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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に愛人を捨てる方法
27/91

天野くんの後日談




 学長選挙の演説から数日後。

 天野はいつものテラスにいた。

 スマホを眺めながら、静かにタバコの煙を吐き出している。


「やっほー。勇二ってば、やっぱりテラスにいたんだ」


 相棒の涼太がやって来た。

 苦笑しながらコーヒーを差し出す。


「ほら、僕ちゃんからコーヒーの差し入れ。頑張った勇二へのご褒美だよ」

「ああ、すまんな。いただくよ」


 生返事を返しながらスマホを眺めている。何かの映像を見ているようだ。

 涼太は呆れながら言った。


「勇二は本当にマイペースだよねぇ……。もう校門とかすっごいよ。マスコミだらけ。今回の事件は全国ニュースになっちゃったねぇ」


 ため息を吐きながら告げる。

 天野は興味もなさそうに言った。


「桃井が自首したからな。マスコミが騒ぐのも当然さ。教授がラブホで学生を絞め殺すなんて前代未聞ぜんだいみもんだからな」


 涼太が力なく頷く。


「しかも『被害者は別の教授の子供を妊娠していた』なんてオマケつきだからね……。深沢教授も大学を辞めたってさ。これからどうするのか知らないけど、たぶん一家離散しちゃうんだろうね」

自業自得じごうじとくだな。クズには似合いの末路だ」

「ネットではちょっと僕たちのことが噂になってるよ。殺人事件を解決に導いた学生たちがいるらしいって。『天才クソ野郎』も全国デビューしちゃうかな?」

「まったく興味ないな。わかっていると思うが、余計なことを吹聴するんじゃないぞ」

「言われるまでもないよ。僕だってこんなことで目立ちたくないもの」

「ああ、それでいい」


 天野は相槌あいづちを打ちながらも、ずっとスマホの画面を眺めている。

 いったい何を見ているのだろう。

 涼太は小首を傾げながら画面を覗き込んだ。


「……あれ? これって……。歌舞伎町の防犯カメラじゃん」


 スマホに映っているのは歌舞伎町の雑踏ざっとう

 裏路地を歩く深沢と中里の姿。その後方には2人を尾行する桃井の姿がある。


「データを拝借したのさ。ちょっと気になることがあってな」


 天野は何度も同じ場面を眺めている。

 深沢と中里が映っているほんの数秒。

 涼太は切なげにそれを見つめた。


「桃井教授も酷いことするよね。たかが『学長選挙』のことで中里さんを殺すなんてさ。深沢教授だってそうだよ。責任が取れないなら避妊すればいいのに。ゴムが欲しければいくらでもあげたのにさ」


 嫌そうに言葉を続ける。


「地位や権力に溺れた人間って、本当に哀れなもんだね。何がそんなに魅力的なんだろう? 女の子を殺してでも手に入れたいもの? 僕にはマジで理解できない。中里さんが死ぬ理由なんて、どこにもなかったのにさ……」


 さめざめと呟く。

 天野は顔を上げ、涼太の顔をじっと見つめた。


「中里が死ぬ理由はなかった。お前はそう思うのか」

「そりゃそうでしょ。あるワケないじゃん」

「この事件は権力に溺れた哀れなクズ共の末路だ。そう思うか?」

「思うね。勇二だってそうでしょ?」

「残念だが……。俺はそう思ってはいない」


 天野は腕組みをしながら虚空こくうを見つめた。

 何かを思案しながらタバコを取り出す。


「中里美波は『不倫』の気配を一切周囲に感じさせていなかった……。そうだよな?」

「うん。友達は男の気配さえ感じたことがないって」

「それが不可解なんだ。そこまで徹底して隠し切るのは難しい。そう思わないか?」

「まぁ……。確かにそうだね」

「そこまで徹底していたのに、なぜ、この日は桃井に尾行されていたんだ?」


 涼太がいぶかしげに顔を歪めた。


「えっ? それって……。どういう意味?」

「言葉通りの意味だよ。違和感があるのさ。もしかすると、中里は『桃井の尾行に気づいていた』んじゃないのか? ……いや、それも違う。中里は『あえて桃井に尾行させた』のではないかと思うんだ」


 腕組みをしながら言葉を続ける。


「これはあくまでも推測に過ぎない。証明する手立てはない。真実を追求するつもりもない。だがもし、中里が桃井の尾行に気づいていたと仮定するなら……。いくつか不鮮明だった事件のパーツが明らかになるのさ」

