天野くんと涼太の尾行
女と別れた後、天野は相棒である佐伯涼太を呼び出し、とある講義室に潜り込んでいた。
「あれだ。あの出来損ないのホストのような男。ギターケースを持っているな」
「カレが長谷川潤くん。今回のターゲットってワケね」
涼太は意気揚々(いきようよう)とメモを取りながら、隠しカメラで長谷川の顔を撮影している。
この男は天野の数少ない友人だ。
軽薄な笑顔がトレードマークのチャラ男なのだが、実はひとつの特技を持っている。
他人のゴシップを追いかけ回すことを好む変態なのだ。
元々、涼太はナンパとコンパが三度の飯より好きなチャラ男だ。
女性を追いかけ回すという趣味が、素行調査や尾行まで好む変態にまで昇華してしまったのだ。
一歩間違えれば優秀なストーカー、もしくはゴシップ雑誌の記者、立派な探偵にでもなれるかもしれない。色々な意味で、天才クソ野郎との相性はピッタリだった。
ターゲットである長谷川は英文科の1年生だ。
岸野町子は英文科の2年生だったので、先輩後輩の関係から恋愛に発展した(と、岸野は少なくとも思っている)のだろう。
講義が終わり長谷川は立ち上がった。
涼太は長谷川をさり気なく呼び止めて、何やら楽しそうに会話している。
遠目から観察していると、2人はあっさり意気投合したようで、肩を組んで喫煙所に向かった。
さすが涼太だ。あっさり長谷川と知り合いになったようだ。
遠目からでは確かなことは言えないが、長谷川はそれなりに不細工な出で立ちだった。
金髪をホスト風に大盛りにして、肌を黒く焼いてジャラジャラと無駄なアクセサリーを身に纏ってカムフラージュしているが、根本的な顔立ちは悪い。
案外、岸野とお似合いかもしれないな、と天野は感じた。
首尾を涼太に任せ、天野は根城である学生食堂の2階テラスで涼太の報告を待った。
しばらくすると涼太から着信が入った。
「あ、もしもし勇二? 長谷川くんと話してきたけど、今は彼女がいないって言ってたよ。バンドに専念してるだけだってさ」
「なんだと? それはおかしい。岸野の話では相当なスケコマシ野郎のはずだが」
「長谷川くん、大学デビューなんだって素直に教えてくれたよ。自分は見てくれが悪いから誤魔化してるって。でも彼女ができなくて苦労してるってさ。紹介して欲しいって懇願されちゃったよ」
「岸野の話とかなり印象が違うな」
「ぶっちゃけかなりの好青年。僕の印象では岸野さんって娘の狂言じゃないの? って感じがするけど」
「長谷川が嘘をついている可能性は?」
「うーん。8割の可能性でないと思うね」
涼太の観察眼はそれなりに信用できる。
となれば、狂言である可能性が高い。
「長谷川をそのまま尾行できないか? 岸野の話であれば女と同棲しているはずだ」
「そう言うと思って、僕ちゃんただ今尾行中」
「さすがだ。結果がわかったら教えてくれ」
天野は電話を切った。
妙な違和感がある。岸野の発言の全てが嘘ではなかったように感じる。しかし涼太の観察眼は岸野の狂言であると告げている。
この違和感は何なのか。
岸野が一方的に執着しているだけなのだろうか。長谷川という男がとぼけているだけなのだろうか。
(まぁ、涼太の尾行の結果を待つしかないか)
天野はぼんやり空を眺めた。
この時はまだ、この件が大事になるとは、夢にも思っていなかった。
**************
涼太は着かず離れずの距離を保ちながら、巧みに長谷川を尾行していた。
長谷川はヘッドフォンで音楽を聴きながら、時折軽くリズムを取るように太腿を叩いている。尾行されているとは気づいていない様子だ。
長谷川は大学を出ると、バスにも電車にも乗らず、住宅街の方向へ歩いていった。
学校の近くにアパートを借りているのだろうか。もしくは誰かと待ち合わせをしているのだろうか。
涼太は住所とスマートフォンのGPS記録を確認しながら尾行を続けた。
今のGPS機能はかなり進化している。
自分の歩行した道のりと時間まで正確に記録することが可能だ。
10分ほど尾行を続けると、長谷川は古臭いアパートの中に入っていった。
鍵を取り出して扉を開けている。
部屋は1階の奥から2番目。102号室だ。
涼太は素早く住所を確認し、アパートを見渡した。
かなりのオンボロ木造アパートだ。学生、もしくは単身者向けなのだろう。とても2人が住めるような建物には見えない。
涼太は足音を立てずにアパートの裏側に回った。
運が良いことに小さな庭がある。
102号室の窓が見渡せる場所にしゃがみこんだ。
部屋の物音は聴こえない。
