楽しんでにゃん!」


 マユにゃんは数回言葉を交わすと、他のテーブルへ移った。

 とにかくマユにゃんは人気者だ。あちこちのご主人様から声がかかる。

 奥田だけと長話はできないのだ。


「ふむ……。イベリコよ、この店は指名とかできないのか?」


 店内をよく観察すると、メイドはウエイトレスを兼ねながら、時折客と会話を交わしているようだ。

 長時間話し込むことは少なく、親交を深めることが難しい。


「指名はできるよ。だけどゲームとかをしなくちゃいけないんだ」

「ゲーム?」

「これこれ」


 奥田はメニュー表を天野に手渡した。


「ほう……。この『あっちむいてにゃんにゃん(500円)』とはなんだ」

「メイドさんと『あっちむいてホイ』が1回できるんだよ。勝つと褒めてくれるし、負けると罵ってくれるんだ」

「『スーパーニャミコン5分(3000円)』とはなんだ」

「メイドさんとTVゲームで対戦できるんだよ。勝つと褒めてくれるし、負けると罵ってくれるんだ」

「『ブロックにゃんにゃん崩し(5000円)』とはなんだ」

「メイドさんとブロックの積み木崩しで遊べるんだ。これはね、勝つとプラス1000円でツーショットチェキを撮ってもらえるんだ。ボクはもうマユにゃんに3回勝ったことがあるんだよ。でも、負けても罵ってくれないから注意してね」


 天野はメニュー表を見てため息を吐いた。

 どれもこれも高すぎる。

 客をバカにしているのか、と思うほど高い。


(だが、実に良くできたシステムだ。これで客単価を上げているのか)


 メイド喫茶とは一種の『水商売』だ。

 キャバクラやスナックでは「シャンパン」や「ボトル」を客に入れさせることによって、高い客単価を得ている。

 メイド喫茶ではそれが「ゲーム」になる、という訳だ。


 しかもゲームの時間が絶妙に短い。

 人見知りなキモオタでも楽しめる形式だが、長話はできない。 その場では仲良くなれるかもしれないが、本格的に口説くとなれば邪魔でしかない。

 客から金を引き出すと同時に、メイドを守る役割まで果たしているのだ。


「イベリコはマユにゃんと連絡先ぐらいは交換したのか?」


 奥田はブンブンと首を横に振り「メイドさんとの連絡先交換は禁止だお!」と叫んだ。

 腕を交差させてバツ印まで作っている。


「そうか……。ふむ、厄介だな」


 天野は思案しながらメニュー表を眺めた。

 これは難しい。

 どう切り込むべきか、天野は灰色の脳細胞をフル回転させた。


「おいイベリコ、今日も軍資金は大丈夫だろうな」

「ふっふっふ。金のことならまかせてよ」


 奥田はアル◯ーニのワニ革財布からプラチナカードを取り出した。

 昨日まで使っていたマジックテープのバリバリ財布は天野がゴミ箱に投げ捨てた。


「よし、邪道だが金とコネクションの力をフル活用しよう。この天才クソ野郎が最低の女の口説き方を見せてやる。お前はメニュー表のゲーム全てを、マユにゃんにぶち込め」

「天野くんは? 一緒に遊ぶの?」

「俺は違うメイドを口説く。別行動だ」

「イエス、ボス!」


 奥田は敬礼するとマユにゃんを呼び、一緒に部屋の隅にあるTVゲームで遊び始めた。


(さて、どの女にするかな)


 天野は店内をぐるりと見回した。

 この男は相手の瞳を見れば、ある程度の心理を読み取ることができる。


(……あいつだ)


 1人のメイドにターゲットを絞ると、席に呼び寄せた。


「おーい、ちょっと来てくれ」

「はぁーい! なんですかご主人様ぁ」


 ブリッコ全開でメイドが飛んできた。


「君、可愛いよね。俺と一緒に『ブロックにゃんにゃん崩し(5000円)』で遊んでくれない?」

「はぁい。かしこまりましたぁ!」


 スカートの上に『メグにゃん』と書かれた名札を貼ったメイドは、満面の笑みで承諾した。


(コイツは口が軽そうでノリも良さそう。交友関係も広そうだが、ある程度のブサイクでオタク受けは悪いだろう)


