交易都市①
早朝の港は、何処も交易船の荷降ろしで活気付いていた。
男たちの掛け声と、陽気な歌声が耳に心地よい。
海鳥の鳴き声にふと空を見上げる。
澄み切った青い空に、掴めそうな雲の塊。その白と青の間を、自由に飛 び回る鳥たちの群れ。
港町では朝市が始まっている頃合だろう。軽快なリズムの音楽が、爽やかな朝 の風に乗って聞こえてくる。
長い船旅のあとだ。ギルドへ向かう前に、久しぶりに新鮮な果物でも口 にしたい。僕はそう考え、町の方へと足を向けた。
港から続く路地を抜けると、そこはすでに華やかな賑わいを見せていた 。色とりどりの市が軒を連ね、行きかう人々の表情は皆笑顔だ。しかし、 大勢の人々で賑わいを見せるこんな町でも、エルフの血を引くこの外見は目立つ。いや、こんな町だからこそ、僕を「商品」として狙う輩も少なく はないはずだ。実際、何度か目をつけられて夜中に船に連れ込まれ、その まま売り飛ばされた経験もある。そんなことをいちいち気にしていたらとても旅など続けていられないが、多少なりと用心をしておくに越したことはない。と、僕は今長い耳を薄紫のターバンで隠していた。
正直、人ごみはあまり好きではない。
けれど、人々の出会いと別れが交錯する……こんな街の居心地は悪くない。絶え間なく流れゆく時間の中に、ほんの一瞬僕が現れて消えても、誰も気にとめるものもいないだろう。それがあまりに、日常だから。
威勢のいい声を張り上げて、中年の男が果物市を広げていた。日に焼けた浅黒い肌と、逞しい体躯つきは、青果を扱うより魚でも叩き売っているほうが似合う気がする。そんな店主の風体に引かれて、僕はその露店へ立ち寄った。
「よう、綺麗な剣士さん。新鮮な果物がそろってるぜ、一つ買っていっておくれよ」
声をかけてきたその店主に、僕はことさら嫣然と微笑んで、流し目を送った。
「新鮮でも味が良くなけりゃ、ねぇ」
反社会的だろうが倫理観に欠けているといわれようが、持てるものは最大限に生かしてなんぼというのが僕の主義だ。せっかくエルフの血を引いたこの美貌を生かさない手はない。
たちまち鼻の下を伸ばす店主に、散々味見をさせてもらったあと、僕はオレンジ3つを購入し、大量のおまけを手にしてその店をあとにした。男なんて、みんな単純なものだ。もっとも、だからこそ男は愛しいのだが。
紙袋を両手で抱えながら、人ごみを縫ってギルドへ向かう。正直おまけが多すぎたな……などと思いながら歩いていると、不意に腰の辺りに衝撃を受けた。
「イッテ」
思わず荷物を落としそうになりながら、「やられた」と僕は思った。どうやら財布をすられたらしい。犯人と思しき少年が、人の波を掻き分けるようにして路地裏に消えていくのが見えた。
「……ま、いいか」
実は、この果物を買った時点で、僕の所持金はほとんどつきかけていた。財布に詰まっているのはせいぜいカジノのコインの残りぐらいなものだ。パンの一切れでも買ったら、あとは捨てるしかないだろう。
僕がこの町にやってきたのは、今回の仕事の相棒となる相手とギルドで落ち合うためだった。一人より相棒がいたほうが仕事がしやすいし、心身懐ともに潤う。あまり、個人的に名を売りたくないためもあるが、そんなわけで僕は大抵いつもギルドでの仕事には、共に行動してくれる相棒を募集していた。僕の出した条件に丁度見合った男が相棒を探していると連絡を受け、有り金はたいてこの港行きの船に乗ったのだ。
だが……
「行方不明ぃ!?」
待ち合わせ場所であるギルドにたどり着いた僕は、マスターからそんなことを聞かされて愕然とした。
「そりゃあ約束の日に2週間も遅れてこられちゃあな、待ちきれなくなっても仕方がないというものだぞ。若い奴ならなおのことだ。ちょうど一週間前に出て行ってそれっきりだな。おおかた、血気早ってくたばっちまったんだろう。ま、駆け出しのヤツには良くあることさ」
「……」
なんてことだ。と、僕は天を仰いだ。そりゃあ2週間も遅れてきた僕が全面的に悪いだろうが、船旅に遅延はつき物──とはいえ半分以上の責任は僕がのんびりしていたせいなのだが──もう少しぐらい待っててくれたって……よくないか、やっぱり。
「邪魔したなっ」
僕はそういい残してギルドをあとにした。