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二人きりの勉強会

「さて、睡、夏休みに入ってから結構な時間が経ったが勉強はしてるか?」


 朝食中にそんな話題を何気なく出してみる。何しろ夏休みに入ってからコイツが勉強している様子をほとんど見たことがない。


「ひゅー……ひゅー……何のことでしょーねー? 私にはさっぱり分かりかねます」


 なるほど、コイツが何もやってないのは分かった。


「要するにやってなかったんだな?」


「ま、まあ……人によってはそう取られるかもしれませんね? 私はちゃんとやっているつもりなのですが!」


「やってないんだよな?」


 とはいえ俺にも責任はある。


「まあ俺も料理とか睡に任せてたし悪かったよ。と言うわけで今日は勉強会な?」


 睡はこちらを上目遣いに見ながら聞いた。


「お兄ちゃんと二人きりですか?」


「そうだな、誰かを呼ぼうにも勉強の進捗が違うだろうし俺が教えるしかないだろ」


 睡は顔を輝かせながら頷く。


「そうですか! お兄ちゃんも責任を感じてくれているようですし、お兄ちゃんと二人きりなら勉強も悪くないですね! ええ、悪くないです!」


「やる気があるのはいいことだが、どの辺からやる? 線形代数? 英文訳? 古文?」


「うーん……現代文で!」


 コイツ一番楽そうなの選びやがったな……センター試験の『スピンスピン』でもやらせてやろうか……


 おっとさすがにそれは鬼畜が過ぎるな。無難に『こころ』あたりの読解でもやらせてやろうか。


「じゃあ教科書持って……リビングでいいか?」


 睡はモジモジしてから言った。


「その……私の部屋とかどうですか?」


 恥ずかしそうにそう言う睡、別に迷う理由も無かった。


「いいんじゃないか? じゃあ教科書と参考書持ってくな」


「はい!」


 珍しくやる気があるようなのでそれに水を差すこともないだろうと睡の提案を受け付けた。普段なら駄駄をこねてでもやらないところをやる気になっているのだからその気にさせるのが俺の役目だ。


 部屋に戻り、教科書と参考書を一揃いまとめて鞄に放り込む。部屋のエアコンを切ってから睡の部屋に向かう。さすがに地球環境なんて気にしない俺でもしばらく睡と勉強することになるだろうから電源を切っておくくらいの分別はある。


 睡の部屋についてノックをすると『どうぞ!』とやけにはっきりした声が聞こえた。鍵もかかっていないので部屋に入るとひんやりとした空気が俺を包んだ。


「冷房よく効いてるな?」


 冷房が苦手な方の睡にしては珍しく設定温度が低くされているようだった。


「お兄ちゃんが来るんですからね! ガンガンに冷やしておきましたよ!」


 どうやら俺が暑がりなのを考慮してくれたらしい。ありがたい話だ。


「準備はいいか?」


「コーヒーとお茶菓子、アニメの円盤もプレイヤーにセット済みです!」


「勉強の用意だよ!」


 ダメだコイツ……やる気のひとかけらも感じられない。もっとやる気を出させないことにはいくら教科書を覚えさせても理解させられる気がまるでしない。


「お兄ちゃん、勉強会なんて物は遊ぶために集まる言い訳なんですよ?」


「お前真面目に勉強してる人たちに謝ろうか!?」


 とことんやる気のない睡にやる気を出させるにはどうすればいいだろうか?


「お前なぁ……そんな調子だと来年は俺の後輩になってるかもしれないぞ?」


 なんだかんだでやる時はやる奴なのでそれほど心配はしていないが強めの言葉で説得をする。これで聞いてくれればいいんだが……


「お兄ちゃんを先輩と呼ぶんですか……ふへへ……悪くないですね」


 ダメみたいです……と言うわけで説得を諦め夏休み明けの小テストの範囲にもなっている『こころ』の一部を読み込むことにした。ある程度傾向と対策くらいは掴めるだろう。


「じゃあこの小説を読むぞ」


「あっ! 『こころ』ですね! 私知ってます!」


 なん……だと……このやる気の欠片もない妹が文学作品を読んでイルだと……うせやろ?


「Kの墓には笑わせてもらいましたね! なんで日本風の墓石にアルファベットでKが掘られてるんですかね? あのシーンシュールで大爆笑しましたよ!」


「漫画版じゃねえか!? もうちょっと真面目な話なんだよ、本当はさぁ!」


 あの漫画版については俺も大概笑った口だが、少なくともあの墓石がテストに出てくることは無いと言い切れるぞ。


 それから睡と読んでいったのだが……


「なんですかこれ!? 寝取られ!? 純愛派に対する決闘状ですかね?」


 どうやら睡の中ではアレは寝取られの話と言うことになるらしかった。別にKと先生の奥さんは何の関係もなかったんだから寝取られじゃないんだよなあ……


 それからもハッピーエンド以外認めませんだの、登場人物クズしかいませんねだの、各方面に喧嘩を売りながら本文を読み進めていった。


 そうしてようやく最後の部分にたどり着いた頃、睡はすっかり疲れ果てているようだった。現代文読んだだけでここまで疲れる人を初めて見たな……


「睡、いくらかでもいいから理解したか?」


 睡は頷いてガッツポーズをした。


「バッチリです! NTR物は悪ですね!」


 何も分かっていないことの宣言をドヤ顔でしたのだった……


「おっと、そろそろ夕食ですね、ではパパッと作っちゃいますね!」


 睡には料理の才能は有るが文章を読むのは苦手なようだった。あるいは人と違う介錯を持ち出すのが得意なのかもしれない、なんにせよ学期明けのテストではそれなりに苦労しそうだな……


 そんなことを考えながら睡の部屋を後にして、自室に戻った、エアコンをガンガンつけて冷風を浴びながら睡の将来について俺にも多少なりにも責任が、兄としての責任というものが、ほんの少しくらいはあるんじゃないかと考えて心配になったのだった。


 益体もないことを考えているとキッチンから夕食のお知らせが来た。昼食無しでぶっ続けだったので、俺はさっさとキッチンに向かった。


 その日、睡が奇妙な目で俺を見ていたことに何の意味があるのかは一向に分からないのだった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃんはNTR物が好きなのでしょうか……?」


 だとしたらこれはゆゆしき問題ですよ! 私は私×お兄ちゃん純愛過激派なのでそう言った思想をもしもお兄ちゃんが持っているなら矯正しなければなりません!!


 しかしまあ……今日は丸丸一日近くこの部屋にお兄ちゃんがいたと思うと自分の部屋だというのに心がワクワクしてきます。まるでお兄ちゃんに包まれているかのような……


「フフフ……フェフェフェ……」


 おっと、気持ち悪い笑い方になってました。もっと上品にしないといけませんね!


「ウフフ……おにいちゃーーーん……」


 私の意識は無意識の海に沈んでいきました。

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