妹と覇権アニメ
その日、俺がリビングに向かうとTVでアニメが流れていた。はて? この辺でこんな時間帯に放映しているアニメがあっただろうか? しかもそのアニメはぱっと見深夜帯に放映していそうな作品に見える。まあ実際最近テレビを見ていないのでアニメが復権したのかもしれない。俺に気づかず睡は熱心にアイドルアニメらしいものを見ていた。
「睡、これ何のアニメだ?」
「ふぁ!?!?」
睡は思いきり驚いてビクッとして振り向く。
「お兄ちゃん! おどかさないでくださいよ!」
俺は肩をすくめて言った。
「いやあ、熱心に見ているもんでついな……これは……アイドルものか?」
「違いますよ『ツインテールの魔女』です! まあ今映っているのはアイドル回なんですけど……」
やっぱりアイドルものじゃねえか! と思ったがその言葉を飲み込んで現状について問いかける。
「で、なんでお前もツインテールにしてるんだ?」
そう、現在の睡は紺色の長い髪をきっちり二つにわけておろしている。誰がどう見ても立派なツインテールだった。ついでに言うなら画面内のキャラとどことなく似た格好をしている。
「わわわ私がコスプレなんてするわけないじゃないですか!?」
「誰もコスプレとは言ってないんだが……」
どうやらコスプレらしいですね、間違いない。本人が何をしようと自由なのだが、恥ずかしいのだろうか? ノリノリでやっているように見えるのだが。
「安心しろ、俺は別に妹がオタクやってても構わないから、というか一般人はあんなにスマホ持ってないし、意外でも何でもないぞ」
「お兄ちゃんの偏見が酷い……」
そんなことを言われてもなあ、趣味は自由だしそれをとやかく言う気も無いのだが、本人は気になるらしいな。
「安心しろ、俺は妹を趣味のことで嫌いになったりしないから!」
「そういう問題じゃないんですがねえ、というかお兄ちゃんもこのアニメ見ませんか? これで結構王道なんですよ?」
たまには妹の趣味に付き合ってやるのもいいだろう。俺もそんな気になって睡の隣に座った。睡はFireTVstickのリモコンを操作してツイ魔女の第一話を流す。
「このテレビ、配信に対応させたんだな」
「そりゃあもう当然でしょう! 大画面で見たいじゃないですか?」
そういう物なのだろうか? 俺はPCの画面でも楽しめる人間なのでそう言った気持ちはよく分からない。
「で、このアニメ面白いのか?」
「控えめに言って覇権ですね!」
睡の断言には偏見が混じっていることが多いが今回は心の底からそう信じているような声だった。そんなに面白いのか? 俺は最近地上波から離れていたのでアニメについてはノーマークだった。話題になったとしても動画サイトの公式がアップしていなければ見ない、往々にして海賊版が人気アニメにはつきものだが俺はその手のものは見ない。それは決して良心だとか、正義感だとかそういう御高尚な意志からではなく他人の動画に広告貼って左うちわを目指すクソみたいなアフィリエイターに金を渡したくないという鋼の意志からだ。
「これどんなアニメなんだ?」
睡はよくぞ聞いてくれましたとアニメの設定について滔々と語り出した。
「まず魔法少女のシステムがあってですね……(中略)……それで主人公の戦う決意をするシーンがとっても尊いんですよ!」
長くなったのではしょったが、本編のAパート丸丸くらい睡はこのアニメの魅力について語っていた。好きなのは分かったんだが果たして俺にとっても面白いのだろうか?
