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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼を上手に殺す方法
14/91

天野くんと涼太の尾行




 女と別れた後、天野は相棒である佐伯涼太さえきりょうたを呼び出し、とある講義室に潜り込んでいた。


「あれだ。あの出来損ないのホストのような男。ギターケースを持っているな」

「カレが長谷川潤はせがわじゅんくん。今回のターゲットってワケね」


 涼太は意気揚々(いきようよう)とメモを取りながら、隠しカメラで長谷川の顔を撮影している。

 この男は天野の数少ない友人だ。

 軽薄けいはくな笑顔がトレードマークのチャラ男なのだが、実はひとつの特技を持っている。


 他人のゴシップを追いかけ回すことを好む変態なのだ。


 元々、涼太はナンパとコンパが三度の飯より好きなチャラ男だ。

 女性を追いかけ回すという趣味が、素行調査や尾行まで好む変態にまで昇華しょうかしてしまったのだ。


 一歩間違えれば優秀なストーカー、もしくはゴシップ雑誌の記者、立派な探偵にでもなれるかもしれない。色々な意味で、天才クソ野郎との相性はピッタリだった。


 ターゲットである長谷川は英文科の1年生だ。

 岸野町子は英文科の2年生だったので、先輩後輩の関係から恋愛に発展した(と、岸野は少なくとも思っている)のだろう。


 講義が終わり長谷川は立ち上がった。

 涼太は長谷川をさり気なく呼び止めて、何やら楽しそうに会話している。

 遠目から観察していると、2人はあっさり意気投合したようで、肩を組んで喫煙所に向かった。

 さすが涼太だ。あっさり長谷川と知り合いになったようだ。


 遠目からでは確かなことは言えないが、長谷川はそれなりに不細工な出で立ちだった。

 金髪をホスト風に大盛りにして、肌を黒く焼いてジャラジャラと無駄なアクセサリーを身にまとってカムフラージュしているが、根本的な顔立ちは悪い。

 案外、岸野とお似合いかもしれないな、と天野は感じた。


 首尾しゅびを涼太に任せ、天野は根城である学生食堂の2階テラスで涼太の報告を待った。

 しばらくすると涼太から着信が入った。


「あ、もしもし勇二? 長谷川くんと話してきたけど、今は彼女がいないって言ってたよ。バンドに専念してるだけだってさ」

「なんだと? それはおかしい。岸野の話では相当なスケコマシ野郎のはずだが」

「長谷川くん、大学デビューなんだって素直に教えてくれたよ。自分は見てくれが悪いから誤魔化してるって。でも彼女ができなくて苦労してるってさ。紹介して欲しいって懇願されちゃったよ」

「岸野の話とかなり印象が違うな」

「ぶっちゃけかなりの好青年。僕の印象では岸野さんって娘の狂言じゃないの? って感じがするけど」

「長谷川が嘘をついている可能性は?」

「うーん。8割の可能性でないと思うね」


 涼太の観察眼はそれなりに信用できる。

 となれば、狂言である可能性が高い。


「長谷川をそのまま尾行できないか? 岸野の話であれば女と同棲しているはずだ」

「そう言うと思って、僕ちゃんただ今尾行中」

「さすがだ。結果がわかったら教えてくれ」


 天野は電話を切った。

 妙な違和感がある。岸野の発言の全てが嘘ではなかったように感じる。しかし涼太の観察眼は岸野の狂言であると告げている。

 この違和感は何なのか。

 岸野が一方的に執着しているだけなのだろうか。長谷川という男がとぼけているだけなのだろうか。


(まぁ、涼太の尾行の結果を待つしかないか)


