解熱剤はエアコンの代用品たり得るか
寝苦しい夜にエアコンをフル稼働させながらふと考える。手元には最近頭痛対策に買ってきたアスピリン、解熱鎮痛剤だ。
そこで一つの馬鹿げた考えが浮かんだ。
「アスピリンを飲めば体温が下がってエアコンがいらないのでは?」
そんな馬鹿げた考えを否定しきれず、その日、就寝前にエアコンの設定温度を高めに設定してから標準量の一錠を飲み下してから眠りについた。
そしてまあ……うん……そんな都合のいい話があるわけもなく、俺は現在妹に看病されている。
「お兄ちゃんはバカですか? バカなんですか? そんなこと思いついても実行しようと思いませんよフツー!」
「おっしゃるとおりです」
まあようするに、汗だくになって目が覚めてから水分不足で頭痛に襲われたというわけだ。
馬鹿げた考えを思いつく人間はいるだろうが、実行に移したバカが俺だけだったという話だ。解熱剤は体を冷やすわけではない、当然のことをやってみて痛い目を見たと言うだけの話だった。
「お兄ちゃん、いいですか? 薬というのは体調が悪い時に使うものですよ? 普通に使ったらそれはそうでしょう」
「……」
「大体お兄ちゃんは勉強ができる割に発想がバカなんですよね、誰もやったことの無いことをやるというのはみんな結果が見えてるからやらなかっただけですよ?」
「悪かったよ……」
睡の辛らつな言葉に言い返す気力も無いほどに疲弊していた。エアコンが弱かったせいに寄るところが大きいだろう。アスピリンを飲んでもエアコンをちゃんとかけていればこんな目にはあわなかったはずだ。もっともエアコンをガンガンかけるならアスピリンを飲む理由が無くなってしまうが。
あー……あだまいだい゛……頭がガンガンする、原因が頭痛薬と言うんだからいいジョークだな。クソが!
とは言えそんな事態を招いたのは自分なので自分に文句を言うしか無い。そんなことを考えているとお粥を作っている睡がそれを持ってきて言った。
「お兄ちゃん! はい! あーん!」
「え゛!?」
「あーん」
「恥ずかしい、と言うかそのくらいはでき……」
「あーんしてくださいって言ってんですよ!」
「はい……」
ゴリ押しに負けてお粥を口に運ばれていく、非常に恥ずかしいのだが、それはそれとして俺が作ったお粥のようなものとは違ってちゃんとお粥になっていた。作る人によってここまでできに差がつくんだな……
「美味しいですか?」
「それはとても美味しいな、作り方が違うのか?」
「愛情の差でしょうね!」
愛情ねえ……家族愛というものがどれほど強いのかは分からないが、それがこの俺と睡の料理の味の差として現れているんだろうか? 確かに睡の俺への執着からすればそのくらいの違いはあるのかもしれないな。
「それとスポドリです、お兄ちゃんはあのクソ暑い部屋で寝たせいで水分が無くなってるんでしょう、これ飲んでしばらく寝てましょうね?」
「そうする」
500ミリリットルのペットボトルに入ったポカリスエットをがぶ飲みすると体に冷たいものが流れ込んで体温を下げてくれる。冷房で外側から冷やして、飲み物で内側から体を冷やす。おかげで熱っぽかった体もスッキリしていた。
「はいはいお兄ちゃん、飲みましたね? じゃあ体を拭くので上を脱いでくださいね?」
「え゛!?」
「お兄ちゃんがエアコンケチったせいで汗でびっしょりじゃないですか、拭いてあげますよ」
「いや、さすがにそろそろシャワーで流しても……」
「拭いてあげます!」
「あっ……はい」
押しに弱い俺は睡に体を拭いてもらうことになった、さすがに上半身だけだが……
上の服を脱ぐと睡がレンジで温めたタオルを押し当てて汗を拭ってくれた。恥ずかしいが俺を思ってのことなのだろう、それを否定できないのがなんとももどかしいことだった。
「こんなものでしょうね、着替えてしばらくそこで寝ててください。今日は私がお兄ちゃんの看病をしますからね!」
ドヤ顔で宣言しているが、俺はもう看病の必要がないくらいに回復していた。しかしやる気満々なので断るのもなんだか悪い気がして、今日は睡の厚意に甘えることにした。
着替えてからソファに横たわる、気のせいかいつもより冷房がきついような気がする。それがまた心地よいのだが。
「お兄ちゃん、お昼は普通に食べられますか?」
「ああ、もう大体体調も戻ったよ」
「そうですか、ではお昼はオムライスでいいですね?」
「任せるよ」
睡は腕まくりをして卵を割り始めた。朝食がお粥になったため多少腹が減っていたのでボリュームのあるものが食べたい気分だったので丁度いい。
少し待っていると睡がテーブルに黄色いオムライスにケチャップでハートマークを書いていた。ここまでベタベタな料理を見るのは珍しいことだ。
「お兄ちゃん、できましたよ! 食べさせてあげましょうか?」
「いや、もう普通に食べられるよ」
「ちぇ……」
睡が心底残念そうにしながら俺は席に着いた。よく見るとケチャップのハートマークの内側に『LOVE』と同じくケチャップで書かれていた。細かいことが得意なやつだな。
俺はスプーンでひとすくいして口に運んだ。濃厚な味が口に広がる、おかずのないオムライスのみのメニューだがどっしりお腹に貯まる食べ物になっている。
「お兄ちゃん、美味しいですよね?」
普通そこは『美味しいですか?』と聞くと思うのだが、美味しいことは大前提のようだった。俺は特段考えもせず答える。
「美味しいよ、とっても美味しい」
「そうですかそうですか……それは大変良いことですね!」
ニコニコ顔で自分の分のオムライスを食べている睡を見ながら、『ささやかな幸せ』とはこういう物のことなんじゃないだろうか? などと考える。特別なことがあるわけじゃない。原因は俺がしでかしたトラブルでもちゃんとフォローしてくれる相手がいることはとても有り難いことだな。
ぱくぱくと食べていって最後のひとくちになった時、睡からの視線に気がついた。
「どうかしたか?」
食べる手を止めて聞く。
「さっきお兄ちゃんにお粥を食べさせてあげたじゃないですか?」
「そうだな」
「なので……その……私にも一口くらいあーんをしてくれてもいいのではと思いますよ! それはもう是非やっていただきたいと思うのですよ!」
「しょうがないなあ……」
俺は皿に残った一口をすくって睡の口に運んでやった、食べさせるのは一向に構わないんだがスプーンを舐めるのはやめて欲しいんだが……まあ最後の一口だったのでそのまま洗う食器なのでそれほど気にする必要も無いだろう。
「その……ありがとうございます」
睡が顔を赤くしてそう言った、恥ずかしいならやめておけばいいんじゃないだろうか?
「じゃ、じゃあお兄ちゃん! 今日は一日ゆっくりしていてくださいね!」
そうして俺はその日を悠々自適に過ごすことができた。睡に借りが一つできたな。
そんなことを考えながら少しだけ快適な一日を過ごすことができたのだった。もっとも原因になった解熱剤とエアコン弱のコンボはもうしないと心に誓っておいたのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんにあーんをしてもらいました!」
時々してくれることですが、何度体験しても素晴らしい体験になります! 今日は精一杯お兄ちゃんにアピールできたのできっとお兄ちゃんの好感度もさぞ上がったことでしょう!
その日は幸せな気分で眠ることができるのでした。