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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に愛人を捨てる方法
26/91

天野くんのショウタイム




 翌日。

 教授棟2階の会議室には、各学部の教授たちが集結していた。

 これから『学長選挙』が行われるのだ。


「はーい。どうも皆さんお集まりで」


 入り口から暢気のんきな声が響いた。

 天野がどこか楽しげな笑みを浮かべている。

 ノートPCやプロジェクターにスピーカーなど、様々な器具を持っている。


「ちょ……! あ、天野じゃないか! 何をしてるんだ!?」


 医学部の岡田おかだ教授が真っ青な顔で詰め寄る。

 岡田は天野の担当教授。

 天野が問題を起こす度に、先輩の教授陣から叱責される哀れな教授だ。


「なんでここに来たんだ? これから学長選挙が始まるんだよ。お前は目をつけられているんだから早く出てけ」

「あっはっはっ。岡田教授。残念ながらそれは出来ませんね。なぜなら俺は………」


 天野は平然と言い返した。


「『学長選挙』をぶち壊しにきたんですから」


 会議室は騒然となった。

 教授たちの怒号が天野に向けられる。

 岡田は涙目になりながら言った。


「学長選挙はお前に関係ない! 今すぐ出て行けって! また私が怒られるじゃないか!?」

「聞こえませんねぇ。涼太よ、プロジェクターはそこに設置しろ」

「ほいほいオッケー」


 いつの間にか涼太も会議室に現れ、平然とプロジェクターを設置している。ノートPCと素早く接続。準備はすぐに整った。


 会議室には教授たちの罵声が飛び交っているが、そんなもの天野には心地よいBGMにしか聴こえない。恍惚こうこつの笑みを浮かべながらノートPCを操作している。


「おい天野! 少しは人の話を聞け!」


 学長選挙の立候補者である桃井は、誰よりも激しく天野に掴みかかった。


「……うるせぇな」


 天野は瞬時に桃井の手首を捻り上げた。

 重心を崩し、軽く足を払う。

 桃井をうつ伏せに投げ伏せた。


「うぐぅっ!」


 会議室のざわめきが大きくなる。

 学生が教授を投げた。つまり暴力を振るったのだ。


「お、お前! こんなことをして、どうなるのか……! わかっているのか!?」


 桃井が倒れながら叫ぶ。

 手首と肩の関節を決められてしまい、身動きが取れない。

 天野は無視して涼太に言った。


「PCの操作は頼むぜ」

「オッケー。まかせてよ」


 この騒ぎの中、深沢は微動だにせず、天野を見つめていた。

 黙って椅子に腰掛けている。

 天野は挑発的な笑みを浮かべて言った。


「深沢教授。今から『学長選挙』をぶち壊します。構いませんよね?」

「…………」


 深沢は「イエス」とも「ノー」とも発言しなかった。

 ただ、静かにうなだれて肩を落とす。

 その様子を見ていた教授たちが驚いて黙り込んだ。


「深沢教授……? あなたの『学長選挙』ですよ……?」


 教授の1人が問いかける。

 深沢は何も答えず、静かにその時を待っていた。


「あっ、勇二。マイクがあったよ。使う?」

「いいな。俺様の美声を聴かせてやろう」


 天野は桃井を床に組み伏せたまま、片手でマイクを受け取った。

 呆然とする教授たちへ語りかける。


「皆さんどうも。学園一の問題児、通称『天才クソ野郎』こと天野勇二です。天野によるお仕置きのお時間です。どうぞ席にお座りください。長い話になりますよ」


 天野が偉そうに語りかける。

 しかし、教授たちは誰も座ろうとしない。困惑と驚きが入り混じった表情で天野たちを凝視するだけ。

 天野は呆れたように言った。


「……まぁ、いいでしょう。ご静聴のほどお願いしますよ。涼太、映せ」

「はいよ」


 涼太が軽やかにノートPCを叩いた。

 スクリーンに深沢と中里のツーショット写真が現れる。遊園地で仲睦なかむつまじく寄り添う2人。

 会議室にざわめきが走った。


「こちらの人物はご存知ですよね? 法学部の権威けんいこと深沢教授です。隣に立っているのは法学部の1年生、中里美波といいます。彼女のこともご存知ですよね?」


 法学部の教授たちが驚き、うなだれて肩を落とす深沢を見つめた。

 当然ながら中里のことは知っている。

 『殺人事件』のことも知っている。


「この写真が示す通り、2人は男女の関係にありました。つまりは『不倫』です。中里美波は残念ながら、数日前、歌舞伎町のラブホテルにて、何者かに殺害されてしまいました」


