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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に愛人を捨てる方法
21/91

天野くんとゲス不倫




「はじめは……。ほんの出来心できごころだったんだ……」


 深沢はぐったりとテラスの椅子に腰掛け、ぽつりぽつりと自らの『罪』を語り始めた。


「私には家庭がある。愛する妻も、可愛い子供もいる。築き上げた幸せを壊すつもりはなかった。それなのに……。なぜか、彼女にかれてしまったんだ……」


 胸元から1枚の写真を取り出す。

 深沢と若い娘のツーショット。

 頭にネズミのカチューシャをつけ、仲睦なかむつまじく寄り添っている。

 千葉にある遊園地での一幕デートだ。


「彼女の名前は中里美波なかざとみなみ……。法学部の1年生だ。元々、私のことを好いてくれていてね。話すと驚くほどに気が合ってしまって……。そんなつもりはなかったのに、気がつけば我を忘れるほどに、彼女との関係にのめり込んでしまったんだ……」


 天野は顔をしかめながら写真を眺めた。

 深沢の隣に立つ黒髪の女子大生。あどけなさの残る顔つき。まだ10代だろう。頬を染めながら親子ほど年の離れた深沢に寄り添っている。


「不倫か。これは驚いたな。確かあんた、『法学部の権威』と呼ばれるほどの立派な教授じゃなかったか?」


 馬鹿丁寧な敬語を投げ捨て、いつもの乱暴な口調で尋ねる。


「それがこんな子供ガキと不倫? 妻子ある身なのに? しかも法学部の学生? おまけに入学したばかりの1年生だと? あんたの子供と同世代じゃないのか? 救いようのないゲス野郎め。よくもまぁ偉そうに教授ヅラできたもんだよ」


 深沢はビクビクしながらその言葉を受け止めた。

 心に何本もの釘が突き刺さっている。


「いけないことだとは理解している……。だが、どうしようもなかったんだ! 天野くんもそんな時はあるだろう!? 同じ男なら、わかってくれるだろう……!?」

「俺様にゲスの同意を求めるな。それで、この『愛人』がどうしたと言うんだ」


 深沢の顔がさらに青くなる。


「それが……。最近なんだが……。美波みなみが『妊娠した』と、言い出したんだよ……」


 天野の眼光が鋭く光った。


「……ほう。それはめでたいな。愛人と再婚するのか?」

「いや……。それは、さすがに……」

「しないのか? まぁ、そうだろうな。そんなことをすれば、お前の教授としての人生が終わるからな」


 天野は腕組みをしながら深沢を見下した。


「女子大生との不倫に溺れたあげくはらませて家庭を捨てた……。そんなことが周知の事実となれば『学長』としては失格。例え『学長選挙』で勝利しても即座に失脚。エリートコースを歩んだ教授人生も失敗に終わる。離婚は絶対に許されない。自らの地位を守るためには、『愛人』との関係を清算しなければならない」


 殺気を放ちながら言葉を続ける。


「それはつまり……。愛人に『中絶してくれ』と説得することに等しい。腹の中に宿った自らの遺伝子の結晶を鉗子かんしで引きずり出せ、ということだ。もし産ませれば『隠し子』という事実は最悪の火種になる。出産はありえない。ろさせるしかない。だが、こうやって俺様に土下座してきたということは……」


 呆れたようにため息を吐く。


「説得には失敗したんだな? 愛人である中里なかざとは「お前との子供を産む」と主張している。さらに言えば「奥さんと別れてくれ。再婚してくれなければ表沙汰にする」とでも言われているのだろう?」


 深沢は涙目で天野を見上げた。

 もうまさにその通り。

 天野は偉そうに言葉を続けた。


「事態は完全に泥沼化している。こんなことを相談できる相手はいない。信頼できる病院を探すことも難しい。そこで『最後の手段』として、この俺様に頭を下げることを選んだ。まさに『じゃの道はへび』。頼れるのは自分と同じクソ野郎だけ。そんなところだな」


