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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に愛人を捨てる方法
22/91

天野くんと愛人




 深沢から依頼を受けた翌日。

 天野と涼太は校門に立ち、1人の女子生徒を待ち伏せていた。


「今日の中里なかざとさんは4限で終わり。講義が終わったらすぐに大学を出ちゃうタイプの女の子。カレシとデートする予定はないだろうし、もうすぐここを通るはずだよ」


 涼太が腕時計を見ながら告げる。


「たぶんお友達と一緒だと思う。2人ほど仲の良い女友達がいるんだ。同じ法学部の1年生。運が良いことに、僕ちゃんが遊んだ女の子じゃない」

「見事な調査リサーチだ。友人が一緒のほうが好都合だな」

「言えてる。立ち話じゃ突っ込んだ話はできないからね」

「まずは接触だ。ここでつまずくワケにはいかん。『パコ野郎』のテクニックを見せてくれ」

「オッケー……。まかせてよ。腕が鳴っちゃうね」


 軽薄な声を出しながらも、真剣な表情で涼太が告げる。

 獲物を探す狩人のような瞳。

 それが3人組の女子たちを捉えた。


「……おっ、来たよ。あの娘たちだね」


 地味な服装の3人娘だ。

 和やかに談笑しながら、ゆっくりキャンパスを歩いている。

 中央には中里美波なかざとみなみの姿。

 涼太は爽やかな笑みを浮かべて踊り出た。


「やっほー! 中里さんだよね!」

「えっ……」


 3人娘が驚きの表情を浮かべる。

 中里はおずおずと頷いた。


「は、はい……。そうですけど……」

「ごめんね! いきなり呼び止めちゃって! ビックリしたよね!」


 涼太は何のためらいもなく3人娘に割り込んだ。

 天野も穏やかな微笑を浮かべ、涼太の傍に立っている。


「実はさぁ、中里さんたちとお話してみたいなって、ずっと思ってたんだよ。僕は文学部の涼太っていうんだ。こっちは医学部の勇二ね。つまりはアレだね。ナンパってやつだね」


 踊るような口調で語りかける。

 女の子たちは『チャラ男』の登場。

 そして突然の『ナンパ』に驚いていたが、それほど悪い気はしていなかった。

 如何せん涼太は人懐っこいイケメン。軽薄そのものなのに、不思議と警戒心を抱かせない笑顔が持ち味。天野も黙ってさえいれば気品のあるイケメンだ。

 外見だけならメンズとしてのヒエラルキーの頂点に立つコンビ。それにまだ1年生のためか、天野の『悪い噂』も耳にしていなかった。


「3人とも今日は忙しい? なんか予定ある?」

「予定は……。あんまりない、ですけど……」

「それならお願い! お茶だけでいいから付き合って! なんでも好きな物を奢るよ! と言ってもね……」


 舌を「ぺろり」と出してはにかむ。

 おどけた少年のような笑顔。

 母性本能を「これでもか」と刺激する鉄板の笑顔だ。


「キャンパスの喫茶店じゃ、飲めるものなんてたかがしれてるけどさぁ。でも、僕の精一杯の熱意と誠意だけでも感じて! お茶しながらお喋りするだけ! ホントそれだけ! サークルとかなんかの勧誘じゃないから安心してよ!」