 会議室のざわめきが止まらない。

 法学部の教授たちの顔色は真っ青だ。


「しかも……。彼女が殺害される直前、深沢教授は殺人現場のラブホテルにいました。きっと情事にでも励んでいたのでしょう。おまけにその時、中里美波のお腹には、深沢教授の『子供』が宿っていたのです」


 会議室は水を打ったように静まり返った。

 教授たちの顔から色が消えていく。これは大変なスキャンダルだ。

 天野は馬鹿丁寧な敬語を投げ捨てると、いつもの口調で激しく怒鳴った。


「どうだお前ら! これが法学部の権威、深沢教授の素顔だよ! お前らが全学長の椅子に座らせようと考えていたゲス野郎の顔をよく拝みやがれ!」


 拳を握り、スクリーンに叩きつける。


「だがな、大事なのはそんなことじゃない。1人の女子大生が殺された! しかも妊娠中の学生だ! お前らが学費を貪り、メシを食う金を捻出している学生が殺されたんだよ!」


 指先を翻し、自らの担当教授である岡田に突きつける。


「ここには我が医学部の教授連中も集まっているから、そいつらにも訊いてみたいな。人を1人救うのにどれだけ苦労すると思う? 命ってのは簡単に消すことができ、簡単に誕生させることができる。だが救うのは果てしなく難しい。俺は絶対に犯人を許すことができない。あらゆる事実を警察に突きつけてやる」


 岡田が震える声で尋ねた。


「あ、天野……。君は、深沢教授を、殺人犯として……」

「違う。中里美波を殺したのは、深沢教授ではない。真犯人はこの会議室の中にいる。中里美波を殺したのは…………」


 天野は不敵な笑みを浮かべた。

 拘束していた桃井の手を放し、偉そうに睨みつけた。


「あんただよな? 経済学部の重鎮、桃井康晃。お前が中里美波を殺したんだ」


 桃井は苦しげに呻いた。

 天野に痛めつけられた肩をさすり、ゆっくり立ち上がった。


「……君はさっきから、何を言っているんだ……。私には、まるで理解できんぞ……」


 天野が「はぁ?」と嘲笑した。


「この期に及んでとぼけるのか? お前が中里美波を殺した真犯人だ。そう言っているのさ。お前は深沢と中里を歌舞伎町まで尾行していた。部屋に残った中里に接触し、その両手で…………」


 桃井の両手を指さす。


「首を絞め……。殺したんだ」


 桃井が「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てる。


「なぜ、私がそんなことをするんだ?」

「決まっているだろう? 『学長選挙』に勝利するためだよ」

「たかが選挙のために、殺したと言うのか?」

「たかが選挙のために殺した。そう言っているのさ」

「何を馬鹿げたことを言っているんだ……。そんな動機で殺すはずがない。どうせ証拠もないだろう。犯人はそこにいる深沢じゃないのかね」

「クックックッ……。そうだよな。誰だってそう考える。だから殺したのだろう?」


 涼太がノートPCを叩いた。

 スクリーンの映像が切り替わる。

 とある防犯カメラの映像が現れた。


「桃井よ。お前は教授のくせに無知で短絡的な馬鹿だから、知らなかったのだろう? 今はホテルにも街にも監視カメラが溢れているんだぜ」

「な、なんだと……」

「俺は中里が殺された現場を見てきた。随分とオンボロな旧式のラブホテルだ。あまりにオンボロすぎて、ホテルの防犯カメラは機能していなかった。これはお前にとって偶然の賜物だった」


