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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼を上手に殺す方法
18/91

天野くんのお仕置き




 岸野町子が住んでいたマンションの屋上には、高さ3メートルほどのフェンスが設置されている。


 男はそのフェンスの前に立ち、ひとつの花を置いた。 

 ちょうど岸野町子が飛び降りた辺りだ。 

 男はしゃがみこみ、しばしの間手を合わせた。



「ほう。献花か。殺人者相手にごくろうなことだ」



 驚いて振り返ると、天野が屋上の入り口に立っていた。

 男は天野に一礼して「一応、同じ科でしたから」と言った。


「ドブスにはもったいないほど綺麗な花だな」


 男は天野を睨みつけた。


「やめてください。自殺した人にそんなこと言うのは」

「自殺だと? 岸野は自殺じゃない」


 天野はゆっくり男を指さした。


「お前に、そこから突き落とされて、殺されたんじゃないか」


 男は無表情で天野を見つめた。


「岸野さんは自殺ですよ。何を言っているんですか」

「違うね。お前こそ何を言っているんだ。他殺だよ」


 天野は大げさなジェスチャーを振り回し始めた。

 気障キザったらしいお得意の仕草。他人の不快感を逆撫でするようなジェスチャーだ。


「長谷川を殺した夜、お前は上手いこと岸野をフェンスの外に連れ出した。俺ならこう言うかな? 『長谷川の気を惹くため自殺すると言おう。それほど愛していることを理解してもらおう』とな」


 天野はヘラヘラ笑いながら言葉を続けた。


「そして、お前は岸野をフェンスの外に連れ出し、どーーーんと突き落とした。これが自殺? 違うな殺人だ! お前は地面に叩きつけられ、脳髄がはみ出た岸野を満足気に見下し、フェンスの内側に戻り、偽装した遺書を置いた」


 天野は献花が置かれた場所を指さした。


「あそこに遺書を置いたのか? 『長谷川と来世で寄り添う』とは上手い表現だ。笑っちまうよ」


 天野は「あはは」と膝を叩いて笑い、男に指を突きつけて叫んだ。


「お前が長谷川も殺したのにな! お前が殺した長谷川と岸野、確かに来世でめぐり逢えるかもしれない。同じ人物に殺されたのだから。そう思わないか?」


 男は黙って天野を見つめていたが、ため息を吐いて言った。


「やめてください。人を殺人者扱いなんて」


 天野は男の声が聞こえないとばかりに声のボリュームを上げる。


「お前はあの日、長谷川の部屋で帰宅を待っていた。合鍵を隠してある場所でも知っていたのだろう。同じ科だ。親しくてもおかしくはない。帰宅した長谷川を出迎えたお前は、隙を見て長谷川の頭を殴りつけた!」

「僕がギターで長谷川くんを殺したって言うんですか」

「違うね。凶器はお前自身が用意していた。俺だったら撲殺するのであれば特殊警棒を用意する。ギターは岸野との関連性を強調するための『小道具』に過ぎなかった」


 天野は高らかに笑いながら男を指さす。


「お前は凶器を取り出し、長谷川の頭を殴りつけた! 1発! 2発! 3発! 4発! そして5発叩き込んだお前は満足した。その後、ギターケースからギターを取り出し、長谷川の頭に叩きつけて破壊した。まるでギターが凶器に見えるかのようにな」


 天野は狂ったかのように声を張り上げる。


「凶器をギターに偽装することが目的じゃない。お前は岸野の遺書に『確実に岸野が犯人である』という状況証拠を残す必要があった。予め作成していた遺書のために、わざわざギターで殴ったんだ」


 天野はケタケタ笑いながら指を突きつけた。


「そしてお前は血塗れた衣服を着替え、岸野を呼び出し、自殺に見せかけて殺した!」


 男は天野の迫力にあてられて距離をとった。

 天野は鬼の形相を浮かべ、全身から狂気を放っている。


「岸野が落ちていく光景なんて、美しくも何ともなかっただろうよ! 俺が天才クソ野郎ならば、あいつは最強ドブス女だ! 吐き気のする醜い顔、鼻をつまみたくなるほどの体臭、清潔感の欠片もなかった。女としての最底辺だった」


