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お兄ちゃんの側には私がいるからそれでいいよね? 正ヒロインになりたい妹の努力と執念の日々!  作者: にとろ
一年夏休み編

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妹のごちそう

「眠い……」


 俺は夏のまっただ中にエアコンをフル稼働させたリビングで惰眠を貪っていた。やはり社会人の方が必死に働いている中怠惰を極めるのはこの上ない贅沢だ。ダメ人間というやつもいるだろうが社会に出る前くらい許してくれても良さそうなものだ。


「お兄ちゃん! だらしないですよ!」


 睡のその声が遠くに聞こえる、睡魔が俺の意識を奪ってしまいそうなところで突然白色だったぼんやりと見える天井が肌色に覆われた。


「お兄ちゃんが隙を見せるなら私は好き放題やっちゃいますよ?」


 端的に言うと睡の顔が俺の顔に接近していた、まるで……口と口がくっつきそうなくらいに……


「おおおお前!!!???!?!? 何やってんの!?」


「ようやく起きましたね……チッ」


「なんで起きたのに舌打ちされなきゃならないんだよ!?」


 俺のそんな抗議も全く意に介さず睡は俺に注文をしてきた。


「お兄ちゃん、料理をしてくれませんか? たまにはお兄ちゃんの料理が食べたいです!」


 睡のその言葉が気軽なジョークだったりネタだったりするのか判断が付かなかった、何しろ俺は……


「俺は料理が下手だぞ?」


 睡はそんな事を今更と言ったように答えた。


「知ってますよ? 妹ですから! まあそれはさておき、お兄ちゃんのマズメシが時々懐かしくなるんですよねえ……お兄ちゃんが料理にイケない薬を入れてないなら謎の才能が有りますよ?」


「それは褒めてるのかね?」


 睡は自慢げに言い出した。


「お兄ちゃんの良さは私だけが分かればいいし、お兄ちゃんは私が育てたって言いたいので大変いい事だと思いますよ!」


 イマイチよく分からないが本人としては褒めているつもりなのだろう、精一杯胸をはってそう言われるとそうなのかな? という気分になってくる。異世界なら睡のスキルに『説得力』が付くんじゃないだろうか? あるいは某ロボットゲームでは久しく見ていない説得コマンドか……


 そんな無意味な事を考えてから睡をソファに座って見上げると本気であるのだろう、その目に迷いは少しばかりも存在していないようだった。


「俺が作るとチャーハンがピンク色になったりするぞ?」


「懐かしいですね……横からあんなに紅ショウガ突っ込んでいいのかとは思ってましたよ!」


「味噌汁がマジで味噌の味しかしなかったり……」


「出汁を取らなきゃそうなるでしょうね」


「カレーが半固形物になったり」


「圧力鍋でも水分は蒸発するから放置したらそりゃあそうなりますね」


 睡さあ……もしかしてだけど……


「お前、俺が失敗するの知ってて放置したのか?」


「だってお兄ちゃんが一人で作ったというプレミアム感が欲しかったので……二人の共同作業というのも魅力的ではありますがね」


 コイツは……失敗を見据えた上で止めないとかいい性格をしている。しかしだ……俺の料理は自分でもはっきり分かるほど不味かったと記憶しているのだが?


「睡、何で俺の料理文句の一つも言わずに完食したんだ?」


 俺が作った料理を嬉しそうに食べる睡の顔が思い出される。当時はなぜこれを美味しそうに食べるのか理解できなかった。


「アレは料理ではなく『お兄ちゃんの手作りの口に入れても害がない何か』ですよ?」


 酷い言われようだ、というか手作りってだけでよくアレを嬉しそうに食べられたな……そこについては素直にすごいと思える。


「よくたったそれだけの理由でアレやソレを美味しそうに食べられたな……」


「私はお兄ちゃんの作ったものなら何だって嬉しいですから!」


 輝く笑顔でそう返答されたので俺もそれに対して反論は出来なかった。無条件にソレを好きでいられるというのはとても難しいものだし、俺が作ったという理由だけで記憶の限りコイツはそれらを美味しそうに食べていた。正直アレを考えるに波の根性で出来る事では無いと思う。何しろ作った本人の俺ですら美味しくないから残してたしな……まあ俺の分まで睡が美味しそうに食べていたわけだが、味覚が心配になるな。


「まあそれはさておき、お兄ちゃんにつく手もらいたい料理は……」


「料理は?」


「肉じゃが……いえ、お兄ちゃんには難しいですね……お粥はまともに作れてましたしそのラインを……」


 何やら睡が長考に入ってしまった。少なくとも俺の評価が高まっているわけでは無さそうな事は察しが付いた。俺でもできそうな範囲で作れそうなものと言えば……


「じゃあオムライス……いやチキンライスはどうだ?」


 俺も自分の事はよく分かっているのでオムライスだと卵が大惨事になりそうなのでハードルを下げてチキンライスを提案した。


「ほぅ、悪くない提案ですが作れますか?」


「ま、まあ、ギリギリ……ワンチャン……くらいはあるかもしれないなあと……?」


 一応作るのに鶏肉と野菜を切ってケチャップを入れてご飯と一緒に炒める事くらいは知っている。詳しいわけじゃないがなんとかなるだろう。多分?