 スクリーンには歌舞伎町の雑踏が流れている。

 涼太はひとつの場面で停止ボタンを押した。


「ところがな、歌舞伎町の町内会ってのは、自衛のために防犯カメラを街に設置しているんだよ。町内会の防犯カメラの記録を片っ端から調べて、やっとお前の姿を見つけた」


 天野がスクリーンを指さす。裏路地を歩く深沢と中里。

 その後方にいる、1人の人物を示され、桃井の顔色が変わった。


「ば、馬鹿な……!」

「深沢たちを尾行している人物……。桃井、お前の姿だ。そしてもうひとつ」


 画面が切り替わり、別の映像が現れる。


「こんな……! こんなものまで……!」

「これは歌舞伎町のゴミ捨て場だ。時刻は22時。お前がコートと手袋を処分している様子が映っている。残念なことに、お前が映っているのはこの2つしかなかった」


 桃井は青ざめた表情で会議室を見渡した。

 教授たちは困惑の表情で桃井を眺めている。

 桃井は動揺を噛み殺しながら言った。


「……確かに、それは私のようだ……。そうだ……。その日は歌舞伎町で飲んで帰ったんだ。だが、ホテルなんかには行っていない」


 天野は呆れたように言った。


「おい桃井……。あまり俺様を失望させるな。そんな子供騙しの言い訳で警察が納得すると思うのか? この映像を警察に提出すれば、科捜研かそうけんがお前の痕跡を現場から見つけ出すだろうよ」

「そんなもの……。見つかるはずがない!」

「いや、必ず見つかるね。断言してもいい。人間は殺人を犯す際、極度のストレスのため毛髪が大量に抜け落ちるんだ。当然、警察はその点を視野に入れている。部屋からはお前のDNAと一致する毛髪が必ず見つかるのさ。それに科捜研かそうけんは優秀だ。例え髪なんかなくてもな、微粒子レベルでお前の痕跡を探し出せるんだよ。科学捜査の進歩を甘く見ないほうがいい。お前が中里を殺した。優秀な警察はすぐに結論を出してくれるぜ?」


 獣のような瞳で桃井を睨みつける。

 会議室に広がる殺気。

 桃井の身体が震え始めた。


「お前の狙いは明確だ。『桃井』という存在点。『深沢と中里』という存在点。これをつなげる線は存在しない。だから中里を殺しても、お前に捜査の目が向くことはなかった。だが、俺様はこの防犯カメラによって、点を結ぶ線を見つけてしまった」


 気障キザったらしく指先を振り回す。

 怯える桃井の顔に突きつけた。


「もうお前と殺人事件は一本の線でつながった。後は科学捜査が痕跡を見つけ出してジ・エンドさ。それでお前のキャリアは永遠に消滅するんだ。桃井……。お前は中里美波を殺した。その証拠は必ず見つかる。お前が殺人犯である証拠が必ず見つかるんだよ!」

「ち、違う! 私は殺してない!」


 桃井が顔を歪めて否定する。

 天野はヘラヘラと意地の悪い笑みを浮かべた。


「いや、お前は殺したよ。俺様にはわかるね。お前は人を殺した顔をしている。もう諦めたらどうだ? お前はラブホの前で、深沢と中里が出てくるのを待っていたのだろう? 2人がラブホから出てくる写真が撮れれば、深沢という対抗馬の致命的な弱みを握ることができる。うまく使えば選挙も圧勝。そう考えていたのだろう?」


 桃井は力なく「ちがう、ちがうんだ……」と呟いている。


「しかし、なぜか深沢がラブホに『愛人』を残し、1人で出てきてしまった。これでは不貞の証拠を掴むことができない。だが、お前はこう思ったはずだ。これは絶好のチャンスだ。この状況で中里を殺せば、犯人は深沢で決まりだ。そうすれば『学長選挙』はどうなる?」


 天野は教授たちを見渡し高笑いをあげた。


「選挙なんて何の意味もなくなるんだよ! 深沢が逮捕されちまえば、わざわざ選挙する必要もねぇのさ! 例え選挙が開催され、深沢に負けたとしても、逮捕された後に全学長の椅子に座ればいいだけ。ああ、これか? これがその椅子か?」


 天野は思い切り右足を振り上げた。

 全学長の椅子を蹴り飛ばす。

 悲鳴と共に部屋の中央まで椅子が飛んで行く。


「くだらねぇ! お前はそんなくだらねぇ理由で、1人の女子大生と、腹に宿っていた生命を殺したんだ! お前の両手にはまだ感触が残っているはずだ。首を絞められた中里の苦悶の表情……。必死に爪をたてる最後の抵抗……。生き抜こうとする瞳の輝き……。その全てが消滅しても、お前は首を絞め続けたんだからな!」

