妹とゾンビ映画を見る
「じゃあお兄ちゃん、夕食の材料買ってきますね!」
そう言って妹はそそくさと退室した、たまには俺が作ってもといいと言ったのだが悲しいかな信用がまるで無く、まともな食事をしたいなら私に頼ってくださいと言われてしまった。そんなわけで休日の真っ昼間に暇な時間が出来てしまった、ここは……アレを消化しておくか……
俺は部屋からディスクを一枚持ってきてリビングのゲーム機に入れる。PCで見ても良いのだがせっかく大画面のテレビを使えるのだからそちらにした方がいいだろう。
何を見るかって? 嫌らしいものではない。ただし睡が見たがらない映像だ。低解像度の映画が流れ始める。DAWN OF THE DEADだ、睡はゴア描写が意外なことに苦手なのでこの円盤を自室以外で再生したことはなかった。
こういうときは見たいものを見て羽を伸ばすに限る。ちなみにリメイクの方ではなくロメロの監督したオリジナルの方だ。ゾンビは走らない、いいね?
徐々にポストアポカリプスの世界へと変化していくのを描写した名作ゾンビ映画だが、睡曰く『悪趣味なグロ映画』だそうである。睡に言わせればがっこうぐらし!でさえもグロアニメ認定されてしまうのでアイツはゴア描写に耐性がないのかホラー映画が苦手なのかどちらかだろう。
どうでもいいが火葬文化の日本でバイオハザードが出るまでゾンビものが少なかったのはしょうがないのではないかと思う。バイオハザードだって舞台はアメリカだしな。
確かナイトオブ・ザ・リビングデッドでは金星の放射能が原因でゾンビ化したとほのめかしていた気もするが、権利上関係の無い作品となっている以上その設定は出てこない。
のっけからゴア描写が出てくるので初心者向けではないが描写が秀逸で面白い、しかし妹と見るものかと言えばまた「それは違うんじゃないかなあ」程度には理解出来る。
そんなものを見ながら三十分がたった頃、背後に気配を感じた。
「お兄ちゃん……そういうのは悪趣味だから一人で見てくださいって言いましたよね?」
あくまで笑顔を崩さない睡だが、頬がピクピクして目尻には涙が浮かんでいる。俺もさっさと部屋に戻った方が良さそうだな。
「悪いな、続きは部屋で見るよ」
「は!? お兄ちゃんここに居てくれないんですか?」
「いや、だってお前怖いんだろう?」
「こここ怖いわけないじゃないですか!!!!!」
「いや、結構グロいし苦手ならわざわざここで見ないぞ?」
「見てやろうじゃねえですか! お兄ちゃんに私の度胸を見せて上げますよ!」
そんなわけでディスクの先頭に戻して再び最初からの上映が始まったのだった。
「お兄ちゃん、あんまり怖くないですね?」
まだ始めの暴動のシーンしか見ていないのに怖くないと言っている、しかし言葉とは裏腹に声が微妙に震えているのでこの先を見せるのは躊躇われた。
「こっからグロいぞ?」
「ドンとコイですよ!!!!!」
ビビっているのは分かるのだが、本人がやめると言わないので再生を止められない、そのまま最初のゾンビに人間が食べられるシーンが出てきた。
「ヒェッ……」
「ほら見ろ怖いんじゃないか」
言わんこっちゃない、ここからはゴア描写が増えるのでここが無理なら諦めるべき何だが……
「お兄ちゃん、手、握っててください」
「しょうがないなあ……」
ギュッと睡の手を握ると力強く握り返してきた、手のひらにかくのは冷や汗だけらしいが、睡の手汗はすごいことになっていた。
そこからヘリでの逃亡編は割と平気な様子だった、この辺は日常の崩壊していくパートだから死人もそれほど出ないせいかもしれない。何にせよ、ショッピングモール編の初期は割と俺と繋いでいる手にそれほどの力は入らなかった。
ネタバレは避けたいところだがこの後のゴアシーンが多くなることをそれとなく伝えておく、睡は「へへへへ平気ですし!?」とのことなのでもう言うまいと俺は普通に再生を続けていった。
睡は死人が出るシーンは厳しいがゾンビが死ぬ(?)シーンは平気らしく大した感傷もなく平気な顔で見ていた。やはり問題はショッピングモールの陥落するシーンだろう、あのシーンは俺でもキツいものがある。
「睡、ここからかなりキツいシーンになるが大丈夫か?」
睡は必死