大神殿④
王宮の門をくぐり、役人に用件を伝えると、意外なほどあっさりと謁見の間へ通された。会えば解る。まだ、離れ離れになってから12年しかたっていないのだから。と、若き王は言ったらしい。
ナタール王ローエン。
あどけなさを残すその顔は、想像していたよりもずっと若かった。だが良く考えてみれば、彼はアニーよりも2歳年長なだけなのだ。町での評判から少々酷薄そうな顔を想像していたが、穏やかで優しげなその容貌は、どこか儚ささえ感じさせた。
「アニエス!」
そこには、何の恐れも警戒もなかった。
ただ純粋な喜びに顔を輝かせ、青年王はようやく探し出した恋人に駆け寄ると、戸惑い震えるその細い体をしっかりと胸に抱き寄せた。
「アニエス……ずっと探してた」
優しい声が、少女の耳元で囁くように語り掛ける。
「アニエス、君が人買いに攫われたらしいという話を聞いてから、ずっとこの日を夢見てきた。君はきっと私には想像もつかないような過酷な人生を送ってきたのだろう。本当によく耐えていてくれたね。もう、諦めようと思ったこともあった。しかし……私にはどうしても、君との約束が忘れられなかった。幼い日の誓いといえども、私の気持ちは真剣だった。そしてそれは今も変わっていない。いや、むしろあの頃よりも強く、私には君が必要だと感じるのだ」
「でも……でもローエン。アタシはもう、昔のままのアタシじゃないのよ。だって、アタシは……」
「何も知らない子供でいられなくなってしまったのは、私も同じだよ、アニエス。君がいなくなってから、私はここまで来る間に……知りたくはなかった様々なものを見、経験してきた。だがそれでも、大切なものは見失わずにきたつもりだ。それは、君と過ごした幼い日々があればこそ……。日々が君といた穢れのない日々を、君と二人ならまた再び作り上げていける気がする。だから私には、今こそ君が必要なのだよ、アニエス」
アニーの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
宝石のように煌くそれを掬い取るように、ローエンが口付ける。
そんな二人を背に、僕は一人、部屋をあとにしようとした。
「待ちたまえ」
と、声がかかった。
「待たれよ、冒険者よ。君の働きに対し、私はまだ何の礼もしていない。この感謝の気持ちを、どう君に報いればよいか聞かせてほしい」
ローエンのその言葉に、しかし僕は立ち止まらずに答えた。
「僕の望みは唯一つ。アニーがこの先をずっと幸せに生きてくれることだ」
「ロアーヌ……」
「さよなら、アニー。元気で」
待って!と、アニーが叫んだ。
けれど、僕は振り返らなかった。
格好付けたつもりはない。
僕はただ、信じてみたかったのだ……夢物語と、いうものを。
その夢が叶うのならば、他には何も要らない。
それは真実、僕の唯一の望みだった。