天野くんと愛人
深沢から依頼を受けた翌日。
天野と涼太は校門に立ち、1人の女子生徒を待ち伏せていた。
「今日の中里さんは4限で終わり。講義が終わったらすぐに大学を出ちゃうタイプの女の子。カレシとデートする予定はないだろうし、もうすぐここを通るはずだよ」
涼太が腕時計を見ながら告げる。
「たぶんお友達と一緒だと思う。2人ほど仲の良い女友達がいるんだ。同じ法学部の1年生。運が良いことに、僕ちゃんが遊んだ女の子じゃない」
「見事な調査だ。友人が一緒のほうが好都合だな」
「言えてる。立ち話じゃ突っ込んだ話はできないからね」
「まずは接触だ。ここで躓くワケにはいかん。『パコ野郎』のテクニックを見せてくれ」
「オッケー……。まかせてよ。腕が鳴っちゃうね」
軽薄な声を出しながらも、真剣な表情で涼太が告げる。
獲物を探す狩人のような瞳。
それが3人組の女子たちを捉えた。
「……おっ、来たよ。あの娘たちだね」
地味な服装の3人娘だ。
和やかに談笑しながら、ゆっくりキャンパスを歩いている。
中央には中里美波の姿。
涼太は爽やかな笑みを浮かべて踊り出た。
「やっほー! 中里さんだよね!」
「えっ……」
3人娘が驚きの表情を浮かべる。
中里はおずおずと頷いた。
「は、はい……。そうですけど……」
「ごめんね! いきなり呼び止めちゃって! ビックリしたよね!」
涼太は何のためらいもなく3人娘に割り込んだ。
天野も穏やかな微笑を浮かべ、涼太の傍に立っている。
「実はさぁ、中里さんたちとお話してみたいなって、ずっと思ってたんだよ。僕は文学部の涼太っていうんだ。こっちは医学部の勇二ね。つまりはアレだね。ナンパってやつだね」
踊るような口調で語りかける。
女の子たちは『チャラ男』の登場。
そして突然の『ナンパ』に驚いていたが、それほど悪い気はしていなかった。
如何せん涼太は人懐っこいイケメン。軽薄そのものなのに、不思議と警戒心を抱かせない笑顔が持ち味。天野も黙ってさえいれば気品のあるイケメンだ。
外見だけならメンズとしてのヒエラルキーの頂点に立つコンビ。それにまだ1年生のためか、天野の『悪い噂』も耳にしていなかった。
「3人とも今日は忙しい? なんか予定ある?」
「予定は……。あんまりない、ですけど……」
「それならお願い! お茶だけでいいから付き合って! なんでも好きな物を奢るよ! と言ってもね……」
舌を「ぺろり」と出してはにかむ。
おどけた少年のような笑顔。
母性本能を「これでもか」と刺激する鉄板の笑顔だ。
「キャンパスの喫茶店じゃ、飲めるものなんてたかがしれてるけどさぁ。でも、僕の精一杯の熱意と誠意だけでも感じて! お茶しながらお喋りするだけ! ホントそれだけ! サークルとかなんかの勧誘じゃないから安心してよ!」
3人娘は困惑しながら互いの顔を見合わせた。
瞳が「どうする?」と尋ねあっている。いきなりの誘い(ナンパ)に乗るべきか迷っている様子だ。
天野は中里にさりげなく近づき、小さな声で囁いた。
「……深沢教授の話をしないか?」
「えっ!?」
中里が仰天して天野を見上げる。
天野は涼しげに微笑んで言った。
「絶対に君たちを退屈させない。楽しい時間になると約束するよ。ほんの30分だけでも、君たちの時間を恵んでくれないかな?」
「えー……。どうしよっか? 話してみる?」
「夕方までならヒマだし……。奢ってくれるなら悪くないよねぇ……」
中里は訝しげに天野を凝視しているが、友人たちはもう落ちている。
ここまでくれば勝負は決まり。涼太は強引に仕掛けた。
「じゃあちょっとだけ! それならいいよね!? 君は何が飲みたい気分?」
「えっと……。ミルクティー、かな?」
「それなら君は?」
「私も同じやつ……」
「中里さんは何にする?」
リズミカルに尋ねる。
中里は天野をチラチラ見上げながら「デカフェのコーヒー……」と呟いた。
その言葉を受けて天野が走り出す。
「決まりだな! 俺が注文とってくる!」
