交易都市④
「俺の父さん、交易船の船長だったんだ」
路地裏を連れ立って歩きながら、アダーンはふいに身の上を語り始めた。
「俺が7つになったとき、父さんは初めて船に乗せてくれて……凄く、嬉しくて、楽しかったのに、3日目の夜に嵐にあって、何もかもなくなってしまった」
「……」
「運良く俺だけここに流れ着いて、最初は町の連中も親切にしてくれたけどさ。人の善意なんてはかないもんだね。1年も経ったらこの有様さ」
「よく生きたな」
「……せっかく、拾った命だしね。それにいつか……帰りを待ってるはずの母さんのところへ、帰らなきゃいけないんだ」
名前も覚えてないその町へ、船もなしにどう帰ればいいのかわからないけど。
アダーンはそう言って、寂しそうに笑った。
なんとか二人が泊まれる安宿を見つけ、そこに身を落ち着ける。
決して美味いとはいえない食事をとった後、嫌がるアダーンを無理矢理シャワー室に放り込み、僕は軋む椅子に腰を下ろし、煙草に火をつけた。
折角やってきた町だが、明日、早いうちに発つことにしようと僕は決めた。
あの騒動の中、囁くような声だが確かに聞こえた、
"つかまえろ"
という声。
エルフを商品にしようという輩が、やはりこの町にもいるのだ。最も、そういう連中はどこにでもいるものだが、人数ではやはり港町に勝るところはない。この町にもう用もないし、面倒はできるだけ避けて通って損はないだろう。
「ほう、お前金髪だったんだな」
タオルで頭を拭きながら出てきた少年に、僕はそう声をかけた。垢を落としてみれば、色白の整った顔。こいつはちょっと失敗したかな、と、僕は思った。これだけの美少年なら、商品価値を見出す輩もいる。汚れたままでいたほうが、アダーンのためだったかもしれない。
「服が匂うのが残念だが、これしかないから仕方ないな」
ボロ布のようなそれを放り投げてやって、僕は席を立った。
「僕がシャワーを浴び終えるまで、ドアの番をしてろ。誰か来ても絶対に入れるなよ。ああ、それから……覗くな。いいな」
「誰が覗くかよ」
べーっと舌を出すアダーンに苦笑を返し、シャワー室に入る。
古臭い造りのシャワーは湯が出るだけマシという代物で、時々前触れもなく水になったりもしたが、汚れを落とすには十分だった。
さて、これからどうするかな。
この町と交易を結んでいる港町はいくつあっただろうか?
ドン!
ドン!
バターン!!
異様な物音に、僕はシャワー室を飛び出した。小さなタオルでは腰周りしか隠せなかったがしかたがない。案の定、人相の悪い男が二人、蹴破られたドアの上に立っていた。
「ほう、女エルフだったのか。こいつは運がいい」
無遠慮な視線で僕の体を眺めながら、男が舌なめずりをする。
剣は……しまった、テーブルの上だ。
アダーンが傍にいるが、椅子から転げ落ちて竦んでいる。
間に合うか!?
男がテーブルの上の剣に気付いた。
距離は相手のほうが近い。
手を伸ばそうとし、間に合わないと思ったその時、振り上げられた椅子が、僕の剣を奪おうとしていた男の手に振り下ろされた。
「このガキ……ッ!」
男の蹴りが、アダーンの小さな身体を吹っ飛ばす。
だが、それが男の最期だった。
僕のレイピアに心臓を貫かれ、血を吹き上げながら声もなく男は倒れた。
「!?」
もう一人の男が動揺した一瞬の隙。
生と死を分けるその瞬間を、逃すようでは今日まで生きていない。
喉を裂かれ、呆けた表情のまま男は絶命した。
「アダーン!」
僕はベッドの脇に転がっている小さな身体を助け起こし、そして、ひとまずほっと息をついた。
「大丈夫か?よくやってくれたな、助かったぞ」
そう言って頭を撫でると、少年の白い顔がさっと朱に染まった。
「ロアーヌ、お前、女だったのかよ」
「……あ?」
青い瞳が釘付けになっている。そこを慌てて片腕で隠し、僕は金髪の頭を、軽く一発、殴ってやった。