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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼を上手に殺す方法
15/91

天野くんの作戦会議




 翌日。

 学生食堂の2階テラス席。

 天野と涼太は新聞を眺めながらタバコを吸っていた。

 涼太が記事の内容を読み上げている。


「岸野さんは長谷川くんを殺害した後、遺書を残して飛び降りて自殺した、ってさ。自宅マンションの屋上に遺書が残されてたみたい」

「遺書の内容は新聞に載ってないのか?」

「載ってない。でも、新聞には交際相手をギターで撲殺して自殺した、って記載もあれば、無理心中をはかった疑いもある、って記載もある。たぶん遺書には自分が犯行に及んだことが書いてあったんじゃないかな」

「そうか……」


 天野はぼんやり岸野が座っていた席を眺めた。

 とても殺人なんて、大それたことをする娘には見えなかった。

 天野が痛めつけようとした提案を全て拒否したのに。

 交際を拒否されてしまい、とっさに犯行に及んだ、ということなのだろうか。


「ねぇ、勇二」

「なんだ」

「なんかさ、なんか、僕の気のせいかもしれないんだけど、凄く違和感を覚えてるんだよ」

「違和感だと? どういうことだ」


 天野は涼太の顔を見つめた。涼太はしきりに首を捻っている。


「長谷川くんと話した感じでは、とても女の子と縁がある感じがしなかったんだよね」


 涼太はよく分からないことを言い出した。


「なんて言うか、長谷川くんはまだ、女性と関係を持ったことが、一度もなかったんじゃないかと思うんだ」

「つまり長谷川は女を知らなかった。童貞だったということか」

「そんな感じ。長谷川くんは鍵を開けて部屋に入った。ということはさ、岸野さんは合鍵を持っていた可能性が高いよね。もし岸野さんが部屋に不法侵入していれば、長谷川くんも驚いて怒鳴ったりするでしょ? でもそんな声は聞こえなかった」

「顔見知りの犯行ということか」

「そうなるよね。でもさ、あの長谷川くんに『部屋で待っている女の子がいた』ってことが信じられないんだよ」


 涼太はしきりに首を捻っている。


「涼太よ、実は俺も違和感を覚えている」

「やっぱり?」

「俺は長谷川の様子は知らない。あくまで岸野サイドからの視点になる。それでもな、どこか妙な違和感があるんだよ」


 天野は岸野との会話を思い浮かべる。

 何かが引っかかる。どこかに違和感がある。


「そもそも何故、凶器がギターだったのか? 岸野は女だ。部屋には包丁もあるだろうし、もっと人をラクに殺せる凶器は山ほどある。その中でわざわざギターを選択する必然性を感じない」


 岸野は長谷川に貢いだ、と言っていた。

 だから貢いだ金で買ったギターを使ったのだろうか? 

 それを思い出し、天野は涼太に尋ねた。


「部屋の中にギターは何本あった?」

「折れたギターしかなかったよ」

「それはおかしい」


 天野は仕切りに首を捻っている。


「あの日、長谷川はギターを持って大学に来ていた。つまり犯人は長谷川のギターケースを開けて、わざわざそれで撲殺したのか?」

「そうだね。言われてみるとおかしいね」

「岸野が長谷川からギターを奪い取り、ケースを開けて、大きく振りかぶって、頭に叩きつける……」


 涼太は辛そうに顔を歪めた。長谷川の遺体を思い出したのだろう。


「岸野は中肉中背な一般的な体格の女だった。長谷川も中肉中背だ。なぜ長谷川は一方的にやられたんだ? 長谷川は岸野がギターケースを開けて振りかぶるまで、岸野の存在に気付かなかったというのか? いや、そんなことはあり得ないだろう……」


