大神殿②
「あなたの体、こんな秘密があったのね」
僕の胸に、紅く高揚した頬を寄せて、アニーは言った。
「素敵ね」
おそらく本心から言ってくれたのであろうその言葉に、思わず僕は眉をしかめた。
いくらその言葉が嘘ではなくても……彼女に僕の苦しみは分からない。
僕は何も言わず、枕元の煙草に手を伸ばして火をつけた。
「女性を抱いたのは初めて?」
「プライベートではね。世の中にはいろんな趣味の変態がいる」
「そう……そうだったの。あなたは、アタシと同じように……。そうなのね?だから、とても身近に感じたの……」
アニーはそういって目を伏せ、そっと小さく溜息をついた。
「あなたを見てたら、思い出しちゃったな。アタシね、好きな人がいたの。っていっても、まだ小さな子供だった頃の話よ。2つ年上の、綺麗な銀色の髪の男の子だった。ある日アタシたちは小さな神殿の中庭に忍び込んで、大きくなったらここで結婚式を挙げようねと誓ったわ。その神殿には一人の神様が祭られていて……婚姻をつかさどるその神様は、夫婦が常に一心同体であるようにと、両性具有の姿をしていたの。とても、とても綺麗だったのを覚えてる。その、すぐあとだった……」
「……」
「今日はあなたが助けてくれたからよかったけど……あんなことがあると、とても不安になるの。蹴られたり、殴られたり……一生懸命溜めたお金を盗られたことも一度や二度じゃない。そのたびに、いつか叶うと信じていた夢が見えなくなりそうになる。アタシは一生このままなのかしら?いいえ、明日を無事に生きられるのか、そんな自信さえなくなる。アタシ、どうして生まれてきたの?何故、こんな目にあわなければいけないの?一生懸命生きていれば、いつか報われる日は来るの?それは……いつなの?」
僕は答えなかった。
答えるべき言葉も見つからなかった。
どんなに強く願っても叶えられない望みもあると……僕は、嫌というほど知っている。
彼女のほうも、答えは求めていなかっただろう。
それでも僕には、エルフの血によってもたらされた時間がある。老いることのないこの身体は、僕に終わることのない絶望とともに無限の希望も与えてくれた。生きる意味を求めて世界を旅する時間も、犯してしまった間違いをやり直すチャンスも、僕は人より多く持っているに違いない。
しかし、普通の人間である彼女の持っている時間は短い。夢を叶えるチャンスなど、人生に一度巡ってくれば上出来だ。
かける言葉が見つからないまま、すすり泣いている彼女の柔らかな金髪を撫でていると、やがて安らかな寝息が聞こえてきた。
せめて眠っている間だけでも、良い夢が見られるといいと僕は思った。
また会いに来てね。お願いよ……。
その言葉を背に、彼女の部屋をあとにする。
正直、二度と会うつもりもなかったが、寂しげに潤んだ大きな瞳が、何故かずっと気になっていた。