 男は顔を真っ赤にして拳を握った。

 天野はその様子を眺めると、満足気にジェスチャーを振り回した。


「昨晩あいつの実家に行ったが、あいつと同じ不快な臭いが漂っていたよ。ドブスを生み出すに相応しい汚物のような家だった。ああ、ダーウィンは正しい。進化論は正しい。ドブスの家庭はドブスだらけだ」

「やめろ、やめてください」

「しゃくれた顎、そばかすだらけの肌! 汚い化粧に頬骨が浮き出ている! 今思い出しても気持ち悪い。あいつから依頼を受けて同じテーブルについたなんて、全身を消毒して欲しい気分になるな」

「やめろ……。やめろって言ってるんだ!」


 男は叫び、天野に飛びかかった。


「それ以上、彼女の悪口を言うな!」


 拳を天野に向かって突き出す。

 天野はそれをひょいと避けて、男と距離を離した。


「そう、それだ。お前だけが、そんな反応をするんだ」


 天野は不敵な笑みを浮かべると、男が置いた献花を手に取った。


「初めてお前に会った時、俺様はあえて岸野の悪口を言い放った。みな冷ややかな反応だったが、お前だけは違った。怒りに全身を震わせ、明らかな敵意を向けた。そして……」


 天野は左手を高く掲げ、献花を放り投げた。


「お前の左手の指先は固かった。まるでいつもギターを弾いているかのように」


 男は自分の左手を見つめた。

 指先にタコができている。

 ギターの練習によって出来たものだ。


「決定的なのがアリバイだ。犯行時間と岸野の飛び降りた時間。その両方にアリバイがなかったのはお前だけ。遺書を偽装する時間も十分にあった。わかるか? 俺は最初からお前を疑っていたんだよ」


 天野は男の名前を叫んだ。


「北野!」


 英文科の2年生、北野は大きく息を吐きながら天野を睨んでいる。


「それだけじゃない」


 天野は懐から一枚のコピーを取り出した。

 何かの写真だ。ヒラヒラと北野に見せ付ける。

 北野は呆然とそれを見つめ、青ざめ、苦しげに呻いた。


「どうして……。どうして、それを持っているんですか!?」

「俺の親父は産婦人科を手広く経営していてね。岸野が中絶したのは、うちの系列のクリニックだった」


 天野は写真を見ながらニタニタ嫌らしく笑う。

 まだ3ヶ月に満たない胎児のエコー写真だ。


「お前、本当に岸野を愛していたんだろう?」


 北野の動きが止まった。


「お前は岸野町子を愛していた。妄想と虚言の中に、ただひとつだけ真実があったんだ。お前との妄想は真実だった。なぁ、そうだろう? なぜそれに気づいたか教えてやろうか?」


 北野は何も答えず、ぐっと拳を握った。


「俺は親父の商売柄のためか、女が『処女』か『非処女』かを見分けるセンサーを持っていてな。初めて岸野に会った際、こいつは『非処女』だと確信していた」


 自らのこめかみ辺りをトントンと叩いている。

 自慢のセンサーを見せつけたいのだろう。


「だからこそ『子供を堕ろした』という言葉もすんなり信じた。そのため、長谷川との関係が真実だと思ったのさ。嘘の中にまぎれた真実。それがずっと感じていた違和感の正体だった」


 天野は硬直している北野になおも語りかかける。


「お前たちの間に何があったのか。そんなことには興味ない。最終的に岸野はお前との子供を堕ろし、あっさりと長谷川に鞍替えした。お前は岸野の心を取り戻せなかった。そして、狂ったお前の愛情は憎悪に変わり、2人を襲った! そうだろう!?」


