プールアゲイン
「お兄ちゃん! プールですよプール!」
「何だよ突然!?」
突然の妹のプール発言にビックリする。
「昨日プールに付き合ってくれるっていったじゃないですか! 私の心に録音してありますよ」
「その録音はあなたの想像上の存在ではないでしょうか?」
「は!? お兄ちゃんは私の記憶力がお兄ちゃんに劣るとでも? 絶対に私の妄想の可能性よりお兄ちゃんが忘れてた可能性の方が高いですよね?」
プレッシャーをかけられて反論もできなかった。一応俺も覚えているしな……とはいえ、コイツがそこまでこだわるとは予想外だったが。誤魔化すのはムリそうなので面倒くさいアピールをしてみよう。
「今日暑いじゃん?」
「そうですね、だからプールに」
「エアコンの効いた部屋に居た方が涼しいじゃん?」
「お兄ちゃん! 駄駄をこねない! 行きますよ!」
と言うわけで俺の反論は完全に却下されプール行きが決定したのだった。これ以上ゴネると後が怖そうという理由も大いにあるのだが、とにかく反論を許さない空気が出来ていた。
「わかった……プールな。市民プールでいいんだろう?」
「いいですとも!」
まあこんなわけで俺たちは市民プールへと向かうことになったのだった。あれ?
「睡、この電池は何だ?」
何故か使いかけであろう電池がテーブルの上に転がっていた。
「ああ、インターホンの電池ですよ? 電池が切れていたようなので交換しようと思いまして」
「そ、そうなのか」
確かにしばらく交換していなかったからな、電池が切れていてもおかしくはないのだが、何故か俺はその電池が気になったのだった。
――その頃
ポチポチポチ
「おっかしいなあ……睡ちゃんには釘を刺しておいたし……そもそも音すら鳴らないって……?」
ガチャ……ガチャガチャ
ドアノブを回してみるとしっかりと鍵がかかっていた。
「さすがに今日は留守みたいね。ま、また今度来ましょうかね!」
そう言うと重は二人の居る家を後にしたのだった。
――
「うっし、邪魔者は消えましたね!」
「邪魔者?」
「なんでもないです、お気になさらず!」
邪魔者がいただろうか? 俺たち二人しかないはずだが睡には一体何が見えているのだろう? もしかしてそういうものが『見える』のか?
ゾッとする想像を浮かべてから目の前のしまりのない笑顔を見て『ないな』と確信してそれについては追求しないようにした。
「それじゃお兄ちゃん、水着の準備をしてきてくださいね!」
「あ、ああ……お前も準備が必要なんじゃないか?」
「私は昨日から完璧に準備してましたよ?」
どうやら睡の計画済みの提案らしい。計画していたんなら昨日のうちに言っておいて欲しかったのだがそんな正論が通じる相手でもないな。
「わかった、準備してくる」
「待ってます、と言いたいところですが……」
「え?」
「準備してきてと言ったのは冗談でプール装備一式ここに揃ってます!」
そう言って差し出されたバッグにはタオルや水着等がしっかりと詰まっている。準備がよすぎないか?
「睡、俺が断る可能性は考えなかったのか?」
その事について聞くとなんでもない事の様に睡は答える。
「お兄ちゃんが私の誘いを断るなんてあるわけありませんからね!」
信頼感が重い……普通は断る可能性も存在するだろう? とはいえ睡に対してそれを言ったところで延々ゴネるのは目に見えている。雨乞いを100%成功させたければ雨が降るまで続ければいい、睡なら延々と俺に勧誘を仕掛ける様が容易に予想できる。
「準備のいい事で……じゃあいくか」
「はい!」
こうしてクソ暑い夏日の中、自転車をプールまで漕いでいく羽目になるのだった。玄関を出た時点でとんでもなく暑いのでできれば部屋から出たくないのが正直なところだ。
「行くか……」
「お兄ちゃん! 元気が足りませんよ? 妹の水着を見るチャンスをフイにしてもいいんですか?」
「お前は部屋の中でも水着になるって宣言をしただろうが……どうせ選択肢なんて無いんだろう」
睡にそう言うと全く悪びれる様子もなく返事をされた。
「当たり前ですよ、お兄ちゃんたるもの妹のお願いを断るなんてあってはいけないじゃないですか?」
「はいはい、妹様バンザイ、スゴーい」
「ほらほら、さっさと自転車を出してくださいよ! 出発しますよ?」
「わかったよ」
俺はママチャリを道路に出す、熱でタイヤが溶けるのじゃないかと不安になるくらいに熱を帯びた空気が陽炎を出していた。そうして熱波の中、車輪を回しながら服を汗に濡らしつつプールへと漕いでいった。
「あっつい……」
ようやくプールに着いたが、たかだか十分と幾らかで服は汗でぐっしょりとなっていた。睡の方を見ると汗こそ見えるが疲れた様子もなく涼しい顔をしている。コイツは暑さに耐性があるんじゃないだろうか?
