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妹のカレー

「お兄ちゃん! 今日はカレーですよ!」


「ああ、そうなんだ」


「は!? 男の人はカレーだとテンションが上がるとものの本には書いてあったのですが……反応薄いですね?」


 なんだその偏った情報は……しかも情報が昭和っぽいぞ……


 睡は気を取り直して俺に言う。


「嬉しいですよね?」


「えっと……」


「う・れ・し・い・で・す・よ・ね・?」


「はい、嬉しいです」


 この会話は無限ループになりそうだったので早々にたたんでしまった。睡が圧をかけてくる会話は否定してはいけない、後が怖いからな。


「というわけで材料を買いに行きましょうか?」


 そんなわけで俺たちはカレーの材料を買いにスーパーに行くことになった。コイツも大概思いつきで行動するやつだななどと考えながら財布の用意をする。


「お兄ちゃん、いきますよー!」


「はいはい、今行くってば」


 部屋の外から催促が来るので着替えもほどほどに部屋を出る。睡はただ単にスーパーに向かうだけだというのに随分とめかし込んでいた。


「お兄ちゃんはお洒落をしてくださいよ! 私と一緒に歩くんですよ? もうちょっと意識してもいいんじゃないですかね?」


 何を意識しろというのか、無茶を言わないで欲しい。それに俺は基本的にセンスなんてものはない。この服だって比較的マシな物を選んだ結果だ。それに対してケチをつけるって普通に酷くないか?


「お兄ちゃんはしょうがないですね……ま、行くとしましょうか!」


 そのあと、ようやく家を出ることになった。九月にしては暑すぎるが最近の気候変動のせいだろうか? 最も環境保護など微塵も考えていないのだが。


「暑いなあ……」


「夏は暑いもんですよ」


「九月は秋だと思うんだが」


 暦の上では秋、いい加減暦上の季節が意味をなさなくなってきている気もするが、昔の季節の定義では一月が春だったらしいので元々そういった意味は無かったのかもしれない。


「お兄ちゃんは少しでいいから根性を持ってくださいよ! 可愛い妹と出かけられるのに嬉しくないんですか?」


「はいはい、嬉しい嬉しい。嬉しいから暑苦しいことはやめような」


 自分で可愛いと言わなければ奥ゆかしいとも思うのだが、睡は自分が可愛いと言うことを確信しているので自意識過剰にさえ近くなっている。残念な美少女と言った感じだろうか。


「じゃあスーパーに行きましょう!」


 睡は俺のいい加減な返事でも機嫌を直したらしく楽しそうに歩んでいった。しかし数分後には睡も大概暑そうにしていた。口には出さないあたりが俺との決定的な違いなのだろう。


「ねえお兄ちゃん、こうして一緒にお買い物が出来るのは良いことですね?」


「え? ああ、そうだな」


 些細な幸せというものだろう。そんなものにこだわることはしばらく無かったのでなんとなく良い気分になった。


「お兄ちゃん、ずっとこうして一緒にお出かけできると良いですね!」


「そうだな……」


 家族というのはそういうものであって欲しいと思う。いつかそうではなくなるにしてもそれが続いて欲しいと思うのは嘘ではなかった。


 そんなやりとりをしているうちに赤い看板を掲げたスーパーに着いた。


「さ、買いましょうかね」


 そう言ってカゴを手に取る睡、先ほどまで心細そうにしていた面影は全く無い。


「じゃあとりあえず玉ねぎと人参ですね! あとジャガイモはアリかナシかですが……お兄ちゃんはどっちがお好みですか?」


「俺はカレーにジャガイモはアリだと思うぞ」


「じゃあそれもリストに追加で」


 スマホを取り出してメモアプリを開き、おそらく買い物メモだろうものを操作していた。


「なるほど……高いのと安いのどっちにしましょうか……高いから良いというわけではないですがお兄ちゃんに振る舞うとなるとそれなりにこだわりたくも……」


 キリがなさそうなので俺が人参と玉ねぎをポイとカゴに放り込んだ。いくらここが涼しいからと言って無駄に長居するような場所でもないだろう。ここでのこだわりが良い影響を及ぼすとも思えない。


「お兄ちゃんはオーガニックとか気にしない人なんですか?」


 俺が一番安いものをまとめて放り込んだのが気になるらしくそう聞いてきた。


「安けりゃ良いだろ? 俺は地球環境だの100年後の人類だのなんて気にしないんでな」


 100年後の気温が一度上がっていようが大したことではないと思う。環境保護過激派がキレそうだが、自分が死んだ後のことなんて気にしない『後は野となれ山となれ』精神が遺憾なく俺の心を満たしていた。


