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妹のトラックボールへの熱いこだわり

 カタカタ……カタカタ……


 キーをタイプしながらふと考えた。こうしてrealforceを使いつつカチカチとゲーミングマウスをクリックする、そういえば最近マウスのボタンがチャタリングを起こしがちだった、一回押しただけなのにカチカチッと何度も反応してしまうということだ。


「まったく……ロジクールはスイッチケチってんなあ……」


 保証の期間内なので買い換えてしまえば済む話なのだが、外国産の安いマウスにも気を取られていた。何しろ三年保証を受けて交換を待つよりその場で捨ててしまって新しいのをポチった方が安上がりな値段になっている。さすがにポンコツといっても値段が十分の一ならいいところの製品の保証期間内を過ごすより買い換えた方がよほど安い、そういう値段が表示されていた。


「九八〇円ねぇ……」


 そこに表示されているのは抗いがたい魅力を発する三桁の値段があった。


 俺は調子の悪いマウスを置いて冷静に考えるためにキッチンにコーラを飲みに向かった。


 キッチンにはもうすでに起きている睡がいて呑気に俺に挨拶をしてきた。


「おはようございます! お兄ちゃん!」


「ああ、おはよ」


 睡はしっかりと結んだ髪を揺らしながら俺に不平をあげる。


「お兄ちゃん、せっかく可愛い妹からの挨拶なのにテンション低いですよ?」


「悪かったよ……眠いんだ」


 マウスの調子が悪いと効率よくソースコードが書けないので、古式ゆかしいvimで書いていた。これならキーボードのみで操作出来る。マウスが出てこないのであまり影響を起こさない。


「何かあったんですか?」


「慣れないvimを使って疲れたんだよ」


「Emacsを使えばいいのでは?」


 vimと二大巨頭のテキストエディタを提案する睡だ、一応EmacsでもCtrlとのキーバインドでマウス無しの操作が可能だが、大抵のEmacs使いはマウスも併用している。


「マウスが調子悪くてな、キーボードだけで済ませたかったんだ」


「Emacsもキーボードだけで操作出来るじゃないですか?」


 おっと、睡さんはEmacs原理主義者だったようだ、そういう操作法があるというだけでEmacsユーザーはGUIにマウス操作だと思い込んでいた、どうやら妹はストロングスタイルを支持する強者のようだ。


「俺はマウスが使いたいんだよ……」


「ふむ……なるほど……」


「なんだよ?」


 睡が何やら頷きながら納得している。


「お兄ちゃん、私のやつを一つあげましょうか?」


「余ってんの?」


 睡は頷いた。


「ええ、m570t使ってたんですけどm575が出た時に乗り換えたんです、旧式が一つ余ってるのでその……」


「幾らか欲しいのか?」


 地味にいい値段のするトラックボールだ、ただというわけにはいかないのかな?


「いえ、お兄ちゃんの今使ってるマウスが欲しいなと……」


 マウス? いや、あげること自体は別に全然構わないんだけど……


「壊れかけだぞ?」


「知ってますよ! お兄ちゃんの愛用品ということでとっておこうかなと思いまして」


 まるで芸能人の愛用の品をもらうようなことを言っているが、俺は一般人だしマウスは修理してまで使うような高級品ではない。しかし、タダでくれると言っているものを断るのもなんだか悪い気がする。地味にトラックボールは高い製品が多いので貰えるのはとても有り難い。


