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兄妹の休息

「遅刻だああああああ!!!!!」


 俺は目が覚めてからスマホを眺めて飛び起きる、iPhoneの時計はすでに八時を指している、時間が無い!


 大慌てで着替えようとドタバタしていると部屋の前から声がかかった。


「お兄ちゃん……ふぁ……どうかしましたか? たまの休みくらいゆっくりしましょうよ」


 え?


「ちょっと待ってくれ、休み?」


「休みじゃないですか、今日は国民の祝日ですよ?」


 部屋の壁に貼られたカレンダーを見ると、今日の日付が赤くなっていた。


「なんだ……休みかあ……」


 ああビックリした、休日はありがたいものだがアラームをオフにしたのをすっかり忘れていた。着替えをしまい直して普段着を取り出す。いつものパーカーを着て部屋を出る。


「おはよう!」


 俺は恥ずかしさからついつい大声になってしまう。


「おはようございます! 『休日』とはいいものですね?」


「あ、ああ……そうだな!」


 俺は引きつった笑みを返すことしか出来なかった。すっかり忘れていたのでもし俺に妹がいなければ誰もいない学校に向かっていたかもしれない、危ないところだった。


「お兄ちゃん、朝ご飯は出来てますよ!」


「分かった、行こうか」


 俺は頷いてキッチンに歩を進める。恥ずかしさについつい目が泳いでしまう。


「お兄ちゃん、別に私はお休みを勘違いしていたことを笑ったりはしませんよ?」


「ちが……俺は……」


「はいはい、朝ご飯食べましょうね」


 かなわないなあ……どうにもこのペースに巻き込まれると勢いが引っ張られてしまう。


「しかし休日なのに早起きなんだな? 俺なんてガッツリ寝る気だったのに」


「そーですね、ええ……ちょっとインターホンの電池を抜いたり……戸締まりを完璧にしたりやることが多かったので……」


「は!?」


「いえいえ、ナンデモナイデスヨ、お気になさらず」


 明らかに聞き流してはいけない話のような気がするのだが、本人的にはもう触れて欲しくない話題らしい。少し考えてから休日なので別に問題無いと判断して朝食の並ぶテーブルに向かった。


「今日はミルクとシリアルですよ、ちょっと時間が無かったのでこれだけです、ごめんなさい」


「いやいや、用意してくれただけでも御の字だし文句なんてないから」


「そうですか? お兄ちゃんは優しいですね」


 クスクスと笑いながらシリアルを口に運ぶ睡、なんとなく鳥が植物の種を食べている姿が想像されるような食べ方だった。


「じゃあ私はシャワー浴びてきますね、せっかくのお休みなのでゴロゴロしたいですし、汗を少しかいてしまったので」


「分かった、じゃあ俺は夕食の買い物にでも……」


「いけません! 私がちゃんと作るので外に出るのはやめましょう! 重さんとか重さんとか重さんとかが待ち伏せている可能性が高いですから!」


「アイツも俺たちを張り込むくらい暇じゃあないだろ?」


「私たちっていうか、お兄ちゃんを待ち伏せている可能性があるので今日は家の中にいましょうね!」


「お、おう」


 圧倒的な勢いに押されて同意してしまう。すまんな、重よ。


「じゃあ今度こそシャワー浴びてきますから、いいですか? 誰かが来ても応対しちゃいけませんからね?」


 まるで子どもを諭すようにいう睡に対して俺はどうすればいいのか分からなかった。睡がシャワーに向かって数分後だろうか、なんだか玄関に気配がした気がする。何故そう思ったのか自分でもよくわからないし、もしかしたらただの気のせいだったのかもしれない。ただ直感がそう告げていただけで……


 ……


 なにも聞こえてこない、誰かが来ているならインターホンを鳴らすだろう。ソレが聞こえないということは歓迎するべきでない人が来たのだろうか? そもそも誰かが来ているということさえ直感からの推測だった。鍵もチェーンもかけてるし……玄関に行ってみるか。


