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灰色のロアーヌ  作者: レエ
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大神殿③

 それはもしかしたら、運命の導きというヤツだったのかもしれない。

 普段ならあまり興味も持たない、人探しの依頼。

 僕は何故か吸い寄せられるように、ギルドの掲示板の中にあったそれに目を留めた。


『捜索依頼』

  アニエス=エンダール 22歳 女性 白人 金髪 瞳の色は緑

  出身国ナタール王国 鍛冶職人の娘

  無事見つけ出したものには望みの報酬を与える。


  ナタール王 ローエン一世


 アニエス・・・アニー?

 単なる偶然かもしれない。だが、僕は何故かそのとき確信めいたものを感じていた。

 掲示板から毟り取るようにして引き剥がしたその依頼を、僕はギルドのカウンターへ叩きつけた。


「オヤジ。この依頼、詳しい話を聞かせろ……!」


***


 広い海原を渡り、2日ほど馬を走らせてたどり着いたその町の風景に、アニーは涙を流して歓喜した。

「間違いないわ!アタシの街、アタシの故郷よ……!ああ……何も変わってない。何も変わっていないわ!」

 ナタール王国。山間の小さなその国が、アニーの故郷だった。最近王と嫡出の4人の王子たちが相次いで亡くなり、まだ歳若い妾腹の王子があとを継いだばかりだという。

 アニーの父は宮廷御用達の鍛冶職人だったようだが、彼女は自分の幼馴染が王家の血を引く人間だとは思っていなかったようだ。放蕩な王にはたくさんの庶子があり、身分の低い女を母に持つ妾腹の王子達は母の生家で育てられているものが多かったらしい。大人たちには重大なことでも、子供同士の付き合いにおいては、身分の壁など脆いものだっただろう。アニーとローエンも、ただの幼馴染として、幼い友情と愛情を分かち合っていたのだ。

 ローエンは幼き日より神童の名高く、アニーが行方不明になって以後、しばらくして王の信頼を得るようになり、宮廷に身を置いていたのだという。

 王や王子たちの死にローエンが絡んでいるという噂もないわけではなかった。しかし元々評判のよくなかった王に代わり、聡明で庶民に近しい存在でもあったローエンが王になることを望む国民が多かったために、噂はむしろ武勇伝のように好意的に人々に語られていた。

「でもロアーヌ、アタシ……アタシ、どうしたらいいの?ローエンがアタシを探してくれてたなんて、夢みたいな話だけど……アタシ、もう彼に堂々と顔向けできる女じゃないわ」

 だってアタシ、汚れてしまった……そういって俯いた彼女の横っ面を、僕は思い切りひっぱたいた。

 床に崩れ、潤んだ瞳で驚いたように僕を見上げる彼女の襟首をつかんで、僕は言った。

「バカ!いいか、誰だって逃れようのない不運に見舞われることもある……でも、お前はそれに耐えて立派に生きてきたんだろう?!運命と戦って、今日まで生きてきたことを誇りこそすれ、恥じることがどこにある!」

「ロアーヌ……」

「お前は女だ。女が男の胸に飛び込むのに、他に条件などいるものか!職業や身分なんて関係ない。お前は女だ。それだけで、男の愛を受けるには十分なはずだろ!?」

 叫んでいるうちに、僕はだんだん情けなくなってきた。僕はこの言葉を、アニーに言っているわけじゃない。自分に言い聞かせているのだと、気づいてしまったから。そして僕は……どんなに望んでも、本物の女には、なれないことを知っていたから。

 アニーも、そんな僕の気持ちに気がついたのだろう。

 自分を掴みあげている僕の手を、アニーはそっと握った。そこから伝わってくる彼女の優しさと、罪のない同情の気持つが辛くて、僕はその手を振り払った。


「ロア……」

「アニー、お前が迷う気持ちは分かる。だが、叶わない夢を生涯見続けながら生きていくのと、その先に何が待ち受けていようが一度でも夢を掴み取るのと、どっちが幸せかと問われて前者を取るような臆病者には、チャンスなんて二度と巡ってこないと僕は思う。手の届かないものを追い続けて生きるのが悪いこととは言わない。でも、チャンスが巡ってきた時に立ち向かえないんなら、そんなものはじめから持てたって仕方のない夢だったってことじゃないのか?」

 それに、ローエンという男にとっては、むしろ"父王の悪政の犠牲となったともいうべき幼馴染を妻にする"という美談は、好都合でさえあるだろう。一人を救ったことによって、たとえ他の犠牲者の行方がわからぬままでも、彼はよほどの悪政を敷かない限り、評価を落とすことはなくなる。

 だがもちろん、そんな勘繰りはアニーには不要なことだ。

 もしローエンが狡賢いだけの男なら、何も本物のアニーを探し出す必要もない。わざわざ探しているということは、彼にも忘れられない想いがあるのだろう。そう思いたい。

「ロアーヌ……ロアーヌ、ごめんなさい。あなたの言うとおりよ。アタシ、間違っていたわ」

「分かったら行くぞ。僕は本当なら、女のお守りなんてしたくないんだからな」

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