 明らかに何かがおかしい。

 だが現実問題、岸野は遺書を残して自殺している。

 新聞に掲載されている以上、それが警察の公式発表なのだろう。

 しかし2人には妙な違和感が残っている。


「勇二は岸野さんを知っているけど僕は知らない。僕は長谷川くんを知っているけど勇二は知らない。この視点のズレが交差すれば何か見えてくるかな」

「そうだな。もう一度、お互いの情報をはっきりさせよう」


 天野と涼太は改めて互いに向き直った。


「まず岸野だ。一言でいえばドブスで不潔。性格は長谷川を殺したいと言ったかと思えば、元通り付き合いたいと言い出したり、支離滅裂だった」

「長谷川くんの特徴はさっき伝えた通り。見た目とは裏腹に無垢な青年ってカンジ」

「まずこれがひとつめの違和感だ。両者の交際自体が疑わしい」


 天野はメモを取りながら言った。


「辛いだろうが、長谷川の遺体を発見した時の様子を教えてくれ」

「オッケー。任せて」


 涼太は頬を軽く叩き、昨日のことを思い浮かべた。


「部屋の中から話し声は聴こえなかった。犯行は部屋に入って数分後。あっという間の出来事だったよ」

「部屋に入った時間はわかるか?」


 涼太はスマートフォンを取り出し、GPSの記録を調べた。


「17時16分、だね」

「犯人は部屋の中で待ち伏せしていたことになる。お前は怒鳴り声も聴こえないほど離れていたのか?」

「いや、怒鳴り声だったら聞こえたよ。中の2人は普通に話していた、ってことになるね」

「つまり犯人と長谷川は争うことはなかった。一方的に長谷川が襲われ、殺された。岸野はなぜか、長谷川に抵抗の隙を一切与えなかった、ということだ」

「これが2つ目の違和感だね」


 天野はメモを加えながら尋ねた。


「ということは、部屋の中には争った形跡がなかったんだな?」


 涼太は顔を歪めながらその時のことを思い出す。


「なかったね。むせ返る血の匂いと、甘ったるい香水の匂いが漂ってるぐらいで、部屋の中は比較的綺麗だったよ」


 天野はメモを書く手を止めた。


「『香水の匂い』だと?」

「うん。女性用だと思う。長谷川くんは香水をつけてなかったし」

「岸野も香水をつけていなかったぞ」


 2人の間を沈黙が包んだ。


「ちょ、ちょっと待って。その時に岸野さんが、たまたま香水をつけてたんじゃない?」

「いや、あいつは不潔だった。かなりの体臭を感じたくらいだ。香水をつけるような女じゃない」

「これが3つ目の違和感……」


 涼太の声が震え出した。


「ねぇ、これ、もしかしてさ……」


 天野はメモを見つめ険しい顔をしている。

 涼太はたまらず声に出してしまった。


「長谷川くんを殺したのは、岸野さんじゃない可能性が高くない?」


 まだ何かを考えているのか、天野はじっと黙りこんでいる。


「もしさ、長谷川くんを殺したのが、岸野さんじゃなかったら……」

「岸野を自殺に見せかけて殺した、ということになる」


 天野は涼太の言葉を引き継いだ。

 勢い良く立ち上がり、メモを見ながら自分の思考を喋り出す。


「1つ目の違和感から、交際は岸野の狂言であった可能性が高く、2つ目の違和感から犯人は長谷川と顔見知りであり、合鍵を渡すような親しい人間、それも男性だった可能性が高い。それなのに3つ目の違和感が発生しているということは、女性が部屋にいたという痕跡を偽装したと考えられる。つまり……」


 天野は立ち止まって虚空を睨みつけた。


「当初から長谷川を殺害したその日の内に、遺書を偽装し、岸野を屋上から突き落とすつもりだった」


 2人の間を再度沈黙が包んだ。

 涼太が耐え切れず、乾いた声で言った。


「い、いいんじゃないかな。事件は岸野さんの自殺で、解決してるんでしょ……? これ以上さ、素人の僕たちが関わることないって」

「ダメだ。俺は違和感のカケラを掴んだ。もう、見て見ぬフリはできない」


 天野の瞳は決意に燃えている。


「相手は2人も殺してることになるよ? 危険すぎない?」

「ああ、危険だな。2人も殺したなら、3~4人殺しても大して変わりがない。殺人を抑制する理性のリミッターは外れているだろう。真相を掴もうとするヤツ、もしくは掴んだヤツは殺すだろうな」

「こ、怖いね」

「そうだな」


 天野は涼太を励ますように大げさなジェスチャーを振り回した。


「大丈夫だ。俺様にかかれば全てうまくいく。真犯人に近づきすぎないように情報を集めよう。この俺を信じて協力してくれ」


 涼太は少し悩んだ後、天野の顔をじっと見つめて言った。


「わかった。信じてるよ。天才クソ野郎の作戦を」




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