 そう決めて少し歩こうとしたところで睡がバスタオルを身体に巻いた状態で飛び出してきた。


「おま……!? なんて格好してんだよ!?」


「ああお兄ちゃんは見ても良いですよ? ソレはもうなめ回すように見ても構いませんが……今玄関に行こうとしてませんでしたか?」


「え、ああそうだな。誰か来たような気がしたから……」


「気のせいです! 気のせいですから! お兄ちゃんは大人しくソファに寝転んで気ままに待っていてください! いいですか?」


「は、はい」


 その気迫に思わず肯定してしまった。


「ところで服を着てくれないか?」


「おや、お兄ちゃんはこういうのが好みでしたか? まあ今は詮索しませんが、ちょっと黙っておいてください」


 そう言うとカーテンをしゃっと閉め、テレビの電源を切る。まるで盗撮に怯えているような用心深さだ。


「よーしよし……帰ったみたいですね……ではお兄ちゃん、服を着てきますね」


「頼むからはじめからそうしてくれないかなあ!」


 そう叫んだところで妹に兄の言葉を真剣にとらえるようなことがないことは今までで十分分かっている。しかしそう言わずにはいられないほどきわどいアングルが俺の目に飛び込んでくる。


 嵐のように出てきた睡は荒らしのようにお風呂に帰っていった。一体何故出てきたのかは不明だがアイツにも俺みたいな直感があったのかもしれない。


 ――玄関前、数分前


 コンコン


 ……


「あれ? 確かに中にいるはずなんだけど……」


 私はインターホンを再度押してみる、やはり音がしなかった。そもそもインターホンは家の中に誰かが来たことを知らせるためのものなので外まで響く必要は無いのですが、気になりますね……


 私は電気メータと水道メーターを確認します、不法侵入? 幼馴染みにプライバシーなど求める方が無茶というものでしょう。


 水道は少しだけど動いてるわね……電力は……そこそこね……


 これがなにを意味するのかは分からないけれど、この家に私は少なくとも歓迎はされていないようね。


 ふと横を向いた時、お風呂場のガラスが曇っていることに気がついてしまった。


 もしかしたら誠が……いやいや、さすがにソレは越えちゃいけないラインでしょう!


 私の中で理性と本能が取っ組み合いを始めます。結局その勝負の決着がつく前にお風呂場から人の気配が消え、私は興味を失った。


 うーん……ちょっとだけ覗いてみようかな。


 私は家の横に回り込んでリビングのカーテンをチェックした、けれどソレはちゃんと閉ざされていて中の気配はうかがえなかった。この家の中に誠と睡ちゃんがいるわけよね?


 しかし私は理性的な面がしっかりと有ったようでその場を何事もなく後にしました。結局真実は闇の中へと葬ることにしました。結局……それを知ったところで幸せになる確証なんてないんだしなあ……


 私はそうして幼馴染みの家を後にしたのだった。


 ――浴室


 はっ!?


 私は言い知れぬ気配を感じて窓を見ます。もちろんスモークガラスなので外に誰かがいてもそれを知ることは出来ないのですが、私の本能が『居る』と告げていました。


 そう気がついてしまうと居ても経っても居られず水道をしっかり止めて、一通り身体を拭きながら照明をオフにします。正直なところここを観察されているなら灯りの明滅を知らせるのはあまりいい手ではないのですが、つけっぱなしと思われるとそこから入ってくる権利を主張しかねない人です。


 一通り軽く身体を拭いてからバスタオルを身体に撒いてお兄ちゃんのところへ行きます。


 お兄ちゃんは驚いていますがそれどころではありません。シャッとカーテンを全部閉めてから電気メータも水道メータも回らないように電源を切っていきます。完璧を考えるならブレーカーを落とすべきですが、待機電力すらないと思われると逆に怪しまれかねません。私は微塵の隙さえ見せない完璧な妹なのです。


 表からの気配は案の定このリビングが見えるところまで移動してきました。しかし私が前もって閉めたカーテンで中の様子はうかがえません。少しカサカサという音がした後で離れていきました。よし、問題無し。


 そこでお兄ちゃんが私の格好について文句を言ってきました。本来なら無視するのですが、今日ばかりは私もはしたなかったと思います。できる妹は素早く頭を切り替えられるのです。


 そうして服を着てドライヤーで髪を乾かしながらお兄ちゃんとの一日に思いを馳せます。


 ふふふ……ついつい笑みがこぼれてしまいます。今日はお兄ちゃんを私が独占できる日なのですから当然というものでしょう!


