交易都市③
ギルド所属の冒険者とはいえ、そんなものはよっぽどの有名人でもなければ、そこらのゴロツキや浮浪者と何のかわりもない。依頼の途中放棄は日常茶飯事、それどころか、依頼者を裏切り敵に回すことも珍しくない僕は、いつまでたっても最低ランクのゴミカス同然。
ギルドの冒険者認定というのは、誰にでも与えられるものではない。認定を与えるのは、名目上は各国の政府機関である。テストとして最低でも1つ以上の依頼を解決する必要があり、ある程度の"行動理念"の専守を義務付けられる。そして、その仕事結果の積み重ねによって、ランク付けがなされるのだ。最低ランクでもギルド所属の冒険者という認定があれば、依頼主は人並み程度のもてなしぐらいはしてくれるだろう。つまりは、ギルドに所属するということは、身元の保証が得られるということだ。最高ランクになれば、内心どうであれ少なくとも表向きは正騎士と同等程度の待遇を与えられもする。だから何の地位も持たない者の唯一の立身出世の道でもあり、この道に入る若者は多い。しかし、政府機関からの補助は一切なく、受けた依頼の報奨金の何割かはギルドにマージンとして収めなければならないので、身を立てるにはある程度の難易度の依頼をこなさなければならず、分不相応な仕事に手を出して命を削るか、生活費の不足分を別の手段で稼ぎ出すか、道は二つに一つしかないのだ。そしてその結果"行動理念"に反し、賊として追われるものも少なくはない。
僕が未だに一応は"ならず者"ではなく"ギルド所属の冒険者"というご身分にいられるのは、単に"経歴の長さ"、それに尽きるだろう。でなければ僕などもうとっくに、お尋ね者として人生を終えているところだ。
「……いっそ盗賊にでもなっとけばよかったかもね」
戦利品を懐に仕舞いこみ人ごみを歩いていくと、通りの前方がなにやら騒がしいことに気がついた。
……あのバカガキ、へまをやらかしやがったな。
「ちょっと、道を開けてくれ」
耳に入る無数の音声の中から、聞き覚えのある声を感じ取った僕は前方へと急いだ。
不安と好奇とが入り混じる人の輪の中心に、アダーンと、いかにも柄の悪そうな、3人組の男の姿があった。
リーダー格らしい大柄の男は、道にばら撒かれた金には目もくれず、蛮刀を振り回しながら、必死に逃げ回る幼い獲物を楽しげに見下ろしていた。
「大変よ」
「誰か助けてあげて」
「神様……」
そんな声がヒソヒソと聞こえてくるが、止めに入ろうとするものは誰もいない。当然だ。人間は自分の得にならないことなどしない生き物。見るからに浮浪児であるアダーンを助ける意味などどこにもないのだ。
僕だってそうする。
そうしたかった。
「おい」
まったく、我ながら甘いな、と僕は思う。
「待てよ」
おびえた目で振り返るアダーンに軽く微笑みかけて、僕はしりもちをついて震えている彼を庇うように進み出た。
「何だ若造。見たところ冒険者か何かのようだが、引っ込んでいな。俺たちはただ、この不届きなガキに世の中の怖さってやつを教えてやろうとしているだけだぜ?」
男たちは、不快な笑い声を上げた。
「そいつは俺の財布をすろうとしやがったんだ。二度とそんな悪さができないように、お仕置きしてやろうというのさ。腕の一本や二本頂戴してな」
「へえ、物騒なことを言う。だがそれだけ脅せば十分だろう。腹をすかせた浮浪児のしたことだ、許してやったらどうだ?」
僕の言葉に、そうだそうだと、観衆からの無責任な声が飛ぶ。
まったく、正義のヒーローなんて気取るものじゃない。
正直、僕は目の前の暴漢より、まずそいつらを切り伏せてやりたいぐらいだった。
観衆からの野次に刺激されたのか、ますますいきり立った男たちは、怒声をあげ、威嚇するように蛮刀を振り回した。屋台に詰まれた果物や陶器が、派手な音をたてて地面に転がり、観衆は悲鳴を上げて後ずさった。しかし遠巻きにするだけで一向に散らないのが、人の性というものか。
「アダーン、お前も下がっていろ」
僕の言葉に、アダーンは怯えた目をしながらも、頭を横に振った。
「でも、俺のせいで……!」
「バーカ、お前が足元にまとわりついてたら邪魔なんだよ。人ごみに紛れてさっさと逃げろ。僕もちょっと遊んだらすぐに行くさ。お前との勝負はまだついてないからな」
「あ、ああ、わかったよ。先に行って待ってるからな……!」
「待て小僧!」
走り出したアダーンに、男たちが怒声を張り上げる。
僕はレイピアを身構えて、彼らの前に立ちふさがった。
金になりもしない人助けなんてするガラではないが、どういうわけか昔からガキには甘い。
僕もまだまだだなあ・・・と思い、溜め息をついた。
最低ランクのギルド員とはいえ、僕は誰より長い経歴をもつ身。こんな暴漢程度、やり過ごすのは容易いことだ。
怒りに任せてでたらめに振り回される男たちの攻撃を、適当にかわして時間を稼ぐ。
こんな連中、切り伏せるまでもないだろう。
だが……。
「!?」
「……ちっ」
しまった。
少し素早く動きすぎたせいで、耳を隠していた薄紫のターバンが、解けて地面に落ちた。
敵が呆けた顔をしている。
あちこちで、小さなどよめきが起こった。
"エルフだ……!"
"エルフだ、エルフだぞ……!"
"…ま…えろ"
「うお?!」
マヌケな声を上げる男の肩をステップに、僕は近くの屋根に飛び移り、そのまま屋根伝いに移動したあと、しばらくしてアダーンとの約束の場所へと戻ってきた。
「ロアーヌ!」
顔を輝かせる少年に、僕は苦笑とともに戦利品を投げてやった。
「勝負は僕の勝ちだな」
「ちぇ、悔しいけど認めてやらぁ」
「ところで、どこかいい宿を知らないか?その金で、僕とお前が一晩泊まれればいい」
耳を押さえながらそういうと、アダーンはようやく僕の正体に気付いて目を丸くしたあと、慌てて財布の中を覗き込み、言った。
「勝負はお前の勝ちだけどさあ……ロアーヌ、お前のスリの才能とやらもしけてんな」
重けりゃいいってもんじゃないぜ。
そう言って渡された袋の中を覗き込み、僕はがっくり肩を落とした。
「ちっ、とんだ遊び人の財布だったな」
カジノのコインばかりが安っぽく輝く、まるで誰かさんの財布だった。