「不鮮明だった事件のパーツ? なにそれ?」

「お前も気づいていたはずだ。なぜ桃井は『中里のいるラブホの部屋に入ることができたのか』という点だ」


 涼太が「あぁ…」と納得したように頷いた。


「それは確かに謎だったね。深沢教授たちがどの部屋に入ったのか。桃井教授が知る方法はない。でもそれってさ、別に解く必要もない謎でしょ?」

「その通りだ。この事件における最大の謎だが、解き明かす必要はなかった。桃井が中里を殺したのだから、何らかの事情で部屋に入ったことになる。犯人が確定している以上、入った理由や経緯なんてどうでもいい。そんなものは警察が取り調べの中で桃井に喋らせる。捜査が進めば勝手に明らかとなるのさ」


 偉そうに言葉を続ける。


「だが、恐らくこんな状況だったと推測している。中里は桃井の尾行に気づいていた。むしろ尾行を誘った。ラブホまで桃井を招待したのさ」


 嫌そうに顔を歪める。


「なぜ中里がそんな行動に出たのか、俺には理解することができない。これも推測にしか過ぎないが、中里は絶望のふちに立っていたのだろう。男に中絶を求められた女は高確率でうつ状態に陥る。腹の中の生命は自らの分身以上の存在だ。それが愛する存在に拒絶される喪失は並大抵のものじゃない。中里はあの時……。深沢との話し合いの時に……。絶望していたのさ」


 涼太は思わず黙り込んだ。


「中里は深沢が部屋を去った後、自らも部屋を出た。そしてホテルの入り口付近に隠れていた桃井に声をかけた。ここでは人目につくから部屋に来てくれ。そんなことを言ったのだろう。つまり、桃井はホテルの部屋に入ったんじゃない。部屋に連れ込まれたんだよ」


 涼太は青い顔で天野を見つめた。

 ようやく天野が言わんとすることが理解できた。

 その『推測』が真実であれば、『事件』はまた違った側面を見せる。

 結末は何も変わらないのに、事実は不変なのに、恐ろしいほどに残酷な側面を見せる。

 天野は涼太の表情を確かめながら言った。


「理解したようだな。これは一種の『自殺』だったのさ。中里は桃井に自分を殺させたんだよ」


 涼太は呆然と天野を見つめた。

 脳裏に中里美波の姿が浮かぶ。

 泣きながら「産みたい」と呟いていた哀れな少女の姿。


「……自殺? え、ちょっと待ってよ……。中里さんは、殺されるってわかっていたのに、桃井教授を部屋に招いたってこと……?」

「それも違う。桃井が凶行に及ぶよう誘導したんだ。桃井は「騙された」「狂言すると言い出した」と告げていた。恐らく言葉通りのことをしたのだろう」


 タバコの煙を吐き出しながら言葉を続ける。


「それは愛した男への餞別せんべつでもあり、復讐でもあった。中里としては桃井が逮捕されても、深沢が逮捕されても、どちらでも構わなかったんだ。どちらにしても深沢の『不倫』は露呈されるからな」


 軽く首を横に振る。


「それでも一番に望んだのは、桃井が逮捕され、深沢が全学長の椅子に座る結末だろう。深沢に「不倫の果てに女子大生を孕ませて死なせた男」という十字架を背負わせた上で、本人が渇望かつぼうしていた全学長の椅子に座らせてみせる……。それこそが中里が願った、真の狙いだったんだ」


 涼太は苦しげに口元を押さえた。

 吐き気をこらえている。

 天野はその様子を眺めながら告げた。


「事件を生み出したのは権力に溺れたクズ共じゃない。『愛人の執念』だよ。それが中里を殺し、男たちを破滅に追い込んだ。俺たちはみんな、中里の手のひらの上で踊っていたんだろうな」


