Googleが落ちた日
「助けてください! お兄ちゃん!!!!!!」
やかましく睡が俺の部屋のドアを叩く、朝っぱらからご苦労なことだが大したことではないだろうし二度寝しようかな……さすがにそれは酷いか……
渋々部屋のドアを開けると睡が俺に抱きついてきた。
「お゛兄ちゃん! スマホが壊れちゃいました!!」
「落ち着け。落としたのか?」
「違いますよ! エラーが消えないんです!」
そう言ってスマホを差し出してくる、そこにはGoogleが停止しましたと表示されていた。
「閉じればいいだけじゃないのか?」
ポチッと閉じるを選択すると数秒後に再びポップしてきた。ああ、コレはあれだな……
「Google先生が落ちてるな……」
「どういうことですか!?」
「ああ、時々あるんだよ、どんなサービスでも時々落ちる、Amazonや東証も落ちてたしな」
どんな有名どころだって永遠に可用性を確保することは出来ない。ネットのサービスというのは時々落ちるものだ、落ちないサービスは落ちる前にサービス終了したサービスだけだ。
「Googleほどの会社でもそういうことあるんですか?」
睡は納得がいかないらしく首をかしげている。理想論の世界に住んでいるなら想像もつかないことなのかもしれないな。現実と折り合いをつけているかどうかの違いだろうな。
「稀によくあることだし、サーバなんて落ちるもんだよ。人がやらかすなり機材トラブルなり理由はいろいろだけどな。今回はGoogleだけが落ちただけで済んでるんだからいいじゃないか。酷い時はスマホキャリアが証明書飛ばして回線が使えなくなることもあるんだぞ?」
「そんな恐ろしいことがあるんですか……?」
「あるよ、実際にあったことだから怖いだろう?」
「なんていうか……暑い日に聞く怪談よりよっぽどゾクゾクしますね……」
睡は怖いことを聞いたような目をしてスマホをギュッと握っている。まあなんだ、Googleだからそんなに心配は要らないだろう。
「とりあえずGoogleアプリを凍結させておけばいいんじゃないか? 検索エンジン自体は生きてるんだからアプリから検索する理由も無いだろ」
睡はスマホを自分に向けてタップしている、おそらくアプリを止めようとしているのだろうが、止めようとしている間にもうざったいポップアップが出ているのだろう。表情からイライラしているのが見てとれた。
そうしてしばらく操作した後、ようやくアプリの凍結が出来てポップアップが止まったらしい、ホッと一息ついている。
「お兄ちゃんの方は平気だったんですか? 大変だったでしょう?」
「俺はiPhoneだから」
Android固有の問題らしいし、iPhoneはサンドボックスでアプリを動かしているので一々落ちるたびにユーザーに迷惑な通知を出したりしない。落ちても通知がないというのは困る人も居るのかもしれないが俺としては厄介なものを見る必要がなくていいと思っている。
「お兄ちゃんは楽な方を選んだんですね……」
「人間が機械を使うのであって機械に使われたら本末転倒だろう?」
「そういうもんですか……」
「もっとも……AWSがリージョンまとめて落ちた時は困ったんだがな」
俺は以前苦労したことは忘れてしまうものなのであまり気にしていないのだが、やはり使えて当たり前のものが使えなかったら困るのだろう。とりあえずGoogleの復旧まで気を紛らわしてやるか。
「まだ眠いな……コーヒー淹れるけど飲むか?」
朝早くに起こされたのでまだ眠気がとれない、時間はあるのでコーヒーを淹れる時間はある。
キッチンに行くと珍しく料理を全くしていないらしく、綺麗に食器が収まっていた。
「じゃあ私は朝ご飯を作りますからお兄ちゃんはコーヒーよろしく」
「了解」
豆を挽いてからドリップを始める。いい香りが漂ってきた。しかし、睡は一体いつからスマホを弄っていたのだろうか? 朝食の前にスマホを弄っていたのか、別に睡がどうしようと構わないのだが睡眠時間の確保くらいはして欲しいな。
ジュウジュウとベーコンを焼く音がしてくる。トーストにベーコンはぴったりなので食欲をそそられる。
俺は砂糖とミルクを用意してドリップされたコーヒーをカップに注ぐ。真っ黒な液体で白いカップが満たされていく。
チンと音が鳴りトースターからパンが出てくる、睡はスクランブルエッグも作っていたようで朝食となった。
「一時はどうなることかと思いましたよ……」
どうやらGoogleが落ちるということを信じられないらしい。まあ落ちることの少ないサービスなのでそう感じるのもしょうがないことなのだが。
朝食のプレートが二つ並び、そこにコーヒーカップが二つ一緒に並ぶ。美味しい朝食が食べられるのは睡のおかげだ。俺も少しは手伝いたいのだが不本意なことに信用がまるで無いため食事担当からは外されている。
少しずつ朝食を食べながら睡に一言言った。
「そろそろ復旧してるんじゃないか?」
「え?」
「Googleだよ」
「ああ、なければないでいいような気もしますが食後に試してみますかね……」
そんなやりとりをして朝食は進んでいった。塩気の強いベーコンとスクランブルエッグは非常に美味しかった事をしっかり覚えておこう。パンに合うおかずを選ぶのが上手いな。
俺は食器を片付けながら睡が後ろでスマホを操作している。ようやくアプリの凍結を解除するらしい。
最後の食器を片付けたところで睡が話しかけてきた。
「お兄ちゃん! 復旧してるみたいです!」
「それは何より」
睡はスマホをすいすい操作しながら満足げに微笑んでいる。さすがGoogle、復旧まで数時間か。
「ありがとうございます! お兄ちゃんのおかげで助かりました!」
「お、おう」
そもそもスマホに頼りすぎだろうとは思ったのだが口に出すことはやめておいた。復旧したならわざわざそれに水を差すこともないだろう。全ては無事に解決したのだから……
「せっかくなのでお兄ちゃん! 登校前に私とバトルしましょう!」
そう言ってバトルロイヤルゲームを見せる睡。登校まで後一時間、そのくらいの時間はあるか。
「よっし、たまにはスマホでFPSもいいな、勝負に乗ってやるよ」
「うし! じゃあ勝負ですね!」
結局その日、睡は一回トップを取り、俺が勝てることはなかったのだった。申し開きをさせて欲しいのだがマウスとキーボードならもう少しまともな成績が出せたと思っている。
とはいえ負けてしまったので今日は睡にラーメンを奢る羽目になったのだった。
――妹の部屋
「やはりお兄ちゃんは頼りになりますね!」
私はウキウキしながら今日の出来事を思い返していました。お兄ちゃんの冷静な判断力には恐れ入ります。
しかしお兄ちゃんに頼るばかりなのは情けないので私も少しは勉強しようと思いました。なお、そのために夜更かしをして翌日に眠気を持ち越す羽目になったのでした。