休み明けに向けて
むすっ…………
睡が非常に不愉快そうに顔を歪めて座っている。俺と睡との机を挟んで向かいに座っているのは重だ。
「お兄ちゃん! なんで重さんがいるんですか?」
そう、俺と重が総力を挙げて行わなければならないことがあるのだ。
「睡ちゃん、もうすぐ休みが終わるけど勉強は……」
「あーあー! きーこーえまーせーん!」
「睡、現実に目を向けような?」
そう、睡の学力がこのまま休み明けを迎えるとヤバいと言うことで俺と重で睡に勉強を教える必要があるのだった。俺も自主性に任せていたのだが、一向に何かを学んでいる様子が無かったのでやむなくこうして勉強会を開催することになった。
「お兄ちゃんは私を信用できないんですか!?」
「俺だって信じられないことくらい……ある……」
「ひどい!?」
「睡ちゃん、いい加減覚悟しましょう? 人は学ぶことをやめられない生き物なのよ?」
「じゃあ私は人間をやめます!」
「お前……そこまで嫌かよ……」
我が妹ながらここまでやる気が無いとは思わなかった。これは難航しそうなのが始める前から見えてしまっている。というか人間をやめてまで勉強がしたくないのか……
「じゃあせめてお兄ちゃんとのマンツーマンを所望します! 重さんはいる必要ないでしょう?」
「ひどいわね……誠じゃ教えられない科目だってあるでしょう? その辺を教えてやってくれって頼まれたのよ?」
「ぐぬぬ……」
俺がダメ押しの一言を伝える。
「俺は聞き分けの良い妹が好きだな」
睡はため息を一つ吐いて観念したように頷いた。
「お兄ちゃんの好みには出来るだけ合わせましょうか……しょうがないですね、教えられてあげますよ」
何故か偉そうだがとにかくその気になったならこの機会に出来る限り小テストに向けて内容を詰め込んでおかないとすぐに漏れ抜けていってしまう。ミッチリ詰め込み教育の始まりだった。
そうして日が高くなってきた頃に、ようやく主要三教科の赤点ラインを超えるくらいのところまで教えたところで睡が立ち上がった。
「そろそろお昼ご飯にしましょう! 腹が減ってはなんとやらです!」
「そうね……正直休憩しないと厳しいわね……」
重が音を上げていた。コイツは我慢強い方だったと思うがどうにも睡の覚えの悪さには限界が来たらしい。さすがに現在進行形から教え直すのには骨が折れたのだろう、俺も現代文が理解できないと言われた時には頭が痛くなった。
そんな数々の難関を経て、ようやく高校一年生ギリギリくらいのレベルまで持ってきた、正直ここまで短時間で持ってきた俺と重は褒められてもいいと思うんだ。そのくらいの難問だった。
「お昼ご飯はオムライスでいいですね? 『わざわざ』来てくださった重さんに作ってもらうわけにもいきませんし私が作りますね!」
「睡ちゃん、私が作っても……」
「お客さんにそんな手間をかけさせるわけにはいきませんから! それともお兄ちゃんの手料理を所望ですか?」
「ひぇっ……それはちょっと勘弁してくれないかしら……」
「俺の扱い酷くない? そこまで料理が出来ないとは思ってないぞ!?」
「お兄ちゃん、普通日本で使われている調味料を使って真っ青な料理は作れないんですよ? 青色一号を使ったようなものを作れるのはどうかしてるんですよ……私はあの時お兄ちゃんが料理にポーションを注いだのかと思ったんですからね?」
「私は紫色になってるのを見たわ……PHの値チェックに使う試薬を料理に使ったのかと思ったわね……」
酷い言われようだ。ちょっと色がおかしかっただけじゃないか、そこまで言われる覚えはないぞ! まあ、ほんのちょっとだけ前衛的な味がした料理だったとは思うが……
「本人に自覚は無いんですよねえ……」
「さすがにアレは無理だわ……」
二人からの料理NGが出て、睡が自分が作ると強硬に主張したので昼食は睡のオムライスになった。
俺はどうしようもないので残念ながら出来ることは何もなかった。
「ああ、そうだ。誠、Wi-Fiのパスワード教えてくれない? 今月通信量ヤバいのよ」
「それは構わないが……」
俺は手元のスマホでLANを区切って宅内LANが覗けないように隔離設定をしてからそのアクセスポイントのパスワードを教えた。
「あ、繋がったわね、じゃあ早速探索を……」
あぶねー!? 隔離しておいて良かった! 何をナチュラルにデジタル家捜しし始めてるんだコイツは!?
