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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼を上手に殺す方法
17/91

天野くんの推理




 その夜。天野と涼太は岸野の自宅マンションに集合していた。

 喪服に身をつつみ、献花も持参している。


「涼太よ、長谷川のバンド内での評判はどうだった?」

「上々だったね。人間関係のトラブルは全くない。おまけに興味深い話を聞けたよ」

「ほう、なんだ」

「長谷川くん、楽器の取り扱いが雑だったみたいで、最近ギターを壊してしまって、修理に出してたみたい。つまりギターは借り物だった、ということだね」

「借り物だと? 誰から借りていたんだ」

「それはバンドメンバーも知らなかった。何でも学校の知人から借りたんだって」


 涼太は肩を落としながら言葉を紡いだ。


「学校の友達にも、誰がギターを貸したのか聞いたんだけど、意外と長谷川くんの交友関係は広くてさ。誰が貸したのか見つからなかったよ」

「なるほど。それだけわかれば十分だ」


 2人はマンションの敷地内に足を踏み入れた。13階建てのマンションだ。

 キープアウトされていた遺体発見現場で軽く手を合わせるとエレベーターに乗った。

 岸野の自宅は7階。実家住まいだ。母親には事前に訪問すると、涼太が伝えてある。

 エレベーターに乗り込むと天野が言った。


「検死の詳細を聞くことができたよ」

「えぇっ! マジで? なんでそんな機密情報を手に入れてるのさ」

「なぁに、親父のツテだよ。頭部の傷は6ヶ所あった。3発目が致命傷だったらしい。ほとんどの痕跡は同じ棒状の何かによるものだったが、ひとつだけ違う物で殴っている。犯人は2種類の鈍器で長谷川を殺害したようだ」


 涼太は昨日の状況を思い浮かべた。

 確かに衝撃音は一度ではなかった。

 数回、ガツンという音が聴こえた。


「すまない。思い出させてしまったな」


 顔を青くして吐き気を堪える涼太を見て、天野が申し訳なさそうに声をかけた。


「……いや、いいんだ。もう大丈夫。行こう」


 2人は岸野の自宅前に立ち、呼び出しベルを押した。

 中から青白い表情の母親が出迎えた。

 まるで生気を感じられない。死人のような表情だ。


「はじめまして。先ほどお電話した佐伯涼太と申します。文学部を代表して訪問させていただきました。こちらは医学部の天野勇二。この度はご愁傷様でした」


 丁寧に頭を下げた。母親も深く頭を下げて天野たちに詫びた。


「いえ、私共の娘がご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません。外では何ですから中に……」


 母親は2人を招き入れた。

 部屋の中は思ったより広い。

 棚には岸野町子が家族と映っている写真や、子供の頃に描いたと思われる絵などが飾られている。

 母親は2人にお茶を出した。涼太は軽く口に含み、話を切り出した。


「実は今回の事件でとても学生たちが混乱しております。余計な混乱を抑えるために、お辛いかとは思うのですが、昨晩のことを教えていただけませんか?」

「はい……」


 母親は辛そうに目を伏せた。無理もない、と天野は感じた。

 岸野は一人娘だという話だ。

 その一人娘が殺人者で自殺を図ったなど、到底受け入れられない現実なのだろう。


「警察の方にもお話ししたんですが、あの子、昨晩は家に帰って来なかったんです。そうしたらあんなことに、なっていて……」


 岸野の母親は声を詰まらせた。

 涼太は残酷だと思いながらも尋ねた。


「岸野さんが飛び降りたのは、何時ぐらいだったんでしょうか?」

「警察の話では、確か22時ぐらいだったと伺っております。私は全く気づかなくて、少し帰りが遅いとしか考えておりませんでした……。警察から連絡をいただいて、初めて町子のことを知ったんです」

