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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に愛人を捨てる方法
24/91

天野くんの捜査




 中里美波の殺害が報道された翌日。

 学生食堂2階のテラス席には、天野と涼太の姿があった。

 タバコを片手に『聞き込み調査』による情報を整理している。


「……そうか。中里と『交際している男』は、いなかったんだな」


 苦虫を噛み潰したような表情で尋ねる。

 涼太はメモを眺めながら言った。


「中里さんの友達は男の気配さえ感じたことがない、って言ってたよ。カレシが出来たこともないはずだって。中里さんは中高一貫の女子高育ちでさ、仲の良い男友達さえいなかったんだ」

「それはつまり……。深沢との不倫を完全に隠しきっていた、ということだな」

「そうなるね。さり気なく不倫のことも聞いてみたけど、友達は「ありえない」って言ってたよ。あんなウブな娘が不倫なんてありえない。ましてやその相手が深沢教授なんて絶対にありえない。みんな口を揃えてそう言うんだ」


 天野は嫌そうにスポーツ新聞を眺めた。

 『歌舞伎町かぶきちょう女子大生殺人事件』の続報は報じられていない。それは「警察はまだ深沢を逮捕していない」ということを意味している。

 被疑者としてマークしている可能性は高いが、逮捕できるだけの材料を集めてはいないのだろう。


「中里の家族はどうだ? 何か言っていたか?」

「殺される覚えがまるでないってさ。まぁ、そりゃそうだよね。殺される動機を持ってる人なんて、そうはいないよね」

「両親も不倫のこと。そして妊娠のことは気づいていなかったのか?」

「直接は聞けなかったけど、たぶん気づいてなかったと思うよ。ラブホテルで遺体が見つかったこと自体が驚愕きょうがくだったようでさ。目も当てられないほど落ち込んでたね……。勇二のほうはどう? 何か目ぼしい情報は手に入った?」

「ああ、こっちは検視の詳細を聞くことができた」


 涼太は仰天して天野を見つめた。


「マジで!? また検視の情報を入手してんの!? 誰がそんな機密情報を勇二に流してるのよ!?」

「それは秘密だ。中里の死亡推定時刻は21時から21時半の間。間違いなく『絞殺こうさつ』されていたよ」


 宙に両手を伸ばし、何かを握るように指先を動かす。


「正確に言えば『扼殺やくさつ』だ。凶器に使われたのは『両手』だった。手袋をしたまま首に圧力をかけ、骨をへし折るほどに絞め上げたんだ。中里の爪は折れており、何らかの繊維が検出されている」

「えっと……。それって、どういうこと?」

「それだけ言えば理解できるだろう? 中里は正面から両手で首を絞められ、激しく抵抗したのさ。相手の衣服か手袋を掴み、爪が折れるほどの抵抗を試みた。その痕跡こんせきが残っている。つまり……」


 親指で首をかっきるジェスチャーを交えて吐き捨てる。


「中里は殺されたんだ。間違いなく『他殺』だよ」


 涼太は肩を落として呟いた。


「そっか……。他殺に見せかけた『自殺』かもしれないと思ってたんだけど……。やっぱり『殺人事件』なんだ……」

「俺もその線を疑った。だが違う。明らかな他殺だ。しかも首には指紋が残っていない。どうせ殺害時に着用していた衣服は処分しているだろう。犯人に直結する明確な証拠はひとつもない、ということだ。深沢が逮捕されるのは時間の問題だよ」

「はぁ……。なんて酷いことするのさ……。目撃者が出て来なければもう終わりじゃん……。……あっ、そうだ」


 涼太が思い出したように言った。


「あれはどうなの? ラブホテルには防犯カメラがあるでしょ? どんな映像が残っていたのか探れないかな?」

「もう探ったよ」


 天野は「お手上げ」といったように両手を広げた。


「深沢が愛用していたのは相当なオンボロホテルでな。防犯カメラは全てダミーだったんだ。エレベーターにさえ防犯カメラが設置されていなかった。深沢と中里が部屋に入った様子も、その後に誰かが入った様子も何ひとつわからない」


 涼太が呆れたように肩をすくめた。


「何もかもお手上げじゃん。殺される動機はない。物的証拠もない。犯人を見つけ出す情報もない。何ひとつ存在しないよ」

「ああ……。もう一度訊くが、中里に隠れた恋人。もしくは恨まれているような相手はいなかったのか?」


 涼太は静かに首を横に振った。


「僕としてもその線は入念に調べたよ。どっちもいないと思う。まるでその気配がないんだ。中里さんの人間関係は順調。誰からも好かれる女の子。殺される理由なんか何ひとつなかった」

「そうか……。もうその線しかないと思っていたのだが……。違うのか……」


 天野は嫌そうに息を吐いた。

 事件が報じられたスポーツ新聞を睨みつける。

 遺体が発見されたのは深夜1時。ホテルのスタッフが延長確認の内線を入れても応答がないので、仕方なく部屋に入った。そこで中里の遺体を発見したのだ。

 天野は新しいタバコに火をつけながら言った。


「もう一度、事件を整理しよう。どこかに事実のほころびがあるかもしれない」

「そうだね。まず中里さんが殺されたのは『21時から21時半』の間なんだよね」

「ああ、2人がホテルに入ったのは20時。何を話したのか知らんが、深沢だけが21時過ぎに部屋を出た」

「ばっちり死亡推定時刻内だね。深沢教授が中里さんを殺して部屋を出た、ともいえるよ」

「深沢が潔白シロならば、部屋を出た直後に何者かがホテルの部屋に侵入し、即座に中里を殺害した、ということになる……」


 天野は腕組みをして思案した。

 『犯人』は正面から中里を襲っている。両手で喉元を押さえつけ、そのまま床かベッドに押し倒した。全身の体重をかけ、喉を押し潰すように絞め、完全に気道を塞いだ。

 中里の顔が苦悶くもんに歪んでも、救いを求める涙を流しても、身体から力が抜けて命の輝きが消えても、全てを無視して首を絞め続けた。そんな殺し方だ。


「これは2つの事実を示している。犯人は中里の抵抗を無視して首を絞めることのできる腕力を持っている。つまりは『男性』である確率が高い。そして中里がラブホテルの部屋に招いたことから、中里の顔見知り、もしくは無視できない間柄にある人間だったと想定される」


