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始業式前日

「うわあああああああああああああんんんんん!!!! 休みが終わっちゃう!!!!」


 俺はその声にうんざりしながらそちらを見る、今日何度目になるか分からない愚痴を叫んでいるのはもちろん妹だ。


「お前なぁ……いい加減観念しろよ? 休みだっていずれは終わるものなんだからさあ」


 始まりがあればいつかは終わってしまうもの、この世のあらゆるものがそうであるかのように休みだっていつかは終わる。当然の結果が明日やってくると言うだけだ。そう、明日は休み明けの初登校、気が進まないのは分かるが俺に駄駄をこねられても困る。


「お兄ちゃんだって面倒だって思ってるんでしょう? 普通に嫌じゃないですか?」


「いや、それは否定しないけどさ、学校に行くのは義務みたいなものだろ?」


「お兄ちゃん、『常識を疑え』という言葉を聞いたことはありませんか?」


「あるけどさ……」


 それは決して嫌なことから逃げろって意味じゃないと思うぞ。


「ほら! お兄ちゃんだって本当は嫌なんでしょう? 休みましょうよ~~~!!!」


「そう言うわけにもいかない! 明日はきっちり登校してもらうぞ!」


「お兄ちゃんのケチ!!」


 まあそんなやりとりをしながら明日の用意をしている。睡もなんだかんだとは言いつつ俺の制服を準備していてくれている。なお、本人の制服はまだ準備が済んでいないようだ、決して登校したくないから先延ばしにしているとかじゃないと思う……思いたい……


「そうだな……ああ、睡が来なかったら明日は一人で登校かー……いや、重は来るから二人での登校になるかな?」


「むぅ……分かりましたよ! いきますよ! 登校すればいいんでしょう!」


 チョロい……我が妹ながらチョロいぞ。しかし、登校する気になったならこっちのものだ。後は明日の準備をさせるだけ! あと少し押してやれば登校するだろうな。


「いやー、妹と一緒に登校したかったんだけどなあ、睡が嫌ならしょうがないなあー」


 睡が渋々と行った感じで頷いた。


「はぁ……いきますよ! 登校します! だから明日は二人きりで行きましょうね?」


 重には悪いがアイツだって分かってくれるだろう。


「よしよし、じゃあ俺と二人で登校しような?」


「はーい」


 なんとか睡のやる気を引っ張り出したので一安心だ。マジでコイツは俺が追い立てなかったらニートになるんじゃないだろうか? そんな不安があるのでとりあえず登校しようとしたことは喜ばしいことだ。


「睡、じゃあついでに小テスト対策をしておこうか?」


 睡は不敵な笑みを浮かべて首を振った。


「お兄ちゃん、私を勉強できない子扱いするのはやめていただきたい! 私はやればできる子なんですよ!」


「やれば出来たとしてもずっとやる気を出さないならそれは出来ない子と一緒だからな?」


 睡はムッとした顔で言った。


「私はお兄ちゃん相手なら本気を出すんですよ! いろいろ余計な人がいるから本気を隠しているだけです!」


 そう言われてもなあ……コイツめったにやる気を出さないもんなあ……


 コイツのやる気スイッチが何処についているのかさっぱり分からない、むしろ無い方が説得力がありそうなくらいだ。


「じゃあお兄ちゃん! 私に問題を出してください! それが解ければちゃんと勉強してるって事が分かるはずです!」


「分かったよ……問題集から難問か引っ張ってくる」


 俺は部屋に戻り問題集の数ページをスマホで撮影して睡のところへ持って行った。


「じゃあこの辺解けるか? 三角関数の基礎と現代文の基本だ」


「任せてくださいよ!」


 そう言って問題に取りかかったのだが、なんと睡はよどみなく手元のノートにペンを滑らせていった。そこに迷いは無く、まるで一度やった問題を解いているようだった。


「数学の方はこんなものですかね」


「現代文の方は……」


 そう言ってさらさらと書き記していったのは指示語のぴったり答えそのものだった。驚くことだがコイツは勉強が出来ることもあるらしい。


「うん、完璧に出来てるな……実は勉強できるのか?」


「そうなんですよ! 私はやれば出来る子と言っているでしょう?」


 やれば出来る……ねえ……大抵そういう言葉を言う奴は最後までやらないものだが、現実としてここに完璧に解かれた問題がある、この前の勉強会ではさっぱりだったのに、だ。


 まるで一夜漬けで勉強を片付けたような進歩の仕方だ。一晩で夏休み一月以上分の勉強を頭に詰め込めるのかという問題があるが実際に出来ている以上それを受け入れるしかないのだろうか。


「うん、現実に問題が解けてるもんな。認めるよ、睡は確かに僅かな時間で俺に追いついてる」


「でしょう!」


 フンと胸を張る睡、俺には一つの疑問が浮かぶ。


「でも……もっと早くからやる気を出しておけば成績上位や……いや、かなりの進学校にすら行けたんじゃないか? 何しろこの短時間でここまで追い上げたんだぞ?」


 睡はゆっくりと首を振った。


「私はお兄ちゃんと一緒に歩んでいきたいんです。そう、お兄ちゃんの先でもなく後でもなく隣を歩いて行く人になりたいんです!」


 固い決意を持って出された言葉に俺は少しの間反応が頭に浮かばなかった。数瞬遅れて睡に問う。


「俺は睡にもっとレベルの高い生活を目指してもらいたいのだがな」


「私の最大にして最高の目標はお兄ちゃんですからね! 超えず劣らず、お兄ちゃんと同じを目指しているのです!」


 無茶を言っているのは分かるがよく分からない迫力も同時に感じてしまう。睡には効く人にプレッシャーをかける能力があるのじゃないだろうか?


 というか俺についてこられると大したことのない人生になってしまうと思うのだがそれはいいのだろうか?


「俺はお前には自分の幸せを見つけて欲しいと思うんだがな、それは俺についてきても手に入らないと思うぞ?」


「何をおっしゃいますか!? お兄ちゃんは私の目的であり生きる意味そのものですよ!? 私は死ぬまでお兄ちゃんとご一緒するつもりです!」


「えぇ……」


 重い、ブラックホールより深くて重い発言と信念だった。その信念を向上心に変えて欲しいものだとは思うが、人間生き方を変えるのはそう簡単ではない、ただ俺がその基準や目標になれるほど立派な人間ではないというだけだが。


「睡、お前はやれば出来る、だからもっとやる気を出そうな?」


「私のやる気はお兄ちゃんのやる気依存パラメータですからね! お兄ちゃんが頑張れば頑張るほど私の実力が上がっていくんです!」


 俺も重大な使命を課されたものだな……


 しかしやることは決まった。俺が全力で生きていけば睡はそれに応えてくれる。だから俺はこの退屈な日々をもう少しだけ頑張ってみようと思ったのだった。


 ――妹の部屋


「う゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 なんてことでしょうか! お休みが! 貴重な長期のお休みが終わってしまいます! こんなむごいことがあっていいのでしょうか? 運命というのは酷すぎます!


 とはいえ、私は絶対にお兄ちゃんに負けることだけは許されないのです! お兄ちゃんの方が学力が低ければそれに合わせることはできます、しかしその逆に合わせることはできません、つまり私の本気はお兄ちゃんより優れていなければならないのです、これのなんと残酷なことでしょう!


「っと……ついつい暗い気分になってしまいました……」


 私はお兄ちゃんのために、再び学校での生活を頑張る必要と目的が出来たのでした。


 そしてその夜、私は夏休みの間お兄ちゃんに使っていたエネルギーと同じくらいの量を一夜漬けに使うのでした。

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