 天野は悔しげに呟いた。


「これは俺の失態だ。あの時、見抜くべきだった。そこまでの女だと、気づくべきだったんだ…………」



**************



 事件のあった夜。

 歌舞伎町のラブホテルの一室。

 中里は涙をこぼしながら土下座する深沢を見下ろしていた。


「すまない……! 本当にすまない! どうか頼む! 私を愛しているなら、今回は身を引いてくれ……!」


 深沢は謝罪の言葉を吐いている。

 中里は目元を拭い、大きく深呼吸し、ひとつの決断を下した。


「わかった……。ろすよ……。それが俊哉さんのためなんだよね……?」


 深沢が顔を上げた。

 「ほっ」と胸を撫で下ろす。


「美波……! ありがとう……! 本当にありがとう……!」


 中里は感情の死んだ瞳でその顔を眺めた。

 深沢は心から喜んでいる。

 厄介事が消えて安堵している。


「……お願い。俊哉さんは先に帰って。私は1人になりたい」

「いや、で、でも……」

「ちゃんと言われた通りにする。だけど、今日は帰って。これ以上、泣いてる顔を見られたくないの」

「あ、ああ……」


 深沢は何度か頷き、そのまま部屋を後にした。

 きっと逃げるようにラブホを出て行ったのだろう。

 卑怯な男だ。最後まで、卑怯な男だった。


 深沢が去った後。中里はベッドの上で、自らの『腹』を抱きしめた。

 涙を流しながら、優しく撫でながら、思いつく限りの愛の言葉を届ける。


 しばらくすると中里は立ち上がった。

 部屋を出て、ホテルの正面玄関から顔を出す。

 すぐに電信柱に隠れていた桃井と目が合った。


「……こっちです」


 桃井を手招き。

 桃井は驚いて中里を凝視している。

 何度か周囲を見回し、ゆっくり中里に近づく。


「……き、君は……。やはりそうだ。法学部の学生だな……」

「はい。中里美波といいます」

「深沢は……? 深沢はどうしたんだ? 君は本当に、深沢と……?」

「それは部屋で話しましょう。ついて来てください」


 桃井は怯えたようにラブホテルと、乱れた服装の中里を見つめた。

 中里は薄手のシャツを羽織っているだけで、下着を身に着けていない。

 桃井の顔には困惑が張りついている。


「……人目につきます。私も目立ちたくありません。早く来て」

「あ、ああ……」


 桃井は覚悟を決めて中里の後を追った。

 誘われるがまま部屋に入る。

 桃井は扉がしまると、青ざめた顔で中里に詰め寄った。


「君は何を考えているんだ!? 深沢には妻子がいるぞ。君と同世代の娘もいる。あんな男と関係を持つべきじゃない。今すぐ別れたまえ!」


 中里はうつろな瞳で桃井を見上げた。


「あなたには関係ありません。どうせあなたは私たちの関係を使って、深沢教授を強請ゆするつもりですよね? 学長選挙に勝つために」

「バカなことを言うな!」


 血相を変えて怒鳴る。


「私がそんなことをすれば、自分がどうなるか、本当にわかってないのか!? 学生を踏み台にしてまで選挙に勝ちたいとは思わん! 深沢のヤツめ……! まさか学生に手を出していたとは……! だからアイツは信用できないんだ!」


 忌々しげに息を吐く。


「このことは私の胸に仕舞っておく。誰にも言わん。君は深沢との関係を清算したまえ」


 桃井はそう言って背を向けた。

 中里は部屋を出ようとする桃井のコートを掴んだ。


「……もう遅いんです。私は絶対に、深沢教授を選挙で勝たせます……。勝ってもらうんです……!」

「な、なんだと……?」

「今から、叫びます。あなたに『襲われた』って。『押し倒された』って。そうすれば、あなたはもう終わりですよね」


 桃井が恐怖の表情を浮かべた。


「な、な、何を言ってるんだ……!? 君はいったい、何を考えて……!?」

「このホテルはすごく壁が薄いんです。絶対に廊下まで響きます。どうせなら、本当に襲ってみますか? それでも構いませんよ?」


 中里は薄い笑みを浮かべた。

 羽織っていた薄手のシャツを脱ぎ捨てる。

 そして、張り裂けんばかりの大声で叫んだ。


「や、やめてくれ!」


 助けを求める悲鳴。ホテルの外にまで響くような絶叫。

 桃井は慌てて中里の口を押さえた。


「やめろ! 何を考えてる!?」

「離して……! 私を殴りますか!? 殴ればいいじゃない!? これでもう、みんな終わりなんです!」


 桃井が必死に中里の口元を押さえる。

 それでも絶叫は止まらない。

 中里は壁と床を叩き、狂ったように暴れだす。

 無意識に指先が首筋に伸びた。


「…………がっ! はぁ……! ぐっぅぅ……!」


 ようやく部屋に静寂が訪れた。

 中里が苦悶の表情を浮かべている。


 苦しい。

 息ができない。

 喉が焼けるように痛い。

 桃井を跳ね除けることができない。


 薄れていく意識の向こうに、深沢との思い出が揺れている。

 これであの人は終わりだ。

 さよなら、大好きだった人。

 にじむ視界に映るのは桃井の顔だけ。

 絶望の表情だ。


「あ、あ、あああ……!」


 桃井は泣いていた。

 顔を歪め、恐怖にあえぎ、両手に力をこめて。


「……な、なぜだ……! なぜ笑っている! わ、笑うな……! 笑うんじゃない!」


 桃井の声がゆっくり消えていく。

 もう何も見えない。

 闇に溶けていく思い出。

 遠ざかる意識の中で呟いた。




 ……ずっと、愛してる。




 それが中里が残した、最後の言葉だった。







(おしまい)



ご愛読いただきありがとうございます。

何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ、未熟だった感じの天野ですね。 自分の目的の遂行だけで、他人の気持もある意味舐めてかかって行動して後手後手になってしまってる。
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