「ちがう……! ちがうんだ……!」


 教授たちがゆっくり桃井から遠ざかった。

 桃井は色を失い、ひたすら「ちがう」と喚いている。


「なぁ、教えてくれよ。中里が残した最後の言葉は何だったんだ? 思い出せよ。中里の顔がチアノーゼで紫色に変色し、顔を醜く歪ませ、身体から力が抜けた瞬間を思い出せよ。知っているのはお前だけなんだ。お前だけしか知らないんだ。せめて遺族に伝えてやれ。この2人の命を殺したクズめが」

「ちがう……! 私は、ちがう……!」

「それとも腹に宿っている命は人間じゃないからノーカウントしてほしいのか? そんなに世の中は甘くねぇ。私利私欲にまみれたブタめが。お前は全学長の椅子という、くだらねぇ権力のために中里を殺した。きっと裁判官はこう言ってくれるだろうなぁ。計画的かつ残忍な犯行で同情の余地なし。せっかくだから、集まっている優秀な教授ブレイン共に訊いてみるか?」


 集まっている教授たちを指さす。

 天野はこの日、一番の怒鳴り声をあげた。


「とっさに及んだ犯行と、お前のような私利私欲のための計画的犯行。つまり『傷害致死罪』と『殺人罪』では、どれだけ罪の重さが違うのか!? 無期懲役や死刑が宣告されてもおかしくない。被害者へ支払う慰謝料として、お前が持つ財産の全てを差し出すことになるだろうよ。当然、大学には帰る場所はない。家族親類もお前から離れる。もう、お前の人生は終わっているんだよ。このクズめが」


 桃井は慌てて天野に詰め寄った。


「ちがう……。ちがうんだ。計画的なんかではない」

「違わないさ」

「本当に……。本当に計画なんかしていなかったんだ!」

「見苦しいな。初めから殺すつもりだったくせによ」

「ち、ちがう! 私はあの女に騙されたんだ! 大声を出したから、押さえようとしただけなんだ! 深沢を勝たせるため、私に襲われたと狂言きょうげんすると言い出したんだよ! 殺すつもりじゃなかった! 計画的犯行なんかじゃないんだ!」


 桃井の絶叫が会議室にとどろいた。

 全員の視線が桃井に集まる。

 天野はゆっくり胸元に手を伸ばすと、ボイスレコーダーを取り出した。

 冷静に停止ボタンを押す。


「その言葉を待っていた」


 プロジェクターの電源を落とす。

 涼太もノートPCを閉じてケーブルを取り外す。

 あっさりと撤収作業を始める天野たちを、教授たちは何も言えずに見つめていた。


「もう俺様の演説ショウタイムは終わりだ。明日からのマスコミ対策でも会議しろよ」


 そのまま会議室を出ようとする。

 その時、深沢が「……っくっくっく……」と妙な声をあげた。


「……天野くん……。君は、まさか……。この瞬間のために……。こんなパフォーマンスを演じたのかい……?」


 天野は感心したように深沢を眺めた。

 桃井は混乱したまま2人の顔を見つめている。


「全てが……。全てが『ブラフ』だったのか……。桃井がホテルにいた痕跡が見つかっても、犯行を立証する証拠にはならない……。ただ「そこにいた」ということが判明するだけ……。それだけで起訴することは難しく、警察に捜査させることも難しい……。だから、桃井から自白を引き出すための、『ブラフ』を演じてみせたのか……」


 深沢がゆっくりと床に崩れ落ちた。

 青ざめた顔に奇妙な笑みが浮かぶ。


「……そして同時に……。私に制裁を与えた……。……っくっくく……。なんて男だ……。天才クソ野郎……。君に相応しいあだ名だな……」


 その顔にいつも穏やかだった教授の面影はなかった。

 全てを失った男の、哀れな表情が浮かんでいるだけだった。


「さすが法学部の権威だ。成績、少し色つけてやるよ」


 偉そうに天野が言い放つ。

 そのまま軽やかに会議室を出て行った。





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