涼太はもう少し近づこうと距離を詰めようとした。その時だった。
……ドカン
部屋の中から大きな物音が響いた。
一度だけでない。
数回、何かを叩きつけるような音が聴こえた。
涼太は何事かと思い、窓を覗きこもうと近づいた。
すると今度は玄関方面で大きな音が聴こえた。
ドアが勢い良く開かれた音。そして急いで走り去る足音。
何者かが、脱兎の勢いで部屋から出て行ったのだ。
涼太は恐る恐る窓から部屋の中を覗きこんだ。
「……うそ、だよね」
長谷川がうつ伏せに倒れていた。
頭から大量の赤黒い液体が流れている。
金髪を赤く濡らし、床を赤黒く染めている。
壁の一部にも飛び散っていた。
涼太は慌ててアパートの玄関に戻った。周囲を見渡す。
外に誰かが飛び出して行った。考えるまでもない。誰かが長谷川を殴り、逃げ去ったのだ。まだ近くにいるかもしれない。
しかしアパートの周囲には、どこにも人の姿が見当たらなかった。
涼太はアパートに踵を返した。
震える手で102号室のドアを開ける。
「は、長谷川くん……?」
返事はなかった。
「長谷川くん……? 土足で悪いけど、お邪魔するね……?」
部屋の中央にうつぶせに倒れた長谷川と、中央から真っ二つに折れたギターが落ちていた。
ギターは真っ赤に濡れ、血だまりの上に浮かんでいる。
畳に真っ赤な液体が染みこんでいる。
壁には血痕と思わしき血飛沫が付着している。
室内には女の香水の匂いと、むせかえるような生臭い血の香りが漂っていた。
部屋の中はそれらのイレギュラーな要因を除けば、ありふれた一人暮らしの男の部屋と何ら変わりない。
「……長谷川くん!」
涼太は長谷川の肩を掴んで呼びかけた。
抱き起こすと長谷川の唇が震えた。
わずかに意識がありそうだ。
「良かった! 今すぐ救急車呼ぶから!」
「……て………」
「え? な、何? どうしたの?」
「い、なり……なぐ、ら、れて……」
長谷川の唇が何かを訴えるよう動いている。
涼太はいけないと思いつつも、尋ねずにはいられなかった。
「だ、誰に!? 誰にやられたの!?」
「……ぎ……」
「ぎ? そ、それってなに!? 誰のこと!?」
「……ぎ、ぎたー……」
「ギター? ギターで殴られたの!? 長谷川くん! しっかりして!」
涼太は必死に叫んだ。
しかしそれが長谷川の最後の言葉になり、力なく涼太の腕の中で短い生涯を終えた。
**************
「とんでもないことになったな」
「うん……」
時刻は夜。
天野と涼太は警察署の側でタバコを吸っていた。
第一発見者である涼太の長い取調べが終わり、天野は涼太を迎えに行ったのだ。
涼太の両親も迎えに来ていたが、2人で話したいと、席を外してもらっていた。
「もうショックは抜けたか?」
涼太は力なく頷いた。
顔色が青白い。
いつもの軽薄なチャラ男の面影はなかった。
「まぁ、なんとか。いや、あれだね。死体を見た時ってさ、あんなに恐怖感を覚えるもんなんだね」
「誰だってそうさ。俺だってそうだった」
医学部の天野にそう言われ、涼太は少し安堵した。
「長谷川を尾行していたことは言ったのか?」
「いや、後で自宅に遊びに行く予定だった、としか供述していないよ」
「そうか。岸野のことを警察に話すべきかもしれないな」
詳しい死因はわからない。
だが、部屋に人がいたこと、聞こえた打撲音、血まみれのギター、頭部からの出血、といった状況を踏まえると、誰かが長谷川を待ち伏せしギターで撲殺した、という可能性が高い。
「長谷川くんは、最後に『ギター』って呟いたよ」
「ギター……。確かにそう言ったのか?」
「うん。たぶんね。ギターで殴られたことを僕に伝えようとしたのかな」
「まぁ、そうなんだろうな」
天野は軽く答えながら、自らのスマートフォンを何度も確認している。
涼太はそれを見て尋ねた。
「岸野さんと連絡は取れたの?」
天野は静かに首を振った。
「いや、そもそも連絡先は聞いていない。大学を通じて連絡してもらったが、電話に出やしないんだ。もう待っている時間も惜しいかもしれん」
天野はそう言うとゆっくり警察署に向かった。
「勇二? どこに行くのさ?」
「岸野のことを警察に話してくる。今のところ容疑者として疑わしいのはアイツだ。とっとと科学捜査に解決してもらおう。お前はもう家に帰れ」
「うん。わかったよ」
天野は警察署にて、岸野と話したことを供述した。
長谷川と男女関係にあったこと。
恨みがあると言っていたこと。
岸野と連絡がつかないこと。
岸野について調べて欲しいと頼んだ。
そして時を同じくして、岸野の遺体が発見された。