 深沢は天野の足にしがみついた。


「頼む天野くん! 私は最低の人間だ……! それでもどうか、私のために……! いや、美波のために頼む……!」


 救いを求める哀れな声。深沢は涙目で言った。


「君が望むだけの報酬は差し出す! 君のコネに頼らせてくれ! 全てを秘密裏ひみつりに処理したいんだ! どうか頼むよ天野くん!」


 再び額を床にこすりつける。

 天野は軽く息を吐き、心底軽蔑しきった目で深沢を見下ろしていた。




**************



「……よくもまぁ……。そんなゲスい依頼を受けたねぇ……」


 深沢ふかざわが去った後。

 テラスには天野の『相棒』こと、佐伯涼太さえきりょうたの姿があった。

 天野から依頼を聞かされ、げんなりと顔を歪めている。


「そんなの断れば良くない? 『不倫』に『中絶』なんて勇二が嫌うコンボじゃん。むしろ僕はよく深沢教授を生きて帰したな、と思ってるけど」


 天野は呆れたように涼太を見た。

 胸元からタバコを取り出し、火をつけながら告げる。


「お前、『天才クソ野郎』のことを誤解してないか? 俺様は正義の味方というワケじゃないんだ。倫理や道徳を語る趣味もない。根っからの悪党だ。時には同じ悪党にも優しくしてやるのさ」

「えぇ……。何その理屈……。僕は気乗りしないなぁ」


 涼太はがっくり肩を落とした。

 ため息を吐きながら尋ねる。


「ていうかさ……。よく知ってたね。深沢教授がうちの女子大生と不倫してるって。そんなの初耳だよ。どこで仕入れた情報なの?」

「いや、俺も知らなかった。カマをかけたのさ。『コールドリーディング』を仕掛けたんだよ」

「えっ? そ、そうなの?」


 涼太は驚いて天野を見つめた。

 『コールドリーディング』とは「事前の準備なし(コールド)で相手の心理を読み解く(リーディング)ための会話術だ。

 詐欺師や占い師が駆使する会話術のひとつ。

 天野はこれに『挑発的発言トラッシュトーク』を組み込み、独自の『メンタリズム』ともいえる会話術を得意としている。


「今の深沢が誰かに依頼するとなれば『学長選挙』のことぐらい。しかし選挙の勝利は見えている。じゃあ何を俺に依頼する? まずは『女絡み』と考えるのが自然だろう?」

「ま、まぁ、そうだね……」

「しかも『天才クソ野郎』を頼るということは、他に打つべき手段がないことを意味している。かなり深刻な状況。誰にも相談できない。まぁ『妊娠』だろう。俺に頼むということは学内の女子大生である可能性も高い。あとは発言から心理を紐解くだけさ」


 当たり前のように告げている。

 相も変わらず恐ろしい男だ。

 それだけの推測で教授を『土下座』まで追い詰めるとは。

 絶対に隠し事はしたくないなと、涼太は改めて思った。


「しかし、あの深沢教授が不倫とはねぇ……。ちょっと信じられないよ。深沢教授は『愛妻家』として有名なんだ。講義中に家族のノロケ話をしたりするんだよ」

「だからどうした? 『愛妻家は不倫しない』なんて物理法則が存在するのか? 教授と女子大生の不倫なんて別に珍しい話でもないさ」


 天野はヘラヘラと唇を歪めた。

 嫌味ったらしくタバコの煙を吐き出す。


「お前みたいなチャラ男に言わせれば、不倫とは文化なのだろう? 女子大生なんて女としての旬だ。肉体は成熟している。それなのに精神は未熟。大した人生経験も積んじゃいない。騙すことなんて赤子の手を捻るより容易いね。不倫というボーダーを蹴破るのも簡単なことさ。深沢はそう考えるゲス野郎だった。それだけの話だ」


 苛立ちを煙にこめて吐き出す。

 涼太はどこか同情したように言った。


「はぁ……。勇二は面倒くさい男だね。わかったよ。僕も相棒バディとして協力するよ」


 涼太は理解している。

 天野は『不倫』なんて好まない。その行為を擁護ようごする姿なんか見たこともない。それでも深沢の『依頼』を受けなければ、1人の『女子大生』の将来が潰されかねない。


「深沢教授は『愛人』である中里さんを厄介払いしたいんだよね。絶対に産んでほしくない。何としても中絶させたいんだね」

「ああ、そうだ。『不倫』と『隠し子』が発覚すれば、学長選挙にエントリーされる機会は永遠に訪れない。法学部の評判も地に落ちる。深沢が一番気にしているのはそのことだ」