 3人娘は困惑しながら互いの顔を見合わせた。

 瞳が「どうする?」と尋ねあっている。いきなりの誘い(ナンパ)に乗るべきか迷っている様子だ。

 天野は中里にさりげなく近づき、小さな声で囁いた。


「……深沢教授の話をしないか?」

「えっ!?」


 中里が仰天して天野を見上げる。

 天野は涼しげに微笑んで言った。


「絶対に君たちを退屈させない。楽しい時間になると約束するよ。ほんの30分だけでも、君たちの時間を恵んでくれないかな?」

「えー……。どうしよっか? 話してみる?」

「夕方までならヒマだし……。奢ってくれるなら悪くないよねぇ……」


 中里は訝しげに天野を凝視しているが、友人たちはもう落ちている。

 ここまでくれば勝負は決まり。涼太は強引に仕掛けた。


「じゃあちょっとだけ! それならいいよね!? 君は何が飲みたい気分?」

「えっと……。ミルクティー、かな?」

「それなら君は?」

「私も同じやつ……」

「中里さんは何にする?」


 リズミカルに尋ねる。

 中里は天野をチラチラ見上げながら「デカフェのコーヒー……」と呟いた。

 その言葉を受けて天野が走り出す。


「決まりだな! 俺が注文とってくる!」

「オッケーよろしく! じゃあ行こう! 楽しみだなぁ! こんなに可愛い女の子たちと話せるなんて、今日は人生最高の日だよ! とびっきりの時間にしようね!」


 涼太は陽気な声をあげながら、女の子たちを押し出すように喫茶店へ向かった。



**************



 喫茶店では涼太が流れるようにトークを繰り広げ、終始女の子たちを褒めちぎって場を盛り上げた。

 最終的には全員と連絡先を交換。

 『合コン』の約束まで取りつけてしまった。


「……あっ、もうこんな時間。そろそろ行かなきゃ」


 空が暗くなると、中里の友人たちは「予定がある」と言って席を立った。

 中里も一緒に帰ろうとしている。


「ねぇ中里さん。深沢教授の話、もうちょっとしない?」


 涼太が呼び止めた。


「……はい」


 ゆっくり中里が席に戻る。

 天野と涼太の顔を訝しげに睨み、どこか怯えた口調で尋ねた。


「深沢教授の話って……。何のことですか?」


 天野は微笑を浮かべながら中里の全身を眺めた。

 地味な黒髪の女子大生。幼い顔立ちの娘だ。

 涼太は悲しげに息を吐き、重い口を開いた。


「実はね……。君と深沢教授が、2人きりで歩いているところを見たんだよ」

「そ、それは……。深沢教授は、私の担当教授ですから……」

「ふぅん。千葉にある『夢の国』で見たんだよ? 2人ともカチューシャつけて腕を組んじゃってさ。法学部ってそんなところでラブラブな講義するの?」


 中里の頬が赤く染まる。


「し、知りません! そんなところ行ってません! どうせ見間違いです!」


 真っ赤な顔で反論。

 天野は胸元に手を伸ばすと、


「悪いが、証拠はあるんだ。君と妻子ある教授とのツーショット。なかなか悪くない写真だ」


 机に深沢から受け取った写真を置く。

 中里の顔がさらに赤くなった。


「これじゃ不貞行為の証拠にはならないが、まぁそんなことはどうでもいい。これは君のカレシである深沢から預かったものだ。他にも色々と話を聞かせてもらったよ」

「ほ、他にも……? それって、どういう意味ですか……!?」

「君が妊娠していること。深沢の子供を身ごもってしまったことさ。それで大変困っていると、深沢は青い顔で語ってくれたよ」


 中里は驚いて天野を睨んだ。

 机の上に置かれた写真も凝視。

 やがてひとつの事実に気づくと、涙を滲ませながら叫んだ。


「まさか……! 深沢教授に頼まれたんですか!? 私が『中絶』するように説得しろって!」

「おっと。その話、大きな声でしないほうがいいよ」


 涼太が静かに中里を制する。ここは学内にある喫茶店だ。

 中里は人目につく場所にいることを思い出し、小さな声で訴えた。


「……私は産みます。絶対に堕ろしたくありません」


 天野は軽く頷いた。


「ああ、それでいい。これは君自身の問題だ。好きなように決断すればいい。だがな、君も理解はしているはずだ。深沢は離婚するつもりがない。お腹の子供を認知するかどうかも怪しい。このままいけば、不幸になるのは君だけだ。仮に深沢が離婚したとしても、君には莫大な慰謝料が請求される。法学部なんだから、慰謝料の相場は知っているだろう?」


 あえて冷たい声で言葉を続ける。


「深沢の妻から見れば、君は夫を寝取った盗人だ。略奪愛ってのは安くない。死ぬまで恨まれても文句は言えないんだぜ」

「それでも構いません! 深沢教授は、奥さんとうまくいってないって……。だから別れるつもりだって……。そう言ってくれたんです!」


 涙をこぼしながら中里が言う。


「だから、産みます……。信じてるんです……。私は深沢教授と一緒になりたい……。そのためなら、大学を中退しても構いません……!」


 天野と涼太は嫌そうに互いの顔を見つめた。

 この娘は本気だ。本気で深沢と一緒になれると信じている。

 そう信じてしまう台詞を、深沢は吐いてしまったのだろう。


「それはさ、言葉のアヤってやつだよ。深沢教授はそこまで考えてない。来週には『学長選挙』があるんだ。君の存在が明らかになれば、深沢教授は終わりだよ。そのことだけを恐れてる。だから天才クソ野郎に依頼したんだ」

