大神殿⑤
ローエンが王になってから治安が安定し、小国は一度も他国に攻め込まれることもなく、平和が続いた。
知謀に長け、時に冷酷なまでに秩序を重んじた王には、名声とともに常に黒い噂も付きまとったが、心優しく、時に愚かなまでに情深い王妃を生涯そばに置き愛し続け、決してその言葉を無視することなく、むしろ積極的に意見を取り入れようとし続けたことが、愛に溢れ正義と秩序に守られた国家を、国民を、作り上げることに成功した大きな理由だったのだろう。
どちらが欠けていても、それは成功しなかった。まるで正反対の才を持つものが、それでも互いに愛し合ったことが、この国を小規模ながら決して揺るぐことのない大国に為しえたのだ。
「……もう、ずいぶん昔の話だ」
僕は煙草を吸い込み、ゆっくりと上を見上げた。
神殿の奥。
決して一般には公開されることのないというその部屋の祭壇の後ろに祭られた、白い大理石の立像。
こんなものを、作らせていたとは。
ゆっくりと煙草を吐き出し、僕は軽く目を伏せて、遠い過去へ思いを馳せた。
神殿の鐘の音が、荘厳に鳴り響く。
晴れた日。
祝福された二人の門出に、それは相応しい日だった……。
ローエンが死んでから10年。残された王妃アニエスは、3人の息子たちと力を合わせ、立派に国を守って逝った。
あの日はまだ小さかったこの神殿も、麗しい王と王妃の恋の美談が評判を呼び、世界中から人が訪れる大神殿となった。
しかし、どんなに規模が大きくなろうとも、婚姻をつかさどるという両性具有の神を祭ったこの神殿は、かつてと変わらず清楚で、慎ましやかな印象を崩してはいない。
「もう少し、早く会いに来ればよかった」
祭壇に安置された王妃の棺に、僕は花束を置いた。
アニー。
いい夢を、ありがとう。
まるで神を崇めるように深々と頭を下げる神父に、僕は煙草を挟んだままの手を軽く振って、神殿をあとにした。
END