 ――リビング


 何だったんだ? 突然の出来事を頭が処理しきれずにオーバーヒートをしていたのでとりあえず一杯の水を飲んで落ち着いた。


 まず、誰かが来た気配がした、これは気のせいなのだろう。そして妹が裸にバスタオルという扇情的な格好で出てきた。これに理由を考えろというのは無茶が過ぎるだろう。


 結局の所何故睡があんな格好で出てきたのかも分からないし、誰もいない玄関に何かを感じ取ることも出来なかった。あの後、ドアのレンズから表を覗いてみたがそれらしい人影はまるで感じられず、むしろさっきまで誰かいたような気がしたことの方が不自然なことのような気がした。


「お兄ちゃん! ゲームしましょう!」


 ビクッと身体を震わせる。何故かって? 妹に突然飛びつかれたからだ。


「お兄ちゃん! 会社経営ゲーの99年モードでもやりますか? それともド○ポンのシナリオ全クリアしますか?」


「なんでお前はリアルファイトに発展しそうな提案しかしないんだ……」


 パーティゲームとしては定番だが、どちらも友情破壊ゲームとあだ名をつけられただけのことはあり、他のプレイヤーへの嫌がらせがいくらでも出来るゲームだった。


「あれ? そうなんですか? ともだちと遊ぶのにどのゲームがいいですかってネットで聞いたらこの二つが上がったんですが?」


「ネットの意見を鵜呑みにしないようにな……」


 ロクな意見を出さないネット民に呆れつつも、そういった悪乗りがお約束と化していることを理解した。どうやらネタでそういった人がはじめに居たが次第にネタが一人歩きを始めたようだ。


 まあ、こういったことはないことではない。現に遙か昔のネット上で流行ったコピペがネット上でマジレスの物議を醸すという笑えないことも時々見た。そういった人は当てにしないのが一番なのだがその辺の嗅覚が鋭くないのだろう。そう考えながら俺に抱きついている睡の顔を見る。


 整った顔が少し赤らんでいるような気がするが……体温が伝ってこないし、それほど熱があるようではない。そんなゲームを提案した連中への怒りだろうか? とにかく感情が高ぶっているようだった。


「じゃあ、このゲームはどうだ?」


 俺は一つのRPGを取り出す。このゲームはRPGにしては珍しく複数プレイヤーが参加できる、片方は戦闘の時だけの参加だが、逆に対立しないので平和的に進んでくれる。


「じゃあそれで」


 睡の了承を得たのでそのディスクを入れて起動する。今ではチープな音に貧弱と言ってもいいグラフィクスが表示された。


「懐かしいですね……これももうレトロゲームなんでしょうか?」


「かもな、3Dだからってレトロゲーに入らないわけじゃなくなったしなあ……」


 時代の流れか、ポリゴンの3Dゲームがレトロゲーになった代わりに今までのスペックでも問題無い2Dのゲームがスマホに対応して最新作として登場したりしている。世の中というのはどこでどう転ぶか分からないものだ。


 ――しばしプレイ


「よっと! お兄ちゃん! スキル張るので近寄ってください!」


「おう! 次に必殺技撃つからバフも頼む!」


 そんなやりとりをしながら隠しボスとの戦闘に励んでいた。


 このゲーム、ラスボスと同じく隠しボスも何度でも戦える仕様になっている。セーブをすればボスを倒したフラグは立つが、再び会いに行けばちゃんと戦いに入るように出来ている。


『ギャアアアアア!!!』


 叫びとともにボスは消えていく、ドロップしたアイテムをセーブで保存してからゲームを終了した。また暇な時には睡とプレイできるようにディスクをドライブに入れたままにしておいた。


「ふぅ……なかなか緊迫感がありますね!」


 実際睡は慣れていないので二度ほどプリーストに蘇生魔法をもらっていた。俺には慣れたもののボスだが初めて戦うとこんなものだろうか。


「あれ? なんか部屋が暗くないか?」


 俺がゲームに熱中していたので気がつかなかったが、ただでさえカーテンで暗めになっていた部屋が更に薄暗くなっていた。


「ああ、もう夕方ですね」


「マジか……」


 ゲームとは時間泥棒にもほどがある、まだそんなにプレイした気がしないのだけれど、スマホには16:40と表示されていた。どうやら暗くなってきたのは夕暮れのためだったようだ。


 カーテンを少し開けると茜色の空が広がっていた。時間を気にしなかったのは久しぶりの出来事で少しだけ驚いた。


「ねえお兄ちゃん……」


「何だ?」


「また今度何か別なことでもいいので遊びましょうね?」


「ああ、時間があれば」


 そう答えることしか出来なかったが決して悪い気分にはならない祝日だった。


 ――妹の部屋


「やっふーーーーーー!!」


 お兄ちゃんから次の約束を取り付けましたよ! やりました! 少し前の自分を褒めてあげたい!


 そこで少し冷静になります。


「やはり来ますね……重さん……」


 仲がいいにこしたことはない、そんなことは私でも分かっているのだけれど、やはりお兄ちゃんだけは譲れないのです、こればかりは絶対にです!


 私は明日はお兄ちゃんと登校できる幸せをかみしめながら眠りにつきました。

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