交易都市②
さて。
とりあえず今日一日の食料は何とかなるとしても、文無しじゃあ話にならない。こんな町ならその気になればいくらでも金の手に入れようはあるが……どうしたものかな。
そんなことを考えながら裏街道を歩いていると、路地の片隅に置かれた古い木箱の上に、見覚えのある姿があるのに気づいた。相手のほうも僕に気づいたらしい。一瞬びっくりしたような顔をして、それから逃げ……るかと思いきや、意外にも彼は不満そうに僕を睨みつけると、そのままプィと横を向いただけだった。
「おい、クソガキ」
先刻僕の財布を盗んだ少年である。年のころはまだ10に満つまい。ぼさぼさの頭に、ボロボロの服。長いこと風呂にも入っていないのだろう、傍によると異臭さえする。だが、もし身なりを整え、もう少し大人になれば、きっと見栄えのする青年になるだろう。そんな風貌の少年だった。
「人の財布を掏っておいて、逃げないとはいい度胸だな」
「なんでぇ、あんな時化た財布に未練でもあんのかよ」
「未練があろうがあるまいが、お仕置きをする口実にはなるだろ?それとも、そんなに僕が寛大そうに見えるのか?」
「別に。弱っちそうなだけさ」
「はぁん?言ってくれるね」
不貞腐れている顔にオレンジを一つ投げ、僕は少年の隣に腰を下ろした。
訝しげに僕を見ながら、それでも与えられた果物に被りつく少年。その姿を好もしく思いながら、僕もオレンジを剥く。
みずみずしい果汁の滴るそれを頬張りながら、僕は少年に向かっていった。
「ま、僕がたまたま優しい人間だから良かったけどな、こういうときは大人しく逃げたほうがいいぞ」
オレンジを食べるのに夢中になっている少年は、話を聞いているのかいないのかわからない。
僕は構わず続けた。
「それに、スリをするならもっと獲物を選ぶべきだな。リスクってのはなぁ、見返りがあってこそ負う価値があるんだ。人生、勝負の鍵を握るのは、そのリスクが負うに値するものかどうか見抜く目だ。運や天賦じゃあない」
「お前にはその才能があるのかよ」
両手についた果物の汁を懸命に舐め取ろうとしながら、不機嫌そうな顔をして、少年が僕を見上げた。
「少なくともおまえよりはましな自信はある」
「なんだとぉ!じゃあ、勝負してみるか?!どっちがより重い財布を取ってこられるか」
「いいけど、勝負にならないと思うよ。何しろ実践回数が違うからな」
「……お前、冒険者じゃないのかよ?」
「最低ランクのね」
「やっぱり雑魚じゃんか!」
叫びながら立ち上がり、少年は啖呵を切った。
「今すぐ勝負だ!財布を1つ取ってきて、中身の金額を競う。10分後、ここで再会だ、いいな!ええっと……」
「ロアーヌだ」
「俺はアダーンだ。いいな、ロアーヌ!逃げるなよ!」
威勢良く駆け出していった後姿を見送り、僕はやれやれと肩をすくめた。