 北野は何も答えない。

 ただ拳を握り締めてエコー写真を睨んでいる。

 天野は写真に目をやり、まだ人になる前の姿を眺めた。


「クリニックに訊いてみたら、当然ながら立会い人はお前の名だった。さぁ、どちらに似るんだろうな? お前か? それともドブスか? ……ああ、そうだった」


 天野は写真をビリビリと破り捨て、空へ放り投げた。


「もう死んじまったんだったな! アーーーーッハッハッハッハ!!!」

「て、てめぇ!」


 北野は懐から刃物を取り出した。

 迷うことなく天野に向ける。


「それ以上、俺たちを侮辱するなら、ただじゃおかない!」


 北野は両手で刃物を構えた。

 突進すれば奥深くまで突き刺さるだろう。

 天野はその様子を見て、更に可笑しそうに笑った。


「おいおい、お前、人を刺したことがあるのか? 人を刺したことのないヤツの刃物なんて怖くもなんともないね」

「あまり俺をなめるな。お前ごとき殺すなんて簡単だ!」

「そうだな。お前はすでに2人も殺している。3人目なんて、ちょっと数が増えた程度か」


 北野はゆっくりと天野との間合いを詰めていく。

 刃渡り15cmほどのナイフが天野を狙っている。

 天野はおどけたように両手を広げた。


「これ以上罪を重ねるのか? やめておけよ。俺様はお前と岸野を結ぶ線を見つけた。お前には動機がある。俺様が警察に証言すれば、優秀な警察はお前をドブス殺しの真犯人として逮捕してくれるぜ」


 北野はそれに応えず、ゆっくりと天野との間合いを詰めていく。


「もうお前は詰んでいる。逃げ道なんてない。諦めて自首しろよ。それがお前に出来る最低限の償いだ」


 『償い』という言葉を聞き、北野は一瞬迷ったように顔を伏せた。


「……お前の指図は受けない」


 刃物を強く握り直す。


「お前は町子を侮辱した。お前を殺せば、俺と町子の繋がりに気づく奴はいない。お前が死んじまえばいいんだ」

「……そうか、それならばしょうがないな」


ケラケラと笑うと、天野はまた大げさなジェスチャーを振り回した。


「北野よ。お前は中絶手術の内容を知っているか? せっかくだ。この医学部首席の天野様が講義してやろうじゃないか。お前と岸野の子供が、どんな風に殺されたのか」


 北野は辛そうに顔を歪めた。


「やめろ」

「お前だって愛する子供の最期を知りたいだろう? 中絶手術がどれだけ凄惨な行為なのか。一度でも目の当たりにすれば、避妊を怠る癖はなくなるぜ。まずクスコという器具を使うんだ。テコの力を使ってな、ドブスの股を限界までこじ開けるのさ」

「やめろ! やめてくれよ!」

「お前が愛した女の股を開き、医者は幾つもの器具を手にする。お前たちの愛の結晶を殺すために! 温もりのある生命から冷たい肉塊に変えるまで、医者はドブスの股を覗きこむのさ! 想像してみろよ北野! 愛したドブスの股からドロドロと溢れ出す肉塊を!」