「そんな……。じゃあ、深沢教授は、嘘を吐いたんですか……!?」

「それは僕たちにはわからない。君たちがどんな話をしたのか知らないからね。でも、これだけは理解してほしい。僕たちは君を追い詰めたいワケじゃないんだ」


 優しげに中里の顔を見つめる。


「君がどんな選択肢を選んでも、僕たちは君のことをサポートする。費用のことも心配しなくていい。秘密も絶対に守る。だからさ、いざという時には僕たちを頼ってほしいんだよ」


 親指で天野を示す。


「深沢教授としてもね、勇二みたいなクソ野郎に頭を下げたくなかったはずだよ。それでも勇二は一流の病院のコネを持ってる。そこに君を紹介したかった。君を想ってるからこそ、なんだよ」


 中里が顔を濡らしながら天野を見る。

 天野はハンカチを差し出しながら言った。


「俺の親父は産婦人科のクリニックを手広く経営していてな。どれも一流のクリニックだ。どんな秘密も守る。君の経歴に傷はつけない」


 ハンカチを握らせながら言葉を続ける。


「今すぐに決断しろとは言わない。考える時間はある。君には今以外の未来を考えてほしい。君は深沢のことを本気で愛しているのだろう。それでも、自分と、お腹にいる生命のために、より良い未来を考えるんだ。その上で決断してほしい。俺たちはその助けになれる」


 中里は苦しげに俯いた。

 震える手で目元を拭う。


「私は、それでも産みたい……。産みたいんです……。大好きな人の子供なのに、ろすなんて嫌です……。一度、深沢教授と話しあいたい……」


 切ない訴えだった。

 深沢は産んでほしくないと願っている。

 授かった生命が愛する存在に拒絶されている。

 どれだけ悲しい事実でも、目を背けることはもう許されなかった。


「オッケー……。そうしよう。もう一度、2人で話しあってみよう。でもね、これだけは忘れないで」


 涼太は優しげに言った。


「僕たちは君の敵じゃない。味方だ。今は僕たちのことなんか信用できないと思う。それでも忘れないで。もう君は1人じゃないんだ」


 中里は微かに頷いた。

 ゆっくり立ち上がり、天野たちの顔を見つめる。


「……わかりました……」


 目元を拭いながら喫茶店を後にした。


「……深沢のクズめが」


 中里の姿が見えなくなると、天野は顔を歪めて吐き捨てた。


「あんな若い女をはらませて、責任を取らずに逃げるつもりなのか」


 しばしの間。

 2人は中里のいた空間を眺めていた。


「……とりあえず、これで『第一歩』は踏み出せたかな」


 涼太が苦しげに言った。


「そうだな。この手の案件は長期戦になる。中里もまだ俺たちを信用することはできない。それでも、物の見え方が少しだけ変わるだろう」

「あとは、深沢教授がどう出るか、だね」

「ああ、結局は当人たちが解決すべき問題だ。深沢にはしっかり話しあうように伝えよう」



**************



 中里と会話した翌日。いつものテラス席。

 天野がのんびりタバコを吸っていると、涼太が顔を真っ青にしながらテラスの階段を駆け上がってきた。


「どうした涼太? そんなに青ざめた顔をしやがって」


 呆れたように尋ねる。

 涼太は無言で天野の前に新聞を突きつけた。


「……うん? スポーツ新聞じゃないか。俺はスポーツなんて非生産的活動には興味ないぜ」

「……ここ」


 ひとつの小さい記事を指さす。


「ここ、見てよ」

「はぁ? なぜこんなものを見なければならない?」

「いいから見てよ。見てくれればわかる」


 天野は小首を傾げながら記事を眺めた。


「これが何だと言うんだ。…………うん? 昨晩、歌舞伎町かぶきちょうのラブホテルで女子大生の遺体が発見された……? 被害者は……」


 天野は慌てて新聞を握り締めた。


「被害者は、都内の大学に通う19歳の女子大生……。『中里美波』だと? おいこれ……。まさか、昨日の女なのか?」


 驚愕の表情で涼太を見上げる。

 涼太の顔は真っ青だ。

 身体が小刻みに震えている。


「中里さんが殺された」


 ごくんと生唾を飲み込み、震える声で呟いた。


「どうしよう勇二。中里さんが殺されちゃったよ」




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