お兄ちゃんコレクション、保存不能
「お兄ちゃん! 助けてください!」
本日朝、朝食を食べている途中で妹の睡はそう切り出してきた。また厄介ごとなのだろう、日常なので一々細かいことは聞かない、どうせ大したことではないのだろうからな。
また面倒なことが入ったようなので冷蔵庫からコーラを取り出しながら聞く。
「で、何があったんだ?」
「これです!」
そう言ってスマホを差し出す睡、スマホの画面には『容量無制限ストレージのサービス変更のお知らせ』と表示されていた。そういえば有名どころのクラウドストレージが容量制限をかけると話題になっていたな。
「酷くないですか! 無制限だからわざわざ課金したんですよ? それをこんなに簡単に反故にするとか契約違反でしょう!」
まあその意見は分からなくもないが、俺の考えでは遅かれ早かれこうなると思っていたので意外感もないニュースだったが睡からすれば青天の霹靂なのだろう。
「いいか? 無制限のストレージサービスって今までもあったんだぞ? それが軒並みサービス終了した現実を見ろよ、こうなるのはわかりきってるだろう?」
「なんでそんなことになるんですか? 1TB制限は酷いと思うのですが……」
「以前無制限のサービスでな、無制限だからって日常的にHDDのディスクイメージをバックアップするのに使うやつが出たんだよ……冷静に考えてそんな使い方したら遅かれ早かれパンクするのは分かるだろう? いや、睡がそう言う使い方をしていないというのは分かるよ、問題は必ず非常識な使い方をするやつが出るって話だ」
睡は半泣きで俺に縋る。
「お兄ちゃんはなんとか出来ないんですか? 私のデータが消えちゃうんです!」
「ああ、消してもいいデータは消して整理するなり、ファイルを圧縮するなりしても間に合わないか?」
睡は悲しそうに首を振った。
「今までのお兄ちゃんとの思い出を最高画質で記録しているので消していいデータは一つもないです!」
「写真か? 多少画質が落ちるけどjpgに変換すればかなり小さくなるぞ?」
しかし睡はダダをこねる。
「いやです! 秘蔵のデータが画質が落ちるのは嫌ですよ!」
はあ……ワガママなやつだ……
「というか一体どれだけあるんだ? 1TB以上の写真データとかRAWで撮影でもしないとなかなか貯まらないと思うんだが」
何故か睡は気まずそうに口笛を吹いて目をそらす、まあ人に見られたくないデータもあるよな。それについての追求はやめておこう。問題はそのデータをどうするかだ。
「今は全部で1.5TBくらいですね、スマホ本体に入れているのも合計しても2TBは無いです」
あー……そのくらいの量かー……どうすっかなー……ちょうど解決法があるんだよなあ。しかしアレは初期化が必要だよなあ……面倒くさいんだが……睡の悲しい顔には換えられないか。
「じゃあLANにNASを用意するからそれにあぶれたデータを突っ込むといい。2TBのやつが一台あるからな、それをやる」
「茄子? ってなんですか?」
「平たく言えばLAN上で使えるHDDみたいなものと思っておけ、前に積めるだけ最大容量のHDD積んだ玄箱PROが一台ある、それを使っていいぞ」
「なんでお兄ちゃんそんなもの持ってるんですか?」
ぐ……答えにくい質問をするやつだ……思春期の男子が保存する大容量データなんてわかりきっているだろうに……
「まあ……うん、ちょっとストレージが必要だったことがあるんだよ」
「ああ……ふーん……なるほどなるほど」
睡の好奇の目が痛い。なんとなく察してはいるようだがだったら気にしないで欲しいのだがな。
「なんだよ? 何か言いたいことがあるのか?」
俺のプレッシャーなど意に介さずに微笑む睡、メンタル強すぎだろう……
「いえいえ、お兄ちゃんも健康的なんだなあと思っただけですよ」
笑顔が怖い、全てを見通しておいてすっとぼけているのも俺のメンタルに堪える。
「あんまり詮索すると貸さないぞ?」
睡は笑顔を引きつらせて答える。
「お兄ちゃんには大変感謝しておりますのでそれを貸していただけると助かります!」
手のひらクルックルだが大目に見よう。どうせHDDの値下がりで使ってないものだしな。余っているリソースを妹に割くのが悪いことだとは思わない。
「じゃあちょっと待ってろ、引っ張り出してフォーマットしなきゃならないからな」
「お兄ちゃんのお古ならデータが残っていても構いませんよ?」
「俺が気にするんだよ! 察しろ!」
「お兄ちゃんの秘蔵データ、気になります!」
「はいはい、あんまり深く知らない方がいいこともあるんだよ、持って行くから部屋で待っとけ」
そう言って部屋に玄箱を取りにいった。押し入れの中から引っ張り出したそれはちゃんとHDDが入っている重さをしていて、僅かばかりの基盤と筐体の重さからSSDに変わっていった技術の進歩を感じるものだった。
「今じゃHDDの無いPCが普通にあるもんなあ……」
時代を感じながらソレを持って睡の部屋に向かった。
コンコンと部屋のドアをノックする。
「どうぞー」
気の抜けるような声とともに部屋に入ってみる。
「これが玄箱な」
トンと睡の前に置くと睡は不思議なものでも見るかのような目でそれを眺めた。
「へー、ちっちゃいんですね?」
「ああ、ストレージ以外の使用法が無いからな、基本的最低限のパーツしか入ってない」
「ふむ……これに私の秘蔵のコレクションを入れればいいんですか?」
「そうだな、ちなみに何のファイルがあるんだ?」
「お兄ちゃんのとうさ……写真ですね」
何か不穏なことを言おうとした気もするが、俺もこのストレージに入っていたものがアレだっただけに睡のことを追求するのはやめておいた。
「全部突っ込んだらある程度クラウドの方から削除しておけ、しばらくはそれで持つだろう?」
「はい! 全然オッケーです!」
こうして睡の笑顔を見ることが出来たのでそれは良いことなのだろうと考えて部屋に戻るのだった。
――妹の部屋
「ふぉおおおおおお!!!!!! お兄ちゃんの秘蔵のコレクションが保存できりゅーーーー!!!!」
おっと、思わず興奮してしまいました。お兄ちゃんをこっそり撮り続けたコレクションを消さなくていい! なんて素晴らしいアイテムなのでしょう!
そうして私はスマホからまとめてストレージの大半を使うほどにファイルを移動したのでした。
なお、寝る前にストレージを使ってしまったためお兄ちゃんがこれに何を保存していたか分からなくなり、少しもったいないことをしたと気がつきましたがそれはまた別のお話。