「誠、このアクセスポイントはゲスト用ね?」
「そらそうだ、誰が教えるなり探索を始めるやつをLANに入れるんだよ? 通信はちゃんと出来るんだからいいだろ?」
「ちぇ……」
悔しそうにしているが俺たちのプライバシーが守られたことにほっとして胸をなで下ろした。
「でも……誠が人に見せられない内容を保存してるって事だけは分かったからいいけどね!」
「悪意のある解釈はやめてくれませんかねえ!」
ちくしょう……なんでガサ入れを拒否しただけでこんな言われ方をしなきゃならないんだ……
「お兄ちゃん! お昼ご飯ですよ!」
睡からの割り込みで話はそこで打ち切られた。俺にも弁解の余地くらいあると思うんだがなあ。
「睡ちゃん、私もいるの分かってるよね?」
「そうでしたね、重さんもついでにどうぞ」
俺への扱いが酷かった割に自分への扱いが悪いとショックを受ける重だった。自分がされて嫌なことをするなって事だな!
さっきまで教科書が置いてあったテーブルには現在オムライスが三つ置かれ、ケチャップで俺のオムライスにだけハートマークが描かれていた。睡の方には適当にかけたものが、重の方にはそもそもケチャップがかかっていなかった。
「「「いただきます」」」
「美味しい!? 睡ちゃん料理の才能は有るのね!」
「才能『は』というのが気に食わないですが、まあ料理は得意ですし、何よりお兄ちゃんの料理を毎日食べるという修行をするほどの気力もありませんからね」
「俺の料理そんなに酷いかなあ……」
「「!?!?」」
「マジですか……気づいてないって……」
「私も誠のこのメンタルはすごいと思うわ……」
なんだか二人に散々なことを言われてから昼食が終わった、早速食器を洗って昼寝をするという逃げの一手をうとうとする睡に俺が言った。
「食器は洗っとくから重に物理を教えてもらっとけよ」
「お兄ちゃんは酷いです!」
こうして俺は睡の泣き言をBGMに食器を洗っていくのだった。洗い終わった頃には十分ほどのはずなのだが睡が机に突っ伏していた。
「お兄ちゃん……私は勉強が世の中の全てではないと思うのですよ!」
「うん、それは勉強の出来る人間が言うから深い言葉なのであって、成績の悪い人が言ったらただの開き直りだからな?」
助け合いを主張するやつは大抵助けられる側というのと同じようなものだ。
「物理は少しでも進んだか?」
「うーん……他より元がマシだったからスキップしていいんじゃないかな? 他にもやるべきものがあるでしょ」
「そうか、じゃあ次は現代社会でも……」
「ぴえーーーーーー!!!!!!!!! もういやですよう! 勉強はもういいんです! 私はお兄ちゃんのお嫁さんとして永久就職するんです!」
「俺を逃げの一手に使うのはやめて欲しいんだが……」
まあそんなわけで休み明けに小テストが行われるであろう科目は一通り進んでいった。
そうして日が傾いてきた頃にようやく最低限の勉強が終わったのだった。
「死ぬかと思いました……」
「それはこっちの台詞なんだけどなあ……」
「重、ありがと。そろそろ睡も限界みたいだしお開きにするか」
睡はガバッと身を起こして素早く参考書を片付けていった。
「終わるのは早いんだなあ……」
「私、時間は守る主義ですから」
「私はもう帰るわ、睡ちゃん、お願いだから小テストぐらいクリアしてね?」
「任せてください!!」
まあ返事だけは勢いよくしてから、それを聞いた重はなんとも言えない顔をして帰っていった。俺はこっそりお礼を言っておいたが重は『誠、普段のあなたも原因の一つなんだからね? 次はもっと上手くやりなさいよ?』と釘を刺して玄関を後にしたのだった。
そうしてリビングに戻るとさっきから五分程度しか立っていないはずなのに湯気の立ったうどんが出来ていた。
「お前、こういうことだけは素早いんだな……」
「妹ですから!」
とまあよく分からない理論で夕食を食べたのだった。そうして俺はもうじき来たる小テストについて努力が報われて欲しいものだと祈りながら寝たのだった。
――妹の部屋
「重さんは……私とお兄ちゃんの邪魔をして……」
私は勉強をしています。このままではまた三人での勉強会になってしまいますからね。お兄ちゃんと二人で勉強すればいいやと思っていた結果が今日の三人になりました。私はお兄ちゃんとならいくらでも勉強は出来るのです、他の誰もその関係性には言ってきて欲しくないのです。
そんなわけでお兄ちゃんのいない物理はちゃちゃっと終わらせてしまいました。
私は休みの最終日にお兄ちゃんに泣きつこうかなと計画を立ててから、勉強も区切りがついたのでゆっくり眠りました。