「やめろおおおぉぉ!」


 北野は天野に突進し、刃物を突き刺した。

 天野が少し体を逸らしたため、右胸に刃物が突き刺さった。


「ぐふっ」


 天野は苦しそうに右胸を抑え、仰向けに倒れた。

 まだ刃物は北野の手の中にある。

 北野は倒れた天野に圧し掛かり、喉元を狙って振りかぶった。


「ふん」


 喉に突き刺さる直前、天野が北野の手首を掴み、右横に捻った。

 手首を支点にして体勢を入れ替える。

 手首から肩まで無理やり捻じ曲げられ、北野は痛みのあまり刃物から手を離した。


「だから言ったろう? 刺したことのないヤツの刃物なんて、怖くないとな」

「なぜだ。突き刺したはずだ」

「俺様は防刃シャツを着ている。もっとも衝撃は吸収できないがな。結構痛かったぜ。肋骨の1本は折れたな」


 天野は北野を組み敷きながら涼太を呼んだ。


「涼太! ちゃんと撮れたか!」


 物陰から涼太が顔を出した。

手にはビデオカメラを持っている。


「バッチリ! 白熱のシーンだったよ!」

「これでお前は殺人未遂罪だ。もう諦めろ。終わりだよ」


 その言葉を聞き、北野の全身から力が抜けていく。

 北野は涙を流しながら「ちくしょう」と呟いた。


「涼太、警察に連絡してくれ」

「うん、わかった」


 涼太はスマートフォンを取り出して電話をかける。

 天野は組み敷いたまま北野に語りかけた。


「お前、岸野の後を追って、死ぬつもりだったろう」


 北野は何も応えない。

 ただ涙を流して「ちくしょう」と呟くだけだ。


「遺書にあった『来世で寄り添う』という言葉。あれは、お前自身の望みだったんじゃないのか?」

「……黙れ。お前に何がわかる」

「お前の考えなんか理解したくもない。ただ俺が言えるのは、人を殺した罪を償わず、自殺という逃げ道に走るヤツは最低のクズだってことさ」


 通報を終えた涼太が戻って来た。

 どこか悲しげに北野を見下ろしている。

 天野は軽く息を吐くと、顔をしかめながら涼太を見上げた。


「替わってくれ。アバラが1本イカれたようだ」

「あらら、無理しないでよ」


 涼太は天野と入れ替わり、北野の体を地面に押し付けた。

 北野は抵抗することを諦めたのか、もしくは抵抗する気力もないのか、涙を流したままうつ伏せにされている。

 天野は北野を見下しながらタバコに火をつけた。胸の痛みを堪えながら煙を吐き出す。


「……お前みたいな、クソ野郎に、何が、わかる……」


 北野が唸った。

 必死に顔を上げ、天野を睨みつける。


「彼女を……町子を侮辱しやがって……。俺はお前みたいな奴が一番キライなんだ……」

「侮辱だと? ドブスを殺したのはお前じゃないか」

「ドブスって言うな! てめぇ何様のつもりだよ!」


 再び手足をばたつかせているが、涼太がしっかりと押さえつけている。拘束から逃げることは出来ない。

 北野は顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「町子の顔が、身体が、存在が、何かお前に迷惑かけたのかよ!? 町子の何が悪いんだ!? 町子の顔がブスだったとしても、そのことの何が悪いんだよ!!!」


 天野は冷たい瞳で北野を見つめた。

 涼太が慌てて口を開く。


「北野くん、それは誤解だ。勇二は……」

「やめろ」


 天野は厳しい声で涼太の言葉を遮った。

 胸を押さえながら北野に近づき、悪魔の声で囁いた。


「うるせぇんだよ。ドブス殺しのクズ野郎が」


 北野の顔が怒りに染まる。

 頭に血が上りすぎてしまい、もう声すら出ていない。


「俺様は別に、お前が死んでくれても構わないんだ。お前みたいなクズが死んだところで知ったことか。だがな、お前は岸野町子に『殺人者』という、最も醜い死装束を着せやがった」


 天野の表情も怒りに染まっていく。


「お前は死んだ人間のことも、残されていく人間のことも、何ひとつ理解しようとしていない。誰よりも醜いのはお前自身だよ。例え神が許しても、俺はお前を絶対に許さない。死ぬことだって許しはしねぇんだよ」


 北野の顔にタバコの煙を吹きかけ、天野は顔を歪めながら背を向けた。

 もう北野のことなんか忘れてしまったかのようだ。

 ゆっくり屋上のフェンスへと歩いて行った。


「ちくしょう……。あのクソ野郎……!」


 北野は涙を流しながら天野の背中を睨んでいる。

 涼太はその姿を切なげに見つめた。


「北野くん。勇二はね、君が思ってるような男じゃない」


 涼太は天野のために言葉を続けた。


「勇二は、岸野さんを信じたよ。岸野さんの言葉を信じていた。だから、君に辿り着いたんだよ」


 遠くからサイレンの音が聴こえる。

 事件に幕を下ろす鐘の音のようだった。




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