そして主人公がようやく一話終盤で魔法少女に変身をしたところで俺は「可愛いなあ」と小学生並の感想を持っていた。いや、面白いというのは理解出来る、出来るんだが……これについて延々と語ることが出来そうではなかった。『あのアニメどうだった?」と聞かれれば『面白かったよ』と返せる程度には確かに面白かったのだが心を動かされるかというのとはまた別の話だ。
俺は朝からアニメのマラソンを続けることが少し面倒になったが、睡のことを少しは理解してもいいだろうと思って視聴を続けた。仲間の突然の死、それを乗り越えラスボスと対峙する様子には熱いものを感じた。ありがちだが出来のいいストーリーというのが俺の感想だった。
「ねね……? お兄ちゃん? どうです? 最高でしょう?」
うぅ……そう上目遣いで言われると否定も出来ないじゃないか……俺は結局その勢いに負けて頷いて『面白かったな』と答えた。それから俺は朝食を食べようと離れようとしたところで睡に服を掴まれた。
「ちなみに『ツイ魔女』には劇場版もあります!」
「え゛……?」
「見ましょう? レッツ視聴です! 私たちのアニメ視聴はまだ始まったばかりです!」
なんだか打ち切り臭い台詞とともに延長戦の幕が上がったのだった。劇場版では地上波で死んだキャラを生き返らせるのを目標に新たな敵と戦うストーリーになっており、大変面白かった。面白かったのだが……
「腹が減った……」
「へ?」
睡がポカンとしている。
「朝食食べていいか? 正直今の状態だと話が出来るほど血糖値が上がってない……何か食べないと眠くなる」
「ああ! 朝ご飯がまだでしたね! すぐに作りますよ!」
「いや、別にそれくらいは出来るが……」
「いえいえ、付き合ってもらったんだから私が作りますよ! お兄ちゃんって嘘がつけないですよね?」
嘘がつけない? 何のことを言っているんだ?
「すぐ顔に出ますし、私のお願いだと嫌でも聞いてくれますもんね、そう言うところ、嫌いじゃないですよ?」
何だろう? 褒められているのか? なんだか睡が少し悲しそうな目をしているような気がする。無論コイツの本心を読めるほど俺は理解していないが、なんだか残念そうな目をしていることだけは理解出来た。
すぐにトーストが置かれてジャムの瓶と目玉焼きが並ぶ、何にせよ食事をして意識レベルを上げないと話もまともに出来そうではなかった。パリッと焼けている食パンにジャムをべったり塗って口に入れると糖分がようやく脳に回ってきた、少し意識がはっきりする。
「お兄ちゃん、あんまり面白いと思ってなかったんでしょう?」
「え!?」
突然の発言に驚く、確かに心底面白いとは思ってなかったが見ていて退屈しない程度には楽しんでいたはずだ。コイツには俺が楽しそうに見えなかったのか?
「いや、面白いアニメだったぞ?」
「ははは……お兄ちゃんは優しいですね……でも、分かっちゃうんですよねえ……妹ですから」
「妹だから、ねえ」
「そうですよ! お兄ちゃんがあくびをした回数も、うとうとして首を揺らした回数も、何なら瞬きの回数だって覚えてますよ?」
ハッタリだろうがそこまで覚えていたなら怖いな……
「よし! 睡、TVを一日使わせてくれないか?」
「いいですけど何かするんですか?」
「俺は睡の好きなものを理解したい、だから今日一日見返してみようと思う。少なくとも1クールと劇場版をもう一回くらい見る時間はあるだろう?」
「はぁ……いいですよ、是非使ってください……できれば私にもそのくらい興味を持って欲しいのですが……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないですよー! お兄ちゃんは鈍感だって話です!」
そう言ってスタスタとリビングを後にしたのだった。
俺はその日丸々『ツイ魔女』を見返してみた、すると一つのことに気がついた。このアニメ、作画が比較的安定しているのだがよく見ると主人公の妹キャラの作画だけ頭一つ抜けて安定して良質な作画になっていた。これが魅力なのかとも思ったのだが結局理解することは出来なかった。俺と睡が理解し合える日は来るのだろうか? 妹のことをよく理解していなかったことを俺は教えられたのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんはなぜあの情熱のひとかけらでも私に向けてくれないのでしょう……」
いいえ、分かっていますとも! 私をアピールするところでアニメの方のアピールをしちゃったのがミスでした。いえ、あのアニメは確かにいいものなのですたった一つ『妹』が正ヒロインでないことを除けばですが……
配信で毎週見ていた頃は妹が作画で優遇されていたのでこれは妹モノかと思ったのです、特定のヒロインとくっつかなかったので一縷の希望を求めて劇場版も見ました、しかし……それでも妹エンドにはなりませんでした。
しかし……その日はお兄ちゃんが私に関心を向けてくれた上に、私を理解しようとしてくれたことについては掛け値無しに嬉しいことでした。だから明日を夢見て私は眠るのでした。




