天野くんの推理
新宿、歌舞伎町。
街の一角にある小さな電気屋。町内会の『防犯カメラ』を管理している一室。
部屋にいるのは天野だけ。電気屋の店主には僅かばかりの金を握らせ、退席してもらっている。
「……お待たせ。色々調べてきたよ」
部屋に涼太が戻って来た。
天野が前のめりになりながら尋ねる。
「どうだった? 何か掴めたか?」
「うん……。勇二の言う通り『ゴミ捨て場』と『ラブホ』を調べてみたんだけどさ……」
肩を落としながら言葉を続ける。
「まず『ゴミ捨て場』だけど、『コート』や『手袋』は一切見つからなかったよ。たぶんゴミ収集業者が回収したとは思うけど、あの辺りはホームレスも多いから、誰かが拾った可能性も高そう。そこまで調べてみる?」
天野はしばし思案すると、首を軽く横に振った。
「いや、そこまでする必要はない。ラブホはどうだった?」
「警察がキープアウトしてて、中には入れなかったね。まだ建物内を調べてるみたい」
「そうか……。まだ入れないか。ちょっと『ラブホ』の構造が知りたいんだがな……」
「あっ、それはわかるよ。あそこを使ったことがあるっていう女の子がいてさ」
涼太が身振り手振りを加えながら、ホテルの構造を説明する。
「ホテルに入ると部屋の写真が壁一面に並んでて、空部屋を客が選ぶようになってるんだって。自動精算機にお金を入れると部屋の鍵が出てくる仕組み」
「受付の人間はいないんだよな?」
「そう、いないんだって」
「カップルが部屋を選んでいる様子を、別の人間が見ることはできるのか?」
「それは無理っぽい。奥まった場所にあるんで、第三者が覗くのは困難だってさ」
天野は軽く息を吐いた。どこか苦しげに頷く。
「やはりそうか……」
天野は再びモニターを睨みつけた。
映し出されているのは、経済学部の重鎮、桃井康晃の姿だ。
「これでは『物証』を見つけられない。確証に至ることもできない……」
タバコに火をつけながら舌打ち。腕時計を見て顔を歪める。
涼太はその横顔を眺めながら口を開いた。
「ねぇ勇二……。これまさか……。まさかと思うけど……」
生唾を飲み込みながら尋ねる。
「桃井教授は経済学部の代表として『学長選挙』に出馬するよね……。だから対抗馬である深沢教授の弱みを握るために、深沢教授と中里さんを尾行していたのかな……?」
天野は冷たい瞳で涼太を見つめた。
「訊きたいのはそれだけか?」
「あ、い、いや……。え、えっと……」
「深沢の弱みを握るために『愛人』である中里を殺したのか。そう尋ねたいんじゃないのか?」
涼太が「ぎょっ」とした表情を浮かべた。
ブンブンと首を横に振る。
「さ、さすがにそんなのありえないって! 選挙で勝つために? たかが、そんなことのために、中里さんを殺したっていうの?」
「いや、俺様はそう推測している。桃井ならやりかねない。一昨日のアイツはそこまで追い詰められていた。権力という甘い汁をすすり続けるためならば、ある程度の犠牲を払っても構わない。そんな顔をしていたよ」
天野は指先を掲げた。
気障ったらしく振り回し、モニターの中にいる桃井を指さす。
「コイツは死亡推定時刻後にコートと手袋を処分している。不自然極まりない行動だ。中里の殺害時に着用していた衣服を処分したとしか考えられない」
「そりゃ確かにそう見えるけど……。いくら何でもそんなバカなことしないでしょ!? だって殺す必要がないじゃん!? 人を殺したら選挙どころじゃない! 逮捕だよ! むしろ殺さずに『深沢教授と中里さんの関係』を暴露すればいい! それで選挙に勝てる!」
天野は腕組みをして黙り込んだ。
瞳を細めながら尋ねる。
「……中里と桃井が肉体関係にあった。その可能性はどうだ?」
涼太は即座に首を横に振った。
「ないね。絶対にない。中里さんと関係していたのは深沢教授しか考えられない。そりゃ教授と学生だから話したことはあると思うけど、男女の関係なんてありえないよ」
