天野くんの相棒
中尾をテラスから追い出すと、天野は1人の男を呼びつけた。
「やっほー! 勇二ってばどうしたの?」
華奢な長髪の男だ。軽薄そうな笑みを浮かべている。
天野と同じくらい端正な顔立ち。こちらも背丈は180cmを越えている。足も長く、すらりとした八頭身のイケメンだ。
天野は憎たらしく、それでいて若干嬉しそうに言った。
「おい涼太よ、お前に良いことを教えてやろう」
「ん? どしたの?」
「明日は入学式だ。お前の大好きな新入生がわんさかやって来る日だ」
「そんなの知ってるに決まってんじゃん。大学に慣れてないウブい女子大生。たまんないよね。しばらくは毎日新歓コンパで胸が踊っちゃうよ」
実にチャラい発言だ。リズミカルに腰を前後に振っている。
「その新入生の中には、今をときめくトップアイドルがいるんだぜ」
「いるいる。前島悠子ちゃんでしょ」
「ただのアイドルじゃない。国民的アイドルグループのセンターに立つ娘だ」
「知ってるって。それ常識だよジョーシキ」
「実に楽しみだよな。アイドルと同じキャンパスを歩けるなんて光栄だよ」
涼太はチャラチャラした動作を止めた。
訝しげに天野を見つめる。
「えっと……。さっきから何言ってんの? 確かにそれは今年のトピックスのひとつだけど、勇二ってアイドルに興味あった?」
「当たり前じゃないか。俺も旬のアイドルは欠かさずチェックしているさ」
「いやいや……。ナチュラルに嘘を吐くのはやめてよ。勇二は昔から芸能人なんて興味ないじゃん。アイドルの名前を知ってるだけで驚きなんだけど」
天野と涼太の付き合いは長い。小学校から大学まで進路が同じ。幼馴染で腐れ縁の間柄だ。
「クックックッ……。確かに俺様はアイドルなんか興味はない。依頼が入ったんだよ」
「依頼? また誰か勇二に依頼したの?」
「そうだ。ついさっきな」
「……ははぁん。さては、『前島悠子とお近づきなりたいんです! 天野様! 天才クソ野郎の知恵をボクに授けてください!』ってカンジでしょ?」
「違う。逆だ。前島悠子の入学式を潰してくれ。入学早々、中退に追い込んでくれ。そう頼まれたよ」
しれっと告げる。
涼太は血相を変えて叫んだ。
「な、なにそれ!? バカじゃないの!? そんなことできっこないでしょ!」
天野は「同感だ」とばかりに頷いた。
「ただでさえ常識外れの依頼なのに、ターゲットは芸能人。恐らくマスコミもそれなりに騒いでいることだろう」
「当たり前だよ! 入学式は前島悠子も出席するんだ。たぶん明日は例年にないほど人が集まると思うよ。それを潰したら大変な騒ぎになるっての!」
「そうだろうな。俺様はバカじゃないんだから、それぐらい理解できるさ」
天野はげんなりしながらタバコの煙を吐き出した。
涼太が呆れ顔で尋ねる。
「なんで依頼人は前島悠子を中退させたいの? 前島悠子のアンチってこと?」
「それも逆だ。依頼人は気持ち悪いほどのファン。あれはもはや信者だな」
「マジであり得ないね。それなら本人の苦労を知ってるだろうに」
涼太は同情したように肩をすくめた。
「そもそもさ、前島悠子は推薦じゃなくて、一般入試を勝ち上がってきた才女なんだよ」
「ほう。それは大したものだな」
「そうでしょ? うちの偏差値は低くないのにさ。芸能人なんてただでさえ忙しいだろうに、よくもまぁ勉強できる時間があったと思うよ。ちゃんと依頼を断ったよね?」
「残念だな。またまた逆だ。受けてやったよ」
涼太は青ざめた。長い茶髪をかきむしりながら叫ぶ。
「なんで引き受けてんのよ! いくら勇二に『事件屋』の趣味があってもさ、何でもかんでも依頼を受けるべきじゃないよ!」