「オッケーよろしく! じゃあ行こう! 楽しみだなぁ! こんなに可愛い女の子たちと話せるなんて、今日は人生最高の日だよ! とびっきりの時間にしようね!」
涼太は陽気な声をあげながら、女の子たちを押し出すように喫茶店へ向かった。
**************
喫茶店では涼太が流れるようにトークを繰り広げ、終始女の子たちを褒めちぎって場を盛り上げた。
最終的には全員と連絡先を交換。
『合コン』の約束まで取りつけてしまった。
「……あっ、もうこんな時間。そろそろ行かなきゃ」
空が暗くなると、中里の友人たちは「予定がある」と言って席を立った。
中里も一緒に帰ろうとしている。
「ねぇ中里さん。深沢教授の話、もうちょっとしない?」
涼太が呼び止めた。
「……はい」
ゆっくり中里が席に戻る。
天野と涼太の顔を訝しげに睨み、どこか怯えた口調で尋ねた。
「深沢教授の話って……。何のことですか?」
天野は微笑を浮かべながら中里の全身を眺めた。
地味な黒髪の女子大生。幼い顔立ちの娘だ。
涼太は悲しげに息を吐き、重い口を開いた。
「実はね……。君と深沢教授が、2人きりで歩いているところを見たんだよ」
「そ、それは……。深沢教授は、私の担当教授ですから……」
「ふぅん。千葉にある『夢の国』で見たんだよ? 2人ともカチューシャつけて腕を組んじゃってさ。法学部ってそんなところでラブラブな講義するの?」
中里の頬が赤く染まる。
「し、知りません! そんなところ行ってません! どうせ見間違いです!」
真っ赤な顔で反論。
天野は胸元に手を伸ばすと、
「悪いが、証拠はあるんだ。君と妻子ある教授とのツーショット。なかなか悪くない写真だ」
机に深沢から受け取った写真を置く。
中里の顔がさらに赤くなった。
「これじゃ不貞行為の証拠にはならないが、まぁそんなことはどうでもいい。これは君のカレシである深沢から預かったものだ。他にも色々と話を聞かせてもらったよ」
「ほ、他にも……? それって、どういう意味ですか……!?」
「君が妊娠していること。深沢の子供を身ごもってしまったことさ。それで大変困っていると、深沢は青い顔で語ってくれたよ」
中里は驚いて天野を睨んだ。
机の上に置かれた写真も凝視。
やがてひとつの事実に気づくと、涙を滲ませながら叫んだ。
「まさか……! 深沢教授に頼まれたんですか!? 私が『中絶』するように説得しろって!」
「おっと。その話、大きな声でしないほうがいいよ」
涼太が静かに中里を制する。ここは学内にある喫茶店だ。
中里は人目につく場所にいることを思い出し、小さな声で訴えた。
「……私は産みます。絶対に堕ろしたくありません」
天野は軽く頷いた。
「ああ、それでいい。これは君自身の問題だ。好きなように決断すればいい。だがな、君も理解はしているはずだ。深沢は離婚するつもりがない。お腹の子供を認知するかどうかも怪しい。このままいけば、不幸になるのは君だけだ。仮に深沢が離婚したとしても、君には莫大な慰謝料が請求される。法学部なんだから、慰謝料の相場は知っているだろう?」
あえて冷たい声で言葉を続ける。
「深沢の妻から見れば、君は夫を寝取った盗人だ。略奪愛ってのは安くない。死ぬまで恨まれても文句は言えないんだぜ」
「それでも構いません! 深沢教授は、奥さんとうまくいってないって……。だから別れるつもりだって……。そう言ってくれたんです!」
涙を零しながら中里が言う。
「だから、産みます……。信じてるんです……。私は深沢教授と一緒になりたい……。そのためなら、大学を中退しても構いません……!」
天野と涼太は嫌そうに互いの顔を見つめた。
この娘は本気だ。本気で深沢と一緒になれると信じている。
そう信じてしまう台詞を、深沢は吐いてしまったのだろう。
「それはさ、言葉のアヤってやつだよ。深沢教授はそこまで考えてない。来週には『学長選挙』があるんだ。君の存在が明らかになれば、深沢教授は終わりだよ。そのことだけを恐れてる。だから天才クソ野郎に依頼したんだ」