 涼太がげんなりと顔を歪めた。


「それ、深沢教授がバッチリ当てはまるじゃん。殺害動機も説明できる。時間的に不自然な点もない。警察も絶対に『犯人』だって考えるね」


 天野はゆっくり首を横に振った。


「いや、深沢が殺した……。そうではない気がするんだ」

「勇二の瞳は優秀だもんね。深沢教授は殺人者じゃないって見えるの?」

「困ったことにそう見えてしまうのさ。だが、他に容疑者はいない……」


 状況だけを見れば、深沢が最も犯人として疑わしい。

 『物的証拠』も山ほど存在する。

 天野の瞳だけが「深沢が犯人ではない」と告げている。


「……明日は『学長選挙』だよね。深沢教授、出る気かな?」


 涼太が遠い目で尋ねた。


「これで『学長選挙』に出馬するなら、本当に大したクズだぜ。まぁ、10代の女子大生と不倫してはらませて、俺様に病院の手配と中絶の説得を依頼する男だからな。平然と出るんじゃないか」


 舌打ちしながら言葉を続ける。


「もう隠し子というスキャンダルは消えちまった。案外、どうやって俺たちの口を塞げばいいのか。そんなことを考えているかもしれないぜ」

「うわぁ……。それじゃ僕たちが深沢教授に狙われてもおかしくないじゃん。『真犯人』を逃すリスクを犯しても、深沢教授のことを通報するしかないんだ」

「そうなるな。目撃者が見つからないのであれば、もうそうするしかない」

「防犯カメラがダミーってのが酷いよ。防犯カメラがちゃんと動いていれば、犯人をすぐに見つけられたはずなのに」

「まったくだ。あのオンボロホテルの防犯カメラが………」


 そう呟いた瞬間。

 天野の脳裏にひとつの考えがよぎった。


「いや、待てよ……。歌舞伎町……。そうだ、歌舞伎町だ。防犯カメラはひとつだけじゃない」


 天野はすかさず立ち上がった。


「歌舞伎町には町内会の連中が、自衛のために『防犯カメラ』を設置している。そこに中里が映っているかもしれない」



**************



 天野と涼太は即座に歌舞伎町へ向かった。


 歌舞伎町には複数の『監視カメラ』が存在する。

 警察などの公的機関が設置したもの。町内会が自衛目的に設置したもの。それ以外の組織によるもの。無数のカメラが街中に溢れている。


 目的地はひとつの小さな電器店。

 その一室に、町内会による『防犯カメラ』の映像は記録されていた。


「全ての映像を調べろ。必ず深沢と中里の映像が残っているはずだ。駅からホテル街までの映像を調べるんだ」


 歌舞伎町には天野の父親が経営するクリニックのひとつがある。

 町内会にも加入しているため、映像を閲覧する権利はある。

 幸運なことに、防犯カメラの映像は警察に押収されていなかった。


「……ないね。まるで見つからないよ……」


 天野と涼太は何度も画面を睨みつけた。深沢と中里の痕跡を探し続ける。数時間を費やし、何度も映像をチェックした。

 その努力の成果は、ひとつの映像が見つかることによって実った。


「……あった! 勇二! あったよ! ここにちょっとだけ見切れてる!」


 画面の左下隅。深沢と中里の姿が映っている。

 2人ともどこか思いつめたような顔で、歌舞伎町の裏路地を歩いている。


「それは何時の映像だ?」

「えっと……。19時半だね」

「それならホテルに入る前だな。前後の映像はないのか?」

「ないね……。この一瞬、ほんの数秒しかないよ」


 天野は唇を噛みしめながら画面の中にいる中里を見つめた。

 この後、何者かに殺されてしまう。

 画面の中に呼びかけても殺人を防ぐことはできない。

 やりきれず視線を逸らした時、画面の奥にいる1人の人物が視界に入った。


「お、おい……。これは……。なぜだ……。なぜ、コイツがここに……?」


 深沢の数メートル後方を歩いている。

 まるで深沢を尾行しているかのようだ。

 映像を拡大して顔を確かめる。

 涼太も見覚えのある顔だった。


「あれ……? な、なんで、この人……。こんなところにいるの……?」

「わからんな……。もう一度映像を調べなおせ。今度はコイツを探すんだ」


 再び映像をチェックする。その人物はすぐに見つかった。

 時刻は22時。歌舞伎町にある『ゴミ捨て場』での映像だ。

 『コート』と『手袋』を投げ込む姿が映し出されている。


「間違いない……。コイツ、歌舞伎町にいやがったんだ……」


 発見できた映像は2つだけ。

 19時半に深沢たちの背後にいる姿。22時にゴミ捨て場で衣服を捨てている姿。この2つだけだ。

 涼太が震える声で尋ねた。


「こ、これ、おかしいよね……? だって、中里さんの死亡推定時刻は『21時から21時半』の間なんでしょ……?」

「ああ、そうだ。コイツは『殺害前』と『殺害後』……。つまり『犯行時間』に歌舞伎町に存在していた、ということになる」

「な、なんでさ。なんで…………」


 涼太が震えながら、その名を呼んだ。


「なんで……。桃井教授が歌舞伎町にいたの……?」






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