「岸野さんは遺書を残されていたんですよね?」


 天野が尋ねると、母親は立ち上がり戸棚を開け、一枚のコピー用紙を取り出した。


「警察の方からコピーをいただきました。こちらになります」


 2人は揃って遺書のコピーを覗き込んだ。

 そこには次のように書かれていた。



********


みなさんへ

ご迷惑をおかけし申し訳ございません。先立つ不孝をお許しください。

お父さん。お母さん。20年間育てていただき、本当にありがとうございました。

私は長谷川くんの自宅で彼を殺害しました。その後を追いたいと思います。

残念ながら現世では、彼に愛情が届きませんでした。彼の命ともいえるギターで殺害したことが、いつまでも頭から離れません。

本当にごめんなさい。私は自らの死をもって償い、来世で彼に寄り添います。

最後に改めて、お父さん、お母さん。

本当にごめんなさい。


岸野町子


*********



(そうか、ギターを使った理由は、これだったのか)


 天野は口唇を噛み締めながら遺書を見つめた。

 パソコンで書かれた遺書だ。部屋を見渡すと、リビングに家族共有と思われるパソコンが置かれていた。


「これはあのパソコンで書かれたものですか?」


 岸野の母親はゆっくり首を横に振った。


「うちにはプリンターがないんです。町子はよく大学のパソコンで印刷をしてました。レポートを作成する時もそちらを使っています。恐らくこれもそうではないかと思います」

「失礼ですが、これをスキャンしても構いませんか?」

「はい、それは構いませんが……」


 天野はスマートフォンで遺書をスキャンした。念のためカメラでも撮影する。


「あの……。本当に町子は、人を殺害したんでしょうか……?」


 母親がおずおずと尋ねる。涼太は首を横に振って答えた。


「それは我々では、わかりません」

「そう、ですよね……」


 母親は嗚咽を堪えながら呟いた。


「確かに町子は、少し変わった子でしたけど、人様に迷惑をかけるような、ましてや、暴力を振るう子なんかじゃなかったのに……。どうして、こんなことに……」


 2人にはかける言葉がなかった。

 丁寧に礼を述べて、岸野宅を後にした。



**************



 岸野の自宅マンションから離れると、2人はタバコに火をつけた。

 涼太が心底同情したように呟く。


「岸野さんのお母さん、相当やつれてたね。そりゃそうだよね。娘が人殺しで自殺だものね」


 天野は自らのスマートフォンを握り締めながら、ぽつりと呟いた。


「9割方、犯人の目星がついた」


 涼太は驚いて天野の顔を見つめた。

 冗談を言っている顔ではない。真剣そのものだ。


「だが、あと10%が果てしなく遠い。くそっ、調査の連絡はまだか」


 その声に呼ばれたようにスマートフォンが鳴った。

 天野はすぐに電話に出た。


「天野だ。余計なことはいい。イエスか、ノーか。それだけ教えてくれ」


 天野は小さくガッツポーズをして叫んだ。


「イエスか! 名前は? ……そうか、やはりな。99%そいつで間違いない。いや、こちらの話だ。礼を言う。またな」


 天野は電話を切ると涼太に向き直った。


「ラッキーだった。岸野が利用したのはうちのクリニックだった。これで残りの9%が埋まった。だが……」


 天野は悔しそうに唇を噛み締めた。


「残りの1%は永久に埋まらない可能性が高い。どうすればいいのか……。この1%を埋めなければ真実を掴むことはできない……」


 天野は一人納得し、何かを考えるようにブツブツ独り言を呟いている。

 涼太は慌てて天野の肩を掴んだ。


「ちょっと! ちょっと待ってよ! 犯人がわかったって……。それマジで言ってんの!?」

「当たり前だろう? 冗談でこんなこと言うかよ」

「だ、だって、今日調査を始めたばっかりなんだよ! まだ情報なんて全然集まってない……」


 そこで涼太は気づいた。


「まさか、勇二がわかった、ってことは、犯人は英文科の学生ってことなの?」

「そうだ」


 天野は至極当たり前のように頷いた。


「そして俺の予想では、もう1人死ぬ」


 背筋が凍ることを口にした。


「もう1人が死んだら、事件の真相は永久に闇の中だ。それだけは阻止せねばならない」


 天野は虚空を見上げた。


「見ていろ。この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。必ず尻尾を掴んでやるさ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ここから本格ミステリー的な感じで天野の天才的なとこが出てきますね。
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