「そんな……。じゃあ、深沢教授は、嘘を吐いたんですか……!?」
「それは僕たちにはわからない。君たちがどんな話をしたのか知らないからね。でも、これだけは理解してほしい。僕たちは君を追い詰めたいワケじゃないんだ」
優しげに中里の顔を見つめる。
「君がどんな選択肢を選んでも、僕たちは君のことをサポートする。費用のことも心配しなくていい。秘密も絶対に守る。だからさ、いざという時には僕たちを頼ってほしいんだよ」
親指で天野を示す。
「深沢教授としてもね、勇二みたいなクソ野郎に頭を下げたくなかったはずだよ。それでも勇二は一流の病院のコネを持ってる。そこに君を紹介したかった。君を想ってるからこそ、なんだよ」
中里が顔を濡らしながら天野を見る。
天野はハンカチを差し出しながら言った。
「俺の親父は産婦人科のクリニックを手広く経営していてな。どれも一流のクリニックだ。どんな秘密も守る。君の経歴に傷はつけない」
ハンカチを握らせながら言葉を続ける。
「今すぐに決断しろとは言わない。考える時間はある。君には今以外の未来を考えてほしい。君は深沢のことを本気で愛しているのだろう。それでも、自分と、お腹にいる生命のために、より良い未来を考えるんだ。その上で決断してほしい。俺たちはその助けになれる」
中里は苦しげに俯いた。
震える手で目元を拭う。
「私は、それでも産みたい……。産みたいんです……。大好きな人の子供なのに、堕ろすなんて嫌です……。一度、深沢教授と話しあいたい……」
切ない訴えだった。
深沢は産んでほしくないと願っている。
授かった生命が愛する存在に拒絶されている。
どれだけ悲しい事実でも、目を背けることはもう許されなかった。
「オッケー……。そうしよう。もう一度、2人で話しあってみよう。でもね、これだけは忘れないで」
涼太は優しげに言った。
「僕たちは君の敵じゃない。味方だ。今は僕たちのことなんか信用できないと思う。それでも忘れないで。もう君は1人じゃないんだ」
中里は微かに頷いた。
ゆっくり立ち上がり、天野たちの顔を見つめる。
「……わかりました……」
目元を拭いながら喫茶店を後にした。
「……深沢のクズめが」
中里の姿が見えなくなると、天野は顔を歪めて吐き捨てた。
「あんな若い女を孕ませて、責任を取らずに逃げるつもりなのか」
しばしの間。
2人は中里のいた空間を眺めていた。
「……とりあえず、これで『第一歩』は踏み出せたかな」
涼太が苦しげに言った。
「そうだな。この手の案件は長期戦になる。中里もまだ俺たちを信用することはできない。それでも、物の見え方が少しだけ変わるだろう」
「あとは、深沢教授がどう出るか、だね」
「ああ、結局は当人たちが解決すべき問題だ。深沢にはしっかり話しあうように伝えよう」
**************
中里と会話した翌日。いつものテラス席。
天野がのんびりタバコを吸っていると、涼太が顔を真っ青にしながらテラスの階段を駆け上がってきた。
「どうした涼太? そんなに青ざめた顔をしやがって」
呆れたように尋ねる。
涼太は無言で天野の前に新聞を突きつけた。
「……うん? スポーツ新聞じゃないか。俺はスポーツなんて非生産的活動には興味ないぜ」
「……ここ」
ひとつの小さい記事を指さす。
「ここ、見てよ」
「はぁ? なぜこんなものを見なければならない?」
「いいから見てよ。見てくれればわかる」
天野は小首を傾げながら記事を眺めた。
「これが何だと言うんだ。…………うん? 昨晩、歌舞伎町のラブホテルで女子大生の遺体が発見された……? 被害者は……」
天野は慌てて新聞を握り締めた。
「被害者は、都内の大学に通う19歳の女子大生……。『中里美波』だと? おいこれ……。まさか、昨日の女なのか?」
驚愕の表情で涼太を見上げる。
涼太の顔は真っ青だ。
身体が小刻みに震えている。
「中里さんが殺された」
ごくんと生唾を飲み込み、震える声で呟いた。
「どうしよう勇二。中里さんが殺されちゃったよ」




