天野くんの後日談
事件から幾日か過ぎた日。
学生食堂の2階テラス席には天野と涼太の姿があった。
「本当に勇二は鬼だよね。よくもまぁ、こんなこと言えるよ」
ビデオカメラの映像を眺めている。
天野が北野を追い詰め、自らを襲うように挑発している場面だ。
「仕方ないさ。再捜査させるほどの決定的証拠は見つからなかったからな」
「北野くんと岸野さんの関係や動機、それは証明出来るけど、実際の犯行に関してはお手上げだったもんね」
「警察の腰は重いからな。北野が黙秘すれば捜査もせず、立件を見送ったよ」
「北野くんは素直に自供するかな。してくれるといいんだけど」
「どうだろうな」
テラスを沈黙が包んだ。
警察関係者にコネのない2人には、警察がどのように北野を扱うのか、知ることが出来ない。起訴するように働きかけることも出来ない。下手すれば警察は北野を殺人犯として扱うことすら止めてしまっただろう。
だからこそ天野は殺人未遂の場面を用意した。
これからは「善意の第三者」として、物的証拠を山ほど送りつけるつもりだ。
北野が逃げ切ることは困難だった。
「北野くんも、色々悩んだ末の犯行だったのかな」
「あんなクズの悩みなんて、興味ないね」
「でもさ、カノジョが子供を堕ろしちゃったんだよ。これは堪えたんじゃないかな」
天野は呆れたように肩をすくめた。
「それなら岸野が悪かった、と言うのか? 冗談じゃない。岸野だって女だ。心変わりもするだろうよ。世の中の男ってのは、女が心変わりする度に女を殺すのか? それともお前は、ドブスには心変わりする権利なんか不要だ、とでも言いたいのか?」
「そ、そこまでは言わないけどさ……」
「当たり前だ。そんなことで殺されてたまるか。大体、とばっちりで殺された長谷川の不幸を思えば、北野に同情する気持ちなんかまるでないね」
涼太はその言葉を聞き、辛そうにため息を吐いた。
確かにそうだ。
長谷川が殺されるべき理由はなかった。
「長谷川くんは可哀想だったね……。きっと最後の言葉はギターじゃなくて、北野、って言おうとしたんだろうね」
「恐らくな。まぁ、俺様はそんなことだろうと思ってたけどよ」
涼太は恨めしそうに天野を見つめた。
もしかしたらこのクソ野郎、初めて北野の名を聞いた瞬間から疑っていたのではないか、と感じた。
「いや、それだけじゃない……。まさか勇二、最初から英文科の生徒が怪しいって、ヤマ張ってたんじゃないの?」
天野はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「まぁな」
「うげぇ、それじゃ自分から率先して危険な聞き込みを選んだんだ」
「そうかもな」
「むぅ……」
涼太は唸りながら天野を見つめた。
考えてみれば危険な聞き込み調査だけでなく、犯人に刺される、というオトリの役目も引き受けている。
クソ野郎な横顔からは想像も出来ないが、もしかしたら自分に気を使っていたのかもしれない。もしくは、自分ではどちらもまかせられない、と考えたのかもしれない。どちらもあり得そうだなと、涼太は天野の奥深さを感じた。
「まったく……。勇二のそういうとこ、僕ちゃん嫌いじゃないよ」
「いきなりなんだよ。気持ち悪いな」
「うぷぷ、天才クソ野郎も体張って大変だな、と思ったのよ」
天野は訝しげに涼太を見つめたが、即座に気障ったらしい指先を振り回し、偉そうなお決まりのフレーズを吐いた。
「まぁ、どんな状況に陥っても、この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくのさ」
涼太は苦笑しながら、テラスの木漏れ日に照らされた天野の仕草を眺めていた。
(おしまい)
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