「いいのか?」


「うーん、そーですね……ではお兄ちゃん! せっかくなので私がキーボード買うのに付き合ってくれませんか? 所謂デートというやつです!」


「別に構わないけど」


 睡が驚いた顔をしたがすぐに涼しい顔をしていった。


「久しぶりにメカニカルキーボードが懐かしくなったのですが、昔買ったのは処分しちゃってましてね。安いのが一台欲しかったんですよ」


 なるほど、睡も買いたい物があるなら付き合うくらい全然問題無い。なんでもやると言うとマジで無理難題を押しつけられるがこの程度なら軽いものだ。


「何処へ行くんだ? ヨドバシ? ビックカメラ?」


「そんなまともな製品しか売っていないお行儀のいいお店には行きません、ジャンクショップから仕入れようと思ってます!」


 そんなわけで俺たちはジャンクショップに向かう電車に乗っていた。幸い電車で行ける範囲にジャンク品を扱っている店があったのでそこへ行くことになった。


 ジャンクとは言っても割とまともな製品しか扱っていないので安心出来る。アキバのように完全に全てが怪しい製品は扱っていない程度の倫理観は持っている店だ。


 なお、近所にハードオフもあるのだが、あそこはちょっとマニアックな製品になると売っていないので候補から外しておいた。


「お兄ちゃん、どんなものが売ってますかね? 10Base-TのハブとかAGPのグラボとか古生代の商品を売ってたりしますかね?」


「売ってないぞ、そういうのは一部の人には刺さる商品だからな、もうとっくに売れてるだろう」


 睡はちぇっと舌打ちをしてから俺の方を向き直る。


「お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんに何か買ってあげたいのですが?」


「気持ちだけ受け取っとく」


 気持ちは嬉しいが俺が妹のヒモ状態になるのは勘弁願いたいものだ。


 電車がプシューと音を立てて駅に止る、俺たちは駅を出て目的のショップへ向かった。そこは個人経営のPCショップで法律的にも微妙に怪しいものも取り扱っている。睡の希望のしながあるかは不明だが行ってみれば買う物が一つくらいはあるだろう。


 テクテクと歩いて十分くらいでその店は姿を見せた、薄暗い店内、流れるイージーリスニング、怪しさ満点の店だ。しかし、ここらではアキバや日本橋で売っているような本物のヤバい製品を売っていると、それを使えない客が文句を言うためある程度一般的なラインナップとなっている。


 店内に入ると店主が小声で「らっしゃい」というだけで店員らしい店員はいない、個人経営だからな。気がついたこととしてはスマホのコーナーが出来ていた。これも時代の流れだろうか? とはいえ技適に通っていないような製品は見当たらなかった辺りがこの店の良心なのだろう。


 睡はキーボードのコーナーに直行して安そうな中国産キーボードを叩いてキータッチをチェックしていた。


 そうこうしているうちに睡が手招きをした、俺がそちらに向かうと小さな、所謂60%キーボードの白い品を指さしていた。


「お兄ちゃん、これ青軸ってところさえ許せば楽しそうな商品ですよ!」


「テンキーはともかく独立したカーソルキーはあった方がいいんじゃないか? Fnキーと同時押しは慣れないと辛いぞ」


 そう言ったが睡は胸をはって俺に答えた。


「愚問ですね! 私が扱えないキーボードなんてあるはずないでしょう!」


 そう言って段ボール箱を一つ手に取ってレジに向かっていった。


「お兄ちゃん、いい買い物でしたね? 帰りましょうか」


「そうだな、ああ、キーボード持つよ」


 睡は少し顔を赤くして言った。


「じゃあお願いしましょうかね」


 そう言って俺に袋を渡して俺たちは帰途についた。大した重さではないのだが、一応精密機械のためあまり揺らさないように気をつけて持って帰った。一般的なキーボードなら多少振ったくらいで壊れることはないが、品質保証が怪しい製品は軽く壊れる可能性がある。


 帰宅後、俺のマウスと睡のトラックボールを交換した。正直結構な値段のする製品なので申し訳ない感じはするのでオマケに気持ち程度のUSBフラッシュを付けておいた、睡が喜んで受け取ってくれたのでよかったのだろう。


 その夜、隣の部屋からカチカチ響く音で俺はなかなか寝付けないのだった。


 ――妹の部屋


「いやあ、思った以上の収穫ですね!」


 マウスについては思い出の品と言うことで電池を抜いて引き出しに放り込んでおきました。問題はお兄ちゃんが「オマケ」で付けてくれたUSBフラッシュです。


 この中にお兄ちゃんの使っていたデータが入っていたわけです、もちろんフォーマットはされていますが私を舐めないで欲しいものです。


 その夜、私はお兄ちゃんの秘蔵かもしれないデータの復旧に夜を使うのでした。

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