「ならば、桃井は中里を殺すつもりではなかったのか……? ……いや、そうだ。これはそもそも計画的犯行ではないんだ。殺すつもりならば、何かしらの『凶器』を準備すべきだからな」
天野は両手を宙に掲げた。
虚空を強く握り絞める。
「中里は『扼殺』されている。犯行に使われたのは両手だ。つまり真犯人は中里を殺すための凶器を準備してはいなかった。これはとっさの犯行だったんだ……」
指を「パチリ」と鳴らす。モニターの中にいる桃井に突きつけた。
「まず桃井は深沢の弱みを掴むため、単独で尾行していたと想定される。深沢を蹴落とすための情報を渇望していたんだ」
涼太が頷きながら言った。
「ここ最近はヒマさえあれば尾行してたんだろうね……。その努力が実り、愛人との不倫現場を目撃した……。ラブホテルまで尾行したはずだよね」
「恐らくカメラを構え、盗撮の機会を伺っていたのだろう。ラブホから出るところを写真におさめれば、決定的な不貞の証拠となる。深沢を蹴落とすには格好のネタだ」
「ところが、ラブホから出てきたのは深沢教授だけ……。桃井教授は困惑したよね。愛人を部屋に残して帰るなんて、何かあったに決まってる」
「桃井はどうすべきか迷ったことだろう。だが、何らかの理由で愛人が残る部屋に入った。そこで何かがあった。とっさに中里を絞め殺した。時間軸としては、これで事件が成立する」
涼太が何度も頷く。
「それで殺害後にコートと手袋をゴミ捨て場に処分した、ってことだよね……。中里さんの爪に残った繊維から、自分の衣服が特定されちゃうから……」
「それで物的証拠は消える。部屋には深沢の痕跡が強く残っている。自分が犯人として特定される可能性は低い…………」
そこで天野の推理は壁にぶち当たった。
「……これでは……立証できない……」
防犯カメラの映像だけでは「桃井が殺した」という物的証拠にはならない。
映像が証明できるのは『歌舞伎町に桃井が存在した』ということだけ。
殺人事件との関連性を証明することは難しい。
「これだけではダメだ。警察が俺たちの言葉に耳を貸すワケがない。映像を渡しても無視されるだけだ……」
殺害現場から桃井の痕跡は見つかるかもしれない。
しかし、追及できるのはそこまで。証拠としても弱すぎる。殺人の物証となる衣服は処分されているのだ。
「部屋にいた」ということが証明できても、「殺した」ということは証明できない。
仮にうまく逮捕させたとしても、桃井が否認すれば嫌疑不十分で不起訴となるだろう。
「僕たちはただの大学生だからね。そもそも「殺害現場から桃井教授の痕跡を探す」っていうハードルが高すぎる。他に手はないの? どうすれば警察は桃井教授を逮捕してくれるのさ?」
天野は顔を歪めた。
仮にコートや手袋を見つけ出しても、それが「桃井の衣服である」と証明することも難しい。
警察がただの大学生が持って来た証拠をマトモに扱うはずがない。
そもそも少し頭の回る人間であれば、衣服の全てを処分するだろう。証拠は何ひとつ残っていないのだ。
「冗談じゃねぇぞ……。目の前に、明らかな容疑者がいるのに、調べることもできないのか……。どうすればいい……。どうやって、桃井を追いつめる……?」
このままでは桃井を確保できない。警察を動かすこともできない。
殺害動機も不明。なぜ殺したのか。なぜ中里は死ななければならなかったのか。その理由が明らかになることもない。
天野は全身が震えるほどの怒りを覚えた。
「くそったれが……。どいつもこいつも……。命をなんだと思ってやがるんだ……!」
脳裏に中里美波の姿が浮かぶ。絶望の淵に立っていた小柄な娘。
灰色の脳細胞が高速で回転している。
天野は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「……上等じゃねぇか。俺様は覚悟を決めたぞ。この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。『立証』できないというならば、その不可能を捻じ曲げてやる。クズ共の全てを叩き潰してやるぜ」