「ジャガイモは……メークインでいっか」


「よし! じゃあお兄ちゃんの好みをこの際楽しみましょう! 材料はお兄ちゃんが選んでください!」


 睡がそう宣言したので俺はさっさとカレールウの棚に向かった。激辛のルウを選ぼうと手を伸ばしたところでその手を睡が掴んだ。


「お兄ちゃん……それはやめませんか?」


「だって俺に任せるって……」


「それにしたって激辛はやめましょう! 私は辛いのは苦手なんですよ!」


「はは……」


「むぅ……お兄ちゃん、その顔は子どもっぽいって思ってますね?」


 睡が頬を膨らませてそう言う。


「別に恥ずかしいことじゃないだろう? 辛いものが苦手な人だっているさ」


「お兄ちゃんは辛いのが好きなんですね……」


 俺は手に取ろうとしたルウを下の段にある子どもでも手に取りやすい位置に並べてある甘口のルウをカゴに入れた。


 睡は子ども向けにされたことに少し不満そうだったが、自分で言い出したことで変更されたのでそれに不服は出さないようだった。


「さて、肉は……豚肉でいいか?」


「いえ、ここは景気よく牛肉にしましょう! お兄ちゃんに作ってあげるなら奮発したいところです!」


 そんなことを言うので俺は牛肉の切り身を手に取りカゴに入れた。ついでにそこに置いてあった牛脂も一つ手に取っておいた。


「さて、材料はこんなところかな」


 睡は少し怪訝な顔をする。


「お兄ちゃんは意外とシンプルなのが好きなんですね?」


 どうやら材料が少ないことが気になるらしい。俺はカレーに無闇にコーンやピーマンを入れていくのがいいとは思わない。確かに美味しいのだが睡と一緒に食べる以上好みの分かれるものを入れない方がいいのではないかと言う判断だった。


「シンプルなのはいいことだぞ?」


 そう言ってカゴをレジに持っていった。


 会計を済ませ(レジ袋はもらった)全部を袋に放り込んで帰途についた。睡は自分で袋を持とうとしたので俺が持つと言って袋を持って帰ったのだった。


「さて、作りますかね!」


 帰宅するなり睡はやる気満々で材料を切り始めた。


「まだ時間はあるだろ?」


 まだ日の高い時間なので急いで作る理由も無いと思うのだが、睡は気合いを入れていたので聞く耳を持たなかった。


「お兄ちゃんへの料理ですからね! 手抜きはしませんよ!」


 そんなわけで美味しそうなカレーの匂いが部屋に漂ってきたので俺も少し腹が減ってきたのだが、夕食なのでそれを楽しみに待つのだった。


 いくら暑いと言っても九月は九月、しっかりと夕日の落ちるスピードが速くなってきていたのでカレーを食べる頃には日が落ちつつあった。


「美味い!」


 睡はその言葉を聞いて顔を輝かせた。


「でしょう! 私の腕がいいんですよ!」


「そうだな、お前の料理の腕はすごいよ」


 素直に賞賛しておいた、久しぶりのカレーは確かに美味しく、俺が作ったのではここまでのものには絶対にならないと判断できた。


 ニコニコする睡を見ながら、夕食のカレーを汗をかきながら口に運んでいった。そうして皿が空になったところで睡がにこやかに言った。


「どうです? 私にかかればお兄ちゃんに毎日カレーを作ってあげることも出来るんですよ?」


「それはまたすごいことで……」


 睡の料理上手アピールをスルーして食器を洗った。片付けたところで睡が俺に言った。


「お兄ちゃん、私は十年後も二十年後もお兄ちゃんにカレーを作ってあげたいですね」


「そうか……」


 睡が言わんとすることはともかく、当面の間俺の食糧事情が悪くならないということで、それについては安心することが出来た。


「じゃあお兄ちゃん、私はシャワー浴びて寝ますね。私と一緒に居てくれればカレー食べ放題ですからね?」


 そういって部屋を出て行った。俺は先のことは全く分からないし予想も出来ないが、今日のカレーが美味しかったことだけは確かなのでそれに安心したのだった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃんに私の手料理を一生……憧れますね……」


 私のお兄ちゃんの好みは私だけが知っていればいいのです。他の誰かに知られる必要は無いですし、私は全部をもっていたいのです。


 呆れるほど暑い気がするのですが、私にはそれがカレーのせいなのか、暑い中スーパーまで行ったせいなのか、あるいはお兄ちゃんに大胆なアピールをしたせいなのかはさっぱり分からないのですが、その日の夜は随分と暑苦しい事になりました。

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