妹とバキバキスマホ
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
朝ご飯を食べた後、睡が買い物に出ようとしたところで玄関で悲鳴(?)のようなものが上がった。
あんまりな叫びなので俺も慌てて駆けつけた。
「どうした?」
「お兄ちゃん! スマホが……」
そこには玄関のコンクリートに叩きつけられたスマホが落ちていた。ガラスの画面はバッキバキにひびが入っていた。
「あー……やっちゃったねえ……」
「お兄ちゃん……うぅぅ……」
スマホの画面が割れるのはよくあること、悲しいけどね。何故こうも簡単にスマホの画面は割れるのだろう。もちろんガラスむき出しなんだから堅いものに落とせば簡単に割れる、設計ミスのような気がしないでもないが世間には受け入れられている。
「まあなんだ、強く生きてください」
「諦めないでくださいよぅ……まだフロントパネルが割れただけです、バックパネルが割れてなければ中国産の互換品が使えるかも……」
クルリとスマホを裏返しにしてみる睡、裏面には蜘蛛の巣状にヒビがびっしりと入っていた。基本的にワイヤレス給電のために背面パネルの上に基板が乗っていると修理不可能だ、交換対応しかなくなってしまう。そして被害に遭っているのはiPhoneではない、というかキャリアで買ったスマホにも見えないので保証も無く、残念ながらお亡くなりになっていると言うことだ。
「あぁ! せっかくExpansysで輸入したのに!」
どうやら日本で買ったものですらなかったらしい。
俺は睡の肩にそっと手のおいて言う。
「頑張れ、次があるさ」
睡は少し考えてから答えた。
「まあメイン機じゃなかっただけいいんですけどね……ローエンドの安いやつですし壊れるのはしょうがないんですけど、悲しいですね」
なんだサブ機か、メインで使っているやつで無いなら諦めもつくだろう。SIMを差し替えればいいだけの話か。
「お兄ちゃん、このスマホ修理とかってできます?」
「無理だな、背面パネルはどうしようもない。前面パネルだけなら星形ドライバーとヒートガンで剥がせるが背面が割れてると基板が死んでる」
睡はさめざめと悲しい表情をしてから言った。
「しょうがない、新しいの買いますか……」
「は!? サブ機なんだろ? 壊れたっていいんじゃ……?」
「予備は欲しいじゃないですか? それにAndroidのバージョンも古いやつでしたしそろそろ替え時だったんでしょう」
割り切りの良い妹だった。そう言ってまるで駄菓子でも買うかのようにスマホを買おうとしている妹に俺は困惑していた。そうして携帯ショップに向かうのかと考えてから予約もしていないのに相手をしてもらえるのだろうかと考えていたら睡は靴を脱いで玄関からあがった。
「!?」
「お兄ちゃん? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔でどうしたんですか?」
「いや、この際お金がどうこうとは言わないけどさ、買いに行くんじゃないのか?」
「買いますよ、通販で」
あっ、実店舗には行かないのか。そういえばここで壊れてるスマホも個人輸入だって言ってたな。
「というわけで買い物はまた今度ですね、お昼ご飯についてはしばらく待ってくださいね」
「マジか……」
そんなわけで、俺がちゃんと昼飯を食べることができるかどうかは睡がスマホを決められるかにかかっていた。
結局リビングに戻ってきてタブレットでAmazonのアプリを開いてスマホ本体を検索し始めた。Expansysにしないのかと聞いたところ大陸からの輸入には時間がかかるのでこっちにします、と言われたのだった。
Amazonでスマホを買おうという発想が基本的に無かったのでラインナップを見ると一万円台の超格安から10万円超えのハイエンドまでいろいろな機種が揃っていた。一万円台のやつは正気を疑う値段設定だがAliExpressには割とある値段帯なのでAmazonで売っているという最低限の品質保証を考えればそれなりにコスパの良い選択肢だと思った。
俺なら携帯ショップで割引を狙ったりするが、こうしてみるとコスパ的には悪くない選択肢だった。
「睡、どんなのを探してるんだ?」
「安いやつですね、ゲームは出来なくてもいいので最低限指紋認証と単眼でいいのでカメラは欲しいですね」
「カメラねえ、インスタでもやるのか?」
「お兄ちゃんはSNSで顔出ししませんもんね、私は普通に撮ってアップしますよ」
顔出しは死、どうやら睡からすれば俺とは価値観が違うらしい。確かにカメラがあればQRコード決済が出来るので便利と言えば便利だ。専用センサーを積んでいなければインカメラの顔認証はザルなのでまともに使うなら自撮り用だろう。
インスタについては詳しく聞かなかった、多分俺みたいな日陰者にはサービス終了まで縁の無い存在で有ろう事は明らかだからな。
「Androidなら無難にGoogle純正にするか?」
基本的に格安とは言えないがハイエンドのプロセッサを使っていないのでそれなりには安くなっている。まあガチ中華勢からすれば随分とお高いものには違いないが。
「それ買うと私たちのご飯が一週間くらいもやしと塩パスタになりますけどいいんですか?」
「勘弁してください……」
どうやら妹の資金も無限では無いらしく、少し高いものを買うと爪に火をともす生活になるようだ。
「ま、この辺になりますかね……」
睡はそう言って検索条件にXiaomiとモトローラとOPPOを入れて検索を始めた。検索結果にずらっと大量のローエンドスマホが並ぶ。ローエンドでもストレージが64GBもあることを考えると時代の変化と悪くない選択肢になっていることに驚いた。小学生時代に買ってもらったのが16GBのスマホで当時お年玉を全部没収される代わりに手に入れたのを考えるとチップの集積密度の進化には驚くばかりだ。
「国内正規品ならこれにしましょうか……」
そう言って一つのスマホをカートに入れてさっさと会計してしまった。1万円台なので俺たちの食事レベルもそれほど落ちないだろう。
俺はふと気になったので睡に聞いてみる。
「ゲームは出来ないと思うがいいのか?」
さすがに1万円と少しでまともなゲームが動く商品というのはほぼ無いだろう。
「ああ、ゲームはメイン機でやるので構わないんですよ」
なるほど、サブはサブとして安物を割り切って使うのか。
そうして家庭の平和は守られたかと思ったのだが……
その夜、睡が『ついついガチャを回しちゃいました! ごめんなさい!』と腰を九十度にに曲げて謝ってきたので別に構わないと言ったのだが、夕食が具無しのカレーだったのでガチャはほどほどにして欲しいと思うのだった。
――妹の部屋
「ああああああああ!!!!!!!!!」
私は悶絶していました、ガチャで大爆死をしてしまったからです。何故いけると思ったのでしょう? 今日の占いが最高だったから? 空が真っ青だったから? 通帳を見たら残高の末尾三桁がゾロ目だったから? いろんな理由をつけてみますが結局天井まで引き続けることも出来ず私はその日の食費を削ることになったのです。
夕食時のお兄ちゃんの冷たい目線を見ると申し訳なく……いえ、正直に言うとちょっとゾクゾクしましたね。
私はガチャの回しすぎはお兄ちゃんに迷惑がかかることを肝に銘じました。




