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妹の査察

「お兄ちゃん! 大人しく部屋に入れてください!」


 俺の妹が元気に部屋の前で主張している。何がしたいのかと言えばガサ入れがしたいらしい。


 きっかけは俺の失言だった。


「この漫画面白いですね!」


「だろう? その作品の同人誌も持ってて……」


「どうじんし?」


「い、いや! 何でもない!」


 この失言が全ての始まりだった。睡はいそいそとスマホを取り出して検索を開始する。そうして見つけた同人誌の意味を理解して顔を真っ赤にして言った。


「お兄ちゃんはそういう本をお持ちですか……?」


 胡乱な目つきで俺にそう問いかける。いや、問いかけると言うより答え合わせのようなものだった。同人誌には所謂『薄い本』も多い、いや、そういった本ばかりでないのは確かなのだが現実問題目立つのは『そういう』本だと言うことだ。


 当然そんなモノを俺が持っている疑惑があると見逃す睡ではない。延々と詰問してくる。俺はのらりくらりと話題をかわそうとするのだが興味を持った睡がそう簡単に諦めるはずもない。好奇心はとめどなく膨らんでいき俺を圧殺しようとしている。


 そりゃ俺だって『その手の』ものに興味がないわけじゃないし少しは持ってる。それを妹に見せられるかはまるで別問題だし絶対にやりたくない。だから俺は全力でとぼけた。


「さあ? 何のことだろうな」


「お兄ちゃん、目が僅かに泳いでますね……それに……」


 睡が俺の手を握ってきた。


「手のひらにかく汗は冷や汗だけです、お兄ちゃんは何かを隠していますね?」


「しししし知らないなあ! おっと課題があったの忘れてた! 部屋に戻るな! それじゃ!」


 ダッシュで部屋に戻って現在に至る。


 現在俺は部屋の中を散らかしている、怪しげな場所を隠すために部屋の中にあるものを放り出して目標のブツを見つけづらくしている。


「お兄ちゃん! 抵抗は無意味ですよ! 部屋の鍵を早く開けてくださ-い!」


 睡の宣言に俺は観念して部屋の鍵を開ける、睡が飛び込んできた。辺りを見回しながら残酷そうな笑みを浮かべた。


「ふむ……これは調査が必要ですね」


 俺は必死に誤魔化す。


「いや、散らかってるから入れたくなかっただけで別に何も怪しくないよ? 満足したろ? 夕ご飯にしようぜ」


 睡は全くその言葉を意に介さず机の下を覗き込む。


「ハズレ……ですね」


 甘いな! そんなバレバレのところに隠すわけないだろう! しかし早く追い出さないと嗅ぎつけられる可能性がある。


 見つかりたくないブツは広辞苑の間に挟んでいる。あの分厚い本をカバーから引っ張り出すほど勘がよくはないだろう。


「ふむ……引き出しの中はどうでしょう」


 睡は引き出しを一つ一つ開けては閉めて裏も表もためつすがめつ観察していた。運のいいことに見当違いな方を捜索している、やはり部屋を散らかしておいたのは正解だった。


「では本棚には……怪しそうな本はないですね……いえ、でしたら本棚の裏を調べてみましょうか」


 セーフ! 圧倒的セーフ! ヤバいあたりをスルーできた以上もう見つけることは出来ないだろう。睡は考古学者のごとく本棚や机の裏をスマホのライトで照らしながら検査をしていった。そんなところからもちろん何も見つかるはずもなく無事そこの探索は終わった。そもそも見られたくないものをアクセスの悪い場所に隠すのはあまり上等な策とは言えない。しかしそんなことには全く気づかず探索を終えてしまった。


「ふむ……これ以上操作してもキリがなさそうですね……分かりました、もういいです」


 無事睡のガサ入れを乗り切った俺は一安心した。隠し場所の広辞苑は本棚から引っ張り出されたが、箱の中を一瞥してトンと置かれた。気が休まらなかった瞬間だが、あの分厚い本の間までは捜索しなかった。つまり俺は逃げ切りに成功したのだ。


 よっし! 小さくガッツポーズをして睡を部屋の外に押し出した。睡もこれ以上探しても仕方がないと判断して諦めてくれた。


 俺は睡が調べつくした部屋を片付けながら考える。やはり妹モノの薄い本を持っているのはマズいだろうか? しかし今更の処分にはあまりにもリスクを伴う、無事隠し通せるように気をつけた方がいいな。


 部屋を片付け終わってから本棚も元に戻そうとして考えた。今まではアクセス性から辞書を目線の棚にしまっていたが、冷静に考えると思い本を本棚の上の方に置いておくのは不自然だ。重いものは下の方に入れておくべきだな。


 それと……


 俺は軽めの内容のノーマルな本を一冊選んで本棚の本を数冊取りだしてからその奥に横向きにした本を一冊入れてから残りの本を元に戻した。


 よし、片付け終わり!


「お兄ちゃん、まだですかー?」


「ああ、もう大丈夫」


 ガチャリと睡が入ってきた、片付いた部屋を一通り見てから本棚に目をやった。


「お兄ちゃん、ここ、本が浮いてますね?」


「気のせいじゃないか?」


 俺はとぼけた。


「ふむ……」


 睡はその本を取りだし、本棚の奥にあったちょっとセクシーな本を取りだした。


 ニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。


「なるほどなるほど、お兄ちゃんの趣味はこういったもので……ふむふむ……」


 じっくり舐めるように見た後『これは没収ですね』と言ってその本を自分の部屋に持って行った。精々昔のきわどい少年誌レベルの品を満足げに回収していったことに安心する。最悪の事態は避けられて。怪しいものをずっと隠しておくのは不可能なので、ダメージの少ないものをわざと発見させるという戦法は功を奏したと言える。


 きわどい性癖の本は薄いこともあって隠しやすかった。おとりに使った本は商業誌なのでそれなりのページ数があり、見つけやすかったので上手く見つけてくれたと言っていい。


「ではお兄ちゃん、夕ご飯にしましょうか?」


「ああ……そうだな」


 俺は落ち込んでいる風を装ってテンションが低いように見せる。


「まあまあ、そんなに気落ちしなくてもいいですよ! 私はお兄ちゃんの全てを許しますからね!」


 ハハハと笑う睡には俺が落ち込んでいるように見えて安堵しているという本心は全く見えないようだった。


 そうして夕食を食べて無事部屋に帰ってきた。睡は俺が様子をうかがうと顔を赤くして目をそらしていた。アイツも言動はアレだが意外とそういったものには慣れていないようだ。


 無事隠蔽が成功したことに安心をしてその日はゆっくりと眠ることが出来た。


 ちなみに睡はその日話をしてくれなかった。顔を見るなり恥ずかしそうにうつむいてその場を後にしていった。


 翌日にはなんともないような顔をしていたので無事普通の兄妹に戻れそうなことに安心したのだった。


 ――妹の部屋


「はぁ……はぁ……お兄ちゃんの秘密……」


 いけません、私は弁えている妹なのです。お兄ちゃんの秘密を使って劣情を催すなど上品さの欠片もないことをするわけにはいかないのです!


 ゴクリとつばを飲み込んでその本を私の部屋の本棚に追加したのでした。


 その日は眠ろうにも妄想が捗りすぎでなかなか寝付くことが出来ませんでした。

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