「酷い話だね……。秘密裏に中絶させるために、勇二のコネを頼ったのかな?」


 コネとは、天野の父親が手広く経営している『産婦人科のクリニック』のことだ。

 これまで何人もの学生に紹介したことがある。

 深沢はその噂をどこからか聞きつけたのだろう。


「うちの病院は一流だからな。おまけに口も固い。秘密裏に済ませたいなら最適さ」

「どうせそれだけじゃない。勇二に説得してほしいんでしょ」


 天野は指を「パチリ」と鳴らした。


「その通りだ。深沢は説得に失敗した。「中里が中絶するように説得してほしい」とも頼まれている。むしろそれがメインだな」


 涼太は悲しげに肩を落とした。


「はぁ……。とんでもないよ。そんなことを他人に依頼しちゃう人種が存在するんだ……。まさかあの深沢教授が、そこまでの『ゲス野郎』だったなんて……」


 何度もため息を吐いている。

 本当に『学園の事件屋』が手にする依頼はロクなものがない。


「マジで気乗りしないね。それでも、誰かが中里さんを説得しないといけない。実際に傷つき、苦労するのは中里さんだからね」

「そういうことだ。今は深沢なんかどうでもいい。ゲス野郎の処刑は後回しだ」

「逆に深沢教授を説得するのはダメかな? 家庭や地位を捨てて、中里さんと一緒になるって選択肢もあるよ。略奪愛だって時には真実の愛に到達できる。中里さんが産みたいと願っているなら、それが彼女にとってのハッピーエンドかもしれない」

「それもひとつの回答だろう。だがその場合、泣くのは深沢の妻と子供たちになる。愛人には莫大な慰謝料を請求するだろう。その権利があるからな」


 天野は冷たい声で言った。


「そもそも『愛人』ってのは『被害者』じゃない。ひとつの家庭をぶち壊す『加害者』なんだ。もちろん中里が深沢の甘言かんげんに振り回された『被害者』の側面を持つことは否定しない。それでも結局は幼稚園で教わる決まり事に帰結するのさ。つまりは『人様のものを盗んではいけません』ってことだ」


 涼太は弱々しく頷いた。


「まぁ、その通りだね……。深沢教授の家庭に問題があったのかもしれないけど、そんなの僕たちが関与することじゃない。僕たちは無関係な第三者。『事件屋』であって『裁判所』じゃないからね」

「そういうことさ。まずは中里に接触しよう。深沢の話がどこまで真実なのか、確かめる必要もある」


 天野たちは今後の作戦を練り始めた。

 どうやって愛人である中里に接触するか。

 中里の真意をどのように引きずり出すか。

 2人が額を突き合わせていると、テラスに1人の訪問客が現れた。


「……天野、少し話せるか?」


 スーツ姿の白髪男性だ。天野のことを厳しい形相で睨んでいる。

 天野はその顔を見ると、驚いたように言った。


「おやおや……。桃井ももい教授じゃありませんか。今日は物珍しい教授と出くわす日だ。俺に何か用事ですか?」

「いや……。講義まで時間があってな。ちょっと君と話してみようと思ったのだよ」


 桃井は無愛想な表情で言った。

 経済学部の学長トップ桃井康晃ももいやすあき

 もう70歳を越えており、大学ではかなりの古株。

 通称『経済学部の重鎮じゅうちん』とも呼ばれる男だ。


 人を寄せつけない冷たい雰囲気をまとっているためか、学生たちの人気は低い。

おまけに教授陣の人望も薄い、という噂だ。事実、過去に『学長選挙』に2度エントリーしているが、どれも惨敗している。


「こんなところを散歩するヒマがあるんですか? 来週は『学長選挙』ですよ。桃井教授は票集めに奔走していて、忙しいんじゃありませんか? どれだけ敗戦濃厚でも、あなたは簡単に勝負を投げ出す人ではないですからね」


 馬鹿丁寧な敬語で語りかける。

 深沢と同じように小馬鹿にしている。

 桃井の額にいくつものシワが刻まれた。


「天野……。君は変わらんな。そんな人を食った物言いは感心せんぞ」

「ご忠告、ありがたくいただきましょう。それで用件はなんです? さてはあれですか? 俺が深沢教授と何を話したのか、知りたいとか? いやそんなことはないか。経済学部の重鎮とも呼ばれる御方が、俺ごときの会話に興味を持つはずがありませんよねぇ?」