 天野は総合的に判断し、メグにゃんを指名した。

 メグにゃんは一旦奥に引っ込むと、大量のブロックを持ってやって来た。

 そのまま天野を部屋の隅まで誘導する。


「ご主人様、これやったことあります?」

「いや、初めてなんだ。一度もやったことない」

「へぇ、そうなんですかぁ」

「どうしてもメグにゃんと遊びたくて選んじゃった」

「わぁい! メグにゃん嬉しいにゃん!」


 メグにゃんは満更でもない笑みを浮かべた。

 天野はクソ野郎なことさえ言わなければ、端整な顔立ちの男前だ。

 圧倒的にイケメンの部類に属する。キモオタだらけの店内では特に目立っていた。


「どうやって遊ぶの?」

「まずはこうやって、ブロックを積み上げるんですぅ」


 メグにゃんは高さ30cmほどのブロックの塔を作りあげた。


「それでぇ、ご主人様と私が交代で、1本ずつブロックを抜いて、上に置いていくんですー。倒れたら負けですよぉ」

「よし、負けないぜ」

「まずはぁ、にゃんにゃんじゃんけんで先攻後攻を決めまーーす」

「……うん? にゃんにゃ……なんだって?」

「にゃんにゃんじゃんけん、はっじまぁるよぉー!!!」


 メグにゃんは何がそんなに楽しいのか知らないが、笑顔いっぱいに叫んだ。


「にゃんにゃんにゃん! 最初はにゃん! お次もにゃん! ぐるぐるにゃん! じゃんけんにゃーん!」


 天野は顔を引きつらせながらも『にゃんにゃんじゃんけん』をした。

 本心は今すぐに帰りたかった。


「あ、にくきゅうパーで、ご主人様の勝ちでぇーーす!」

「じゃあ、俺からいこう」

「ご主人様が先行でぇす!」


 2人は積み木崩しで楽しく遊び始めた。

 初戦は相手のテンションを見極めることにした。


「あぁぁーーーー。ご主人様、倒しちゃいましたー。残念にゃん!」

「よしもう1回だ。メグにゃんに勝つまで続けるぜ!」


 このゲームは勝つと『チェキを撮る権利』が手に入る。

 本来であれば勝利を目指すべきだ。

 しかし、天野は「ここは負け続けるべき」と判断した。


「あぁぁぁ。ちくしょーー。惜しかったのになぁ」

「にゃははは!!! ご主人様、残念でーーす!」

「もう1回! もう1回お願い!」

「ばっちこいにゃん!」


 メグにゃんは楽しそうにブロックを組み立てる。

 恐らくこのゲーム1回ごとに『キックバック』が入るのだろう。そんな喜び方だ。


(なるほど。ゲームをすればするほど、メイドは儲かるワケか)