「絶妙に自信が無さそうですね? ま、何ができても美味しく食べるこの妹に任せてくださいよ!」


 何故か食べる側が自信満々という謎の状況になってしまった。


「じゃあ冷蔵庫にあるもので……人参と玉ねぎくらいしかないですがいいでしょう!」


「え!? そもそも鶏肉がないとチキンライスにはならないんじゃ……?」


「ケチャップライスでも問題無いんですよ! 『お兄ちゃんが作った』というところがメインなんです! それに今買い物に行くとあの人にエンカウントして夕食イベントになりそうなので買い物はやめましょう!」


 こうしてよく分からない理論でチキンライスならぬケチャップライスを作る事になった。


「じゃあお兄ちゃん、これを包丁で切ってください!」


「任せておけ」


 俺が人参を刻もうと包丁を持ったところでストップがかかった。


「お兄ちゃん、包丁は逆手に持つ者じゃないですよ? ソレはミステリーで犯人が被害者を刺す時に持つ持ち方です」


 絶妙に嫌な例えとともに睡の解説が入った、包丁の持ち方や人参の抑え方まで教えてもらう事になった。俺も一度教えられればさっきの事を忘れるほど記憶力が無いわけでは無いので玉ねぎのみじん切りは人参と同じのりできる事ができた。玉ねぎの方は序盤はともかく小さくなってくると皮同士が滑ってかなりサイズがバラバラだが口に入れるに差し支えのない程度の大きさまでは刻む事ができた。


「よしよし、いい調子ですよお兄ちゃん……そして後は炒めるのですが……お兄ちゃんに任せるのは不安なのでレンジを使いましょう!」


「え!? そんな事したら味が落ちないか?」


 その質問に対し睡は悟りを開いたような顔で答えた。


「お兄ちゃんの料理は形を保っていれば御の字ですよ? 最悪ケチャップの付いた餅になるまで覚悟してますからね? ここまででもかなりヒヤヒヤしてるんですから危ない橋をわざわざ渡る必要は無いでしょう?」


 俺は料理については全く信用されていないらしい、この前のお粥は火事場の馬鹿力だったのだろうか? そんな風に思ってしまうほどに信用されていなかった。


 俺はボウルに今切り刻んだものをまとめて放り込んでレンジのスイッチを入れる。ジーと音を立てながらマイクロ波が野菜を加熱していく。


 ピー


「いいですよ、取りだしてください! 熱くなってるので落とさないようにお願いします!」


 とことん信用という言葉が無い俺だった。ボウルの両端を掴んでまな板の上に置く。


「良し! 後はご飯と一緒にケチャップをかけて炒めるだけだな?」


「そうなんですが……何でしょう? そこはかとない嫌な予感がするのですが……」


 最後まで聞かずにさっきから油を入れていたフライパンにボウルの中身とご飯を投入する。


「お兄ちゃん……油は温めてから使ってくださいよ、というか火が付いてないですよ? どこまでも予想を裏切ってくれませんね……」


 まあそんなわけで、俺の久しぶりの料理はべちゃべちゃのケチャップライスとなったのだった。不幸中の幸いとしては野菜も火が通っていたし、ご飯は炊飯器を使用したので火が通っていない素材が無い事だった。


 コト……コト……


「なあ睡、作っておいてい言うのもなんだが……」


「お兄ちゃん、皆まで言わなくてもいいですよ。ちゃんと私が食べられる量しか材料を出しませんでしたから」


 そんなわけで睡が俺の料理を笑顔でしっかり食べてくれたのだった。俺は顔が引きつる程度にはアレな味だったので、この妹の鋼のメンタルが恐ろしくなるくらいだったが、当の本人は一切笑顔を崩す事が無かった。すごい。


「ごちそうさま!」


「マジでお粗末様でした」


「じゃあ後片付けはしておくので後は構いませんよ」


「そうか、正直悪かったと思うな……」


 睡は微笑んでから一言言った。


「これで私の体にお兄ちゃんの手料理という成分が入ったわけですよ! 私は大いに満足です」


 コイツには勝てないなと俺は考えたのだった。


 ――妹の部屋


「ヒャッホウーーーーーーーーーーーーー!!!!!!! お兄ちゃんの手料理!!!!!」


 おっと、ついつい感情のままに奇声を上げてしまいました、私はいつだってクールなのです、落ち着きましょう。


 私は今日、お兄ちゃんの手料理が食べられた事に満足の極みを感じながら名残惜しくも歯を磨いて眠りました。

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