 ニタニタと笑いながら尋ねる。

 桃井の額のシワが濃くなる。

 桃井は唇を噛み締めながら尋ねた。


「深沢と……。何を話したんだ……?」


 ギロリと天野を睨みつける。


「君と深沢には何の接点もないはずだ。何を話した? まさかと思うが、深沢は『学園の事件屋』に依頼をしたのか?」

「おや? 俺が『学園の事件屋』であることをご存知で? それは光栄ですね。どうでしょう教授。俺の事件屋家業は日本経済に貢献できてますか?」

「話をはぐらかすな! やはり深沢は君に依頼したんだな!? そうでなければ君のような人間と関わる必要がない。それはなんだ? 私に言えないことなのか!?」


 天野は「クックックッ…」と悪い笑みを浮かべた。


「何を言っているんですか。桃井教授のようなお偉い方に話せない秘密を抱え込んじゃいませんよ。ただ、教授は幼稚園で教わりませんでしたか? 『人に物事を尋ねる時はしっかり頭を下げましょう』と。まさかこの俺様から、そんな態度で話を聞けると思っているんですか?」


 気障キザったらしく会釈。

 桃井の顔を下から覗き込む。

 桃井は「ギリギリ」と歯を噛み締めた。


「こ、このクソ野郎め……! お前は本当に、入学時から何も変わらんな……!」


 桃井は大きく息を吐いた。

 ここで天野のペースに乗っても得はない。

 ひとつ深呼吸して、悔しげに口を開く。


「……いいだろう。もし私が喜ぶことを話せば、君が望むものを差し出す。今後の学生生活に便宜をはかっても良い」

「便宜? それはなんです? 単位のひとつでもくれるんですか?」

「そう受け取ってもらっても構わん」

「あっはっは。御冗談を。俺が欲しい単位はあなたじゃ出せませんよ」


 天野は破顔はがんしながら両手を広げた。

 ニヤリと唇を歪める。


「だが、悪くない発言です。あなたは何としても『学長選挙』に勝ちたいんですね。ご褒美として、ひとつ良いことを講義しましょう」


 天野は白衣の胸ポケットからボイスレコーダーを取り出した。

 桃井の瞳が大きく見開かれる。


「今はこうしたモノやスマホが発達してるんですよ。不用意な発言はすぐに盗撮されてネットに拡散されてしまう。例えば、そこにいる涼太。先程からスマホをいじってますが、何かを撮影していたりするんですかねぇ」


 桃井は青ざめて涼太を睨んだ。

 涼太はスマホを片手に持ちながら「ぺろり」と舌を出した。


「あっ、すみません。カメラなんか起動してませんよ。先日のコンパで遊んだ時の写真を見てたんです。パツキンのアメリカンな女の子とカモンベイビーな夜を過ごしたんですよぉ。なんなら教授も見ます? ユナイテッドする朝焼け見ちゃいます?」

「……ぐぬぬっ……!」


 桃井は舌打ちしながら天野たちから離れた。


「お前たちは……! 本当に、くだらん連中だ! いつもそうやって人を馬鹿にしているのか! くそっ……!」


 桃井は肩をいからせながらテラスを後にした。

 その背中を見送りながら涼太が告げる。


「あーあ。勇二も人が悪いね。桃井教授は何もしてないのに。少なくともゲス不倫なんかしてない……と思うけど」

「桃井は前から気に食わなくてな。アイツこそ遥か高みから物事を見下すブタ以下の人間さ。何様のつもりだあのクソジジイめ」

「あはは……。それを勇二に言われたら桃井教授も困るね」


 涼太は肩をすくめて言った。


「しかし、あれは相当追い詰められてるねぇ。『クソ野郎』にすがるほど選挙に勝ちたいんだ」

「元々、経済学部は桃井の『城』だ。桃井に匹敵する教授はヤツが全て追い出している。そうやって現在の地位を築き上げた。だが、それでも『学長の椅子』は手に入らない。ここらで学長選挙に勝たなければ、今度は桃井が『城』から追い出されるのさ」

「なんでそこまで権力にこだわるのかな? そんなに全学長の椅子に座りたい? 僕はさっぱりわからないよ」

「俺も理解できんな。きっと座り心地の良い椅子なんだろうよ」


 天野はタバコを灰皿にねじ込みながら、桃井の立っていた空間を眺めた。

 教授と女子大生の不倫。愛人の妊娠。来週の学長選挙。

 何となく、この件は大事になる嫌な予感がしていた。




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