 これで3戦目。既に15,000円が店に入ったことになる。メイドには50%ほどバックされてもおかしくない。良くできたシステムだと天野は心底感心した。


 何度かゲームを繰り返すと、ゲームの話題も少なくなり沈黙の時間が増える。

 そのためゲームしながらメグにゃんが尋ねてきた。


「ご主人様は学生さんですかぁ?」

「そう大学生。こう見えても医学部なんだぜ」

「すごいですね! どこの大学なんですか?」

「そうだなぁ。前島悠子って、知ってる?」

「えっ!? もちろん知ってますよ!」


 前島悠子とは国民的アイドルグループのセンターに立つ娘だ。

 しかも独学で進学し、芸能活動と学業を両立しているスーパーアイドル。

 先日、大学のミスキャンパスにも選ばれた。


「そいつが通ってる大学だよ」

「じゃあ悠子ちゃん、見たことありますかぁ?」

「見たことあるも何も友達だよ」

「えぇぇぇっ!? ほ、ほんとですか!?」


 前島とは、ひとつの事件をきっかけに親しくしている。

 最も天野は前島のことを『弟子』としか思っておらず、前島もそれにならって天野のことを『師匠』と呼んでいる。


「ほら、写真」


 天野はスマートフォンを取り出し、前島の写真をメグにゃんに見せた。

 テラス席でふざけている写真や、前島が送ってきた写真などだ。


「わぁぁぁ!!! 悠子ちゃーーん! 超かわいいーーー! 私あのアイドルグループ入るの夢なんですよぉ!」


 この街じゃ前島は神に近い存在だ。

 天野でもそれぐらいは理解している。


「メグにゃんのほうが、愛嬌あって可愛いと思うけど」

「いやいやいや! 私と悠子ちゃんじゃ、月とスッポンですよ!」


 天野は「そうだね」と思ったが、そんな感情は表に出さずしれっと告げた。


「本人見てるからわかるけど、メグにゃん負けてないよ」

「そんなぁーー! ホメすぎですよぅ」

「メグにゃんの写真も見たいな」

「わぁ、見せたいですぅ。でもお店にはスマホ持ち込み禁止なんです……」


 スマホを出させるのは困難か。

 天野は内心舌打ちして、話の方向性を変えた。


「まぁ、前島とは学部が違うから昼ぐらいしか会わないけどさ。なかなか大変なんだぜ医学部も」

「やっぱり将来はお医者さんになるんですか?」

「親父がさ、美容整形とか産婦人科やってるんだ。そこを継ぐかも」

「えぇっ! 美容整形!?」


 メグにゃんが食いついた。

 天野は色気を含んだ流し目を送った。


「そうだよ。メグちゃんはイジる必要はなさそうだよね。こんなに可愛いんだもん」


 メグにゃんは顔が千切れるんじゃないか、と思うほど首を振った。


「そんなことないですよ! 私ブスですもん! 整形したいとこ、いっぱいありますってば!」

「そうかな? 必要ないよ」

「必要ですって! 鼻だってぺちゃんこだし、目だってぱっちりさせたいし」

「ふーん。まぁ、目頭切開くらいだったら、自然に目が大きくなるからね。結構おすすめだよ」

「整形ってどうなんですか? ちょっと怖いんです」

「化粧と同じだよ。つけ睫毛つける感覚かな?」


 メグにゃんはアイテープを使っており、一重の瞳を広げようと努力している。

 確かに瞳の整形は効果的だろう。


「えー。じゃあやってみたいなぁ……」

「あはは。メグにゃんがメイドさんじゃなかったら、安くて腕の良いとこ紹介できるのにね」


 天野は餌を撒き始めた。


「残念……。しょんぼり……」

「それよりつみき崩しやろうよ」

「はぁーーい!」


 2人はまたゲームに熱中し始めた。

 ギリギリのところで天野が負けて、もう一度再戦を要求、といったサイクルだ。キックバックをこれでもか、と送りつけた。

 天野は会話の途切れたタイミングで尋ねた。


「メグにゃんはオフの日何してるの?」

「やっぱり買い物が多いかなー。最近原宿によく行きます」

「俺も原宿はよく行くな。馴染みの美容院があるから」

「原宿いいですよね!」

「いいよね。メグにゃんが一緒だったら色々買ってあげちゃうなー」

「わぁ、学生さんなのに、やっぱりお金持ちですねぇ」

「違うって。メグにゃんが可愛いからだよ」

「そんなお世辞は信じませんよぉー。でも、ご主人様となら楽しそう!」


 ここで天野は勝負をかけることにした。

 ぐぐっとメグにゃんに顔を近づける。


「じゃあ、今度一緒に行こうよ。メイドとご主人様じゃない関係で」

「えぇーー? どんな関係ですかそれ」

「ただの友達じゃん? 俺と前島悠子の関係と同じだよ」

「友達ですかぁー?」

「そうそう、いいじゃん。行こうよ」

「でもぉ……。メグにゃんはメイドさんだしぃ」


 天野は小声でメグにゃんに囁いた。


「俺、わりと物覚え良くてさ。30桁までだったらアルファベット英数字、その場で暗記できるんだ」

「えぇっ! すごい!」

「だからさ、ぱぱっとメアド言ってみな」

「えぇ? ダメですよぉ。メイドさんとの連絡先交換は禁止なんですよぉ」

「交換じゃないって。ただメグにゃんが呟くだけさ」

「んんーー。そうかなぁ?」

「メグにゃんのこと、よく知りたいんだ。前島の話とか、美容整形の話も、できると思うし。それに、マジでここだけの話だけど……」


 天野はメグにゃんに近づき、耳に手をあてて囁いた。


「二重程度の整形だったら、タダにできるよ」


 メグにゃんはビックリして天野を見つめる。

 天野は自信たっぷりの笑みを浮かべ、色気を含んだ視線でメグにゃんを見つめ返す。


 実際のところ、天野には整形手術をタダにできるほどのコネはない。

 いざとなれば話自体ぶち壊せばいいし、奥田に払わせる手もある。まぁ最悪俺様が切ればいいんだ、ぐらいのことを考えていた。


「いいじゃん。いいじゃん。ほら」


 天野は自分に耳打ちするよう、メグにゃんに催促した。


「で、でもぉ、それは良くないんですよぉ……」


 メグにゃんはまだ迷っている。

 天野は小さく笑うと、メグにゃんの背中を押す決定的なフレーズを吐いた。


「軽く考えればいいじゃん。大したことじゃないよ。いつか前島も連れて遊びに行こうぜ」


 メグにゃんの思考回路が止まった。


(さぁどうだ。医者の息子のボンボンかつ芸能人のダチだ。お前の好きなアイドルに会えるかもしれんのだぞ。早く乗ってこい)


 メグにゃんは周囲をきょろきょろと見回す。

 誰も自分たちに注目していない。

 そっと天野の耳元に唇を近づけた。


「エル、オー、ブイ、イー、アール……」


 よしもらった。

 天野は灰色の脳細胞にメグにゃんのアドレスを叩き込んだ。

 メグにゃんがアドレスを言い終えると、天野は畳み掛けるように囁いた。


「ついでだからさ、電話番号も言っちゃいなよ」

「えぇーー。でもぉ……」

「言うだけ言うだけ。ほらほら。早く早く」

「えっとぉ……。080……」


 メグにゃんは天野に電話番号を囁いた。


「うん、もう覚えた」

「ホントに覚えたんですかぁ?」

「後で連絡してあげるよ。今度はいつがお休み?」

「明日ですぅ」

「暇してる?」


 メグにゃんは周囲を警戒しながらコクンと頷いた。


「じゃあ、きっと特別な日になるよ。これからは『私は前島のダチだけど? 』って、大きな声で言えるさ」


 天野は爽やかな笑顔を浮かべた。

 その裏に隠された黒い笑顔に、メグにゃんは残念ながら気づくことができなかった。




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