天野という男は『昼飯を奢ること』を条件として、学生からの頼みごとを引き受ける『趣味』を持っている。
そもそもは女子大生に言い寄るストーカーを追い払ったことがきっかけだった。天野としては暇潰しにすぎなかったが、彼女は「何かお礼をしたい」と願った。そのためなんとなく昼飯を奢らせたのだ。
そしてそれ以来、ひとつの噂が一人歩きし始めた。
――天野に昼飯を奢ると、厄介なトラブルを解決してくれる。
そんな噂だ。
それから多種多様な悩みを持つ学生たちが、天野のもとを訪れることが多くなった。これまでさまざまな依頼を受けたものだ。
――試験のヤマを教えてほしい。
――難しい論文の書き方を教えてほしい。
そんな他愛もない依頼もあれば、
――絡まれたチンピラとのトラブルを仲裁してほしい。
――非合法な薬物を仕入れてほしい。
そんな物騒な依頼もあった。どれも警察や弁護士には相談できない事情があるものばかり。引き受けるとしたら裏稼業に精通している『事件屋』ぐらいだろう。
そのため天野は『学園の事件屋』とも呼ばれているのだ。
「さすがに入学式を潰したら勇二でも捕まるよ。それはマズイよ。むしろ、法に触れる依頼は全部断ってきたじゃん。それが鬼畜なクソ野郎の、たったひとつの良いところなんだからさ。たったひとつの、ね」
涼太の口調は真剣だ。どこか小馬鹿にしたような言い回しだが、本当に涼太は天野を心配しているのだ。
「うるせぇなぁ。俺様だって好き好んで受けたワケじゃない。依頼人は中尾という男なのだが……」
天野は人差し指で自らのこめかみ辺りをトントンと叩いた。
「イカれてるんだ。独善的で短絡的。思考も偏見に満ちている。しかし、単独で入学式を潰せるほどの行動力はない。説教して追い返したとしても、滞りなく入学式は開催されるだろう」
天野は嫌そうに言葉を続けた。
「だが、放置しておけば、『いつか凶行に走る』と踏んだのさ。アイドルにつきまとい、脅迫状などを送り、嫌がらせなどを繰り返す。最悪の事態まで想定できた。だから依頼を受けることにしたんだ」
「あら、そうなの。そいつは厄介だね……」
涼太は納得したように黙り込んだ。
恐ろしいことに、このクソ野郎は人の目を見て、ある程度の心理を読み取ってしまう特技を持っている。何かしらの第六感が「依頼を受けた方が面倒な事態にならない」と察したのだな、と理解した。
「それを聞いて僕は安心したよ。勇二としても苦渋の決断だったワケね」
「当たり前だろう? 前島という小娘がどうなろうが知ったことじゃねぇし、入学式を潰すことも容易いことだが、面倒くせぇじゃねぇか。そんなこと俺がやるかよ」
涼太はその言い回しが少し気になったが、聞かなかったことにした。
「それじゃ結局どうすんの?」
「イカれた信者を満足させるための作戦を練った。お前の力が必要だ。協力してくれ」
「なんか気乗りしないなぁ。僕は何をすればいいのさ?」
「お前は顔の広い社交派だ。持っている人脈を頼りたい。俺様のリクエスト通りの人間を明日までに用意して欲しいんだ」
他人なんか寄せ付けない天野とは違い、涼太はコンパとナンパが三度の飯より大好きなチャラ男だ。
必然的に友人の数が多い。キープしている女の子も多い。
誰もが「リア充爆発してしまえ」と願うほどのチャラ男だ。
「しょうがないねぇ。僕はクソ野郎の相棒だからね。協力するよ。そして、勇二の作戦がマトモであることを祈るよ」
ため息を吐く涼太の顔を眺めながら、天野はニタニタと悪い笑みを浮かべた。
「なぁに、俺様はいつだってマトモだよ。イカれたアイドルファンのつまらねぇ幻想をぶっ壊してやろうじゃないか」