「まったくもう、お兄ちゃんはひ弱すぎますよ! 私のお兄ちゃんなんですから私よりしっかりしててくださいよ!」
「スマンがマジで今はキツいからちょっと休ませてくれ……」
「あ、マジっぽいですね? しょうがないですね、私は先に着替えてますから休憩が終わったら速やかに来てくださいね!」
そう言って自動ドアをくぐっている睡を見送りながら、俺も呼吸を整えてなんとか着替える事にしたのだった。
更衣室の中は熱がこもるのか外以上にアツアツになっていた。ここは人間が長く居る場所じゃないな、さっさと着替えてシャワーに行こう。
俺は一通り着替えて更衣室を出るとシャワーの前に立っていた睡が手招きをした。俺はこの汗を一刻も早く流したい一心でそこに向かった。
「お兄ちゃん、遅刻ですよ!」
そう言う睡はビキニの水着を着ているがそれほど露出は高くない。まあ市民プール似合わせたラインという事なのだろう、正直コイツならマイクロビキニさえ辞さないだろうと思っていたので少し安心した。
「ほらほら、シャワーですよ」
睡が柔らかな手で俺を引っ張りシャワーの中に飛び込んだ。ぬるいが暑くはない水が体にあたってスッキリとした。
「それじゃあお兄ちゃん! キャッキャウフフしましょうか!」
睡の見事なまでにふんわりとした提案に対して俺はプールに入って睡を手招きした。多分キャッキャするというのはこういうことを言うんじゃないかと思う。そもそもそんな経験がない人間にぶっつけ本番でやり方の支持もしないとは随分と気楽なものだな。
とはいえ、睡も一応それが正解だったらしくプールにチャポンとジャンプした。俺はプールの中で睡の手を取り……何をしたらいいんだ?
そもそも女の子と一緒にプールに入る経験なんて自慢じゃないが学校の授業以外で経験が無い、どうすればいいかなんて分かるはずがないだろう。
ぴとっ
そんな事を考えていると睡が俺の腕に水着で飛びついてきた。普段なら全く意識などしないが、あいにく本日は睡も露出の少ない水着を着ている、肌と肌の密着感が生々しくてなんだか不安に近い気分になってくる。
「お兄ちゃん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。問題無い」
そう答えると睡はニマニマした顔で俺を眺めて質問をしてきた。
「あ、お兄ちゃんもしかしてドキドキしてます? しょうがないですよね! 可愛い妹の水着姿なんですから!」
堂々とそう聞かれて俺の気持ちを考えたところ、冷静に考えてみればまだ遙かに幼かった頃はよく覚えていないだけで一緒にお風呂に入った事もあったはずだ、そう考えれば一々こんな事に気を悩ませる事も無駄かもしれない。
そうして熱がサッとひいて冷静になったところで睡が不満の声を上げた。
「あ? なんでそこで冷静な顔になるんですか!? お兄ちゃんは私を魅力的と想わないんですか?」
「はいはいカワイイカワイイ」
「途端に扱いがぞんざいになったような気がするんですが……で、お兄ちゃん的にはこの水着どう思いますか?」
「いいんじゃないか、似合ってるぞ」
褒めたのに睡は不満そうだ。
「その言い方は私が何を着てても言えそうな反応ですね、というかお兄ちゃん的には別にスク水でも気にしないって感じですね……しゃーないですね、帰りましょう」
「は!? 今来たところじゃん?」
「お兄ちゃんの私の水着への評価が終わった上、それが大したことないならこれ以上水着を見せつける必要もありませんからね」
どうやら俺の評価が欲しかっただけらしい、それならもっと褒めた方が良かったのかとも思うが適当な褒め方をしたらロクな目にあいそうにないのでこれで良しとしよう。
「じゃあお兄ちゃん、ロビーで待ってますね」
言うが早いか睡はさっさとプールから上がって更衣室に迷う事なく駆けていった。それでいいのか? と思わなくもないが、人の生き方にあれやこれやと注文を付けるほど俺も狭量ではないのでシャワーを浴びて更衣室に向かった。
着替えを済ませて冷房の効いているギリギリの範囲のロビーに向かうと睡が早着替えでもしたのかと思うほど完璧に着替えて待っていた。
「早いな……」
そうこぼしてみるが睡は気にした様子もなかった。
「じゃあ帰りましょうか」
こうして再び暑さの中で十分と少しのデスマーチをやった後でようやく冷房の効いた家まで帰り着いた。
「ふぅ……涼しいな、あれ!? なんで冷房が効いてるんだ、睡も一緒に帰ったのに……」
現在この家に居るのは俺と睡のみ、一体誰が冷房を入れたのだろう?
「ああ、スマホでやっておきましたよ、所謂スマート家電ってやつですね、便利です!」
現代人からスマホを取り上げると何もできないんじゃないかと不安にもなるが、それはさておきシャワーを浴びたい。何故か汗のほとんど見られない睡と違って俺は汗だくになっている。
「あ、お兄ちゃんはシャワーですか? 次は私が浴びるますね」
そう言って俺を見送ってから俺は汗を流して、冷静に考えるとプールで使ったカロリーより暑い中自転車を漕ぐのに使ったカロリーの方が多そうな事を考えると本末転倒な気がしてならなかった。
そんな事を気にしたもしょうがないのでさっさと汗を流したら新しい服に着替えて睡に浴室が開いた事を伝える。部屋の冷房を入れて涼しくなるまですでに冷房が効いているリビングで少し過ごして部屋に帰った、それが限界だったのか無意識にベッドに飛び込み意識が途切れた。
――妹の部屋
「これ、そんなに悪くないと思うんですけどねえ」
私はシャワーを水着で浴びながらそうこぼします。自分の肌がそれなりに露出された水着を見てのお兄ちゃんの反応を思い出しました。
初見ではそれなりにドギマギしていたようですがすぐに素面に戻って塩対応をされてしまいました。
水着も脱いでシャワーで軽く汗を流して部屋に戻りました。まあ……今日のところは初見の反応がよかったので許してあげましょう。いつかきっと本気でドキドキさせて見せます!
私は決意を新たに固めるのでした。