 天野はぼんやり空を眺めた。

 この時はまだ、この件が大事になるとは、夢にも思っていなかった。




**************




 涼太は着かず離れずの距離を保ちながら、巧みに長谷川を尾行していた。

 長谷川はヘッドフォンで音楽を聴きながら、時折軽くリズムを取るように太腿を叩いている。尾行されているとは気づいていない様子だ。


 長谷川は大学を出ると、バスにも電車にも乗らず、住宅街の方向へ歩いていった。

 学校の近くにアパートを借りているのだろうか。もしくは誰かと待ち合わせをしているのだろうか。


 涼太は住所とスマートフォンのGPS記録を確認しながら尾行を続けた。

 今のGPS機能はかなり進化している。

 自分の歩行した道のりと時間まで正確に記録することが可能だ。


 10分ほど尾行を続けると、長谷川は古臭いアパートの中に入っていった。

 鍵を取り出して扉を開けている。

 部屋は1階の奥から2番目。102号室だ。


 涼太は素早く住所を確認し、アパートを見渡した。

 かなりのオンボロ木造アパートだ。学生、もしくは単身者向けなのだろう。とても2人が住めるような建物には見えない。


 涼太は足音を立てずにアパートの裏側に回った。

 運が良いことに小さな庭がある。

 102号室の窓が見渡せる場所にしゃがみこんだ。


 部屋の物音は聴こえない。

 涼太はもう少し近づこうと距離を詰めようとした。その時だった。



 ……ドカン



 部屋の中から大きな物音が響いた。

 一度だけでない。

 数回、何かを叩きつけるような音が聴こえた。


 涼太は何事かと思い、窓を覗きこもうと近づいた。

 すると今度は玄関方面で大きな音が聴こえた。

 ドアが勢い良く開かれた音。そして急いで走り去る足音。

 何者かが、脱兎の勢いで部屋から出て行ったのだ。

 涼太は恐る恐る窓から部屋の中を覗きこんだ。


「……うそ、だよね」


 長谷川がうつ伏せに倒れていた。

 頭から大量の赤黒い液体が流れている。

 金髪を赤く濡らし、床を赤黒く染めている。

 壁の一部にも飛び散っていた。


 涼太は慌ててアパートの玄関に戻った。周囲を見渡す。

 外に誰かが飛び出して行った。考えるまでもない。誰かが長谷川を殴り、逃げ去ったのだ。まだ近くにいるかもしれない。

 しかしアパートの周囲には、どこにも人の姿が見当たらなかった。


 涼太はアパートに踵を返した。

 震える手で102号室のドアを開ける。


「は、長谷川くん……?」


 返事はなかった。


「長谷川くん……? 土足で悪いけど、お邪魔するね……?」


 部屋の中央にうつぶせに倒れた長谷川と、中央から真っ二つに折れたギターが落ちていた。

 ギターは真っ赤に濡れ、血だまりの上に浮かんでいる。

 畳に真っ赤な液体が染みこんでいる。

 壁には血痕と思わしき血飛沫が付着している。

 室内には女の香水の匂いと、むせかえるような生臭い血の香りが漂っていた。

 部屋の中はそれらのイレギュラーな要因を除けば、ありふれた一人暮らしの男の部屋と何ら変わりない。


「……長谷川くん!」


 涼太は長谷川の肩を掴んで呼びかけた。

 抱き起こすと長谷川の唇が震えた。

 わずかに意識がありそうだ。


「良かった! 今すぐ救急車呼ぶから!」

「……て………」

「え? な、何? どうしたの?」

「い、なり……なぐ、ら、れて……」


 長谷川の唇が何かを訴えるよう動いている。

 涼太はいけないと思いつつも、尋ねずにはいられなかった。


「だ、誰に!? 誰にやられたの!?」

「……ぎ……」

「ぎ? そ、それってなに!? 誰のこと!?」

「……ぎ、ぎたー……」

「ギター? ギターで殴られたの!? 長谷川くん! しっかりして!」


 涼太は必死に叫んだ。

 しかしそれが長谷川の最後の言葉になり、力なく涼太の腕の中で短い生涯を終えた。



**************



「とんでもないことになったな」

「うん……」


 時刻は夜。

 天野と涼太は警察署の側でタバコを吸っていた。

 第一発見者である涼太の長い取調べが終わり、天野は涼太を迎えに行ったのだ。

 涼太の両親も迎えに来ていたが、2人で話したいと、席を外してもらっていた。


「もうショックは抜けたか?」


 涼太は力なく頷いた。

 顔色が青白い。

 いつもの軽薄なチャラ男の面影はなかった。


「まぁ、なんとか。いや、あれだね。死体を見た時ってさ、あんなに恐怖感を覚えるもんなんだね」

「誰だってそうさ。俺だってそうだった」


 医学部の天野にそう言われ、涼太は少し安堵した。


「長谷川を尾行していたことは言ったのか?」

「いや、後で自宅に遊びに行く予定だった、としか供述していないよ」

「そうか。岸野のことを警察に話すべきかもしれないな」


 詳しい死因はわからない。

だが、部屋に人がいたこと、聞こえた打撲音、血まみれのギター、頭部からの出血、といった状況を踏まえると、誰かが長谷川を待ち伏せしギターで撲殺した、という可能性が高い。


「長谷川くんは、最後に『ギター』って呟いたよ」

「ギター……。確かにそう言ったのか?」

「うん。たぶんね。ギターで殴られたことを僕に伝えようとしたのかな」

「まぁ、そうなんだろうな」


 天野は軽く答えながら、自らのスマートフォンを何度も確認している。

 涼太はそれを見て尋ねた。


「岸野さんと連絡は取れたの?」


 天野は静かに首を振った。


「いや、そもそも連絡先は聞いていない。大学を通じて連絡してもらったが、電話に出やしないんだ。もう待っている時間も惜しいかもしれん」


 天野はそう言うとゆっくり警察署に向かった。


「勇二? どこに行くのさ?」

「岸野のことを警察に話してくる。今のところ容疑者として疑わしいのはアイツだ。とっとと科学捜査に解決してもらおう。お前はもう家に帰れ」

「うん。わかったよ」


 天野は警察署にて、岸野と話したことを供述した。


 長谷川と男女関係にあったこと。

 恨みがあると言っていたこと。

 岸野と連絡がつかないこと。

 岸野について調べて欲しいと頼んだ。


 そして時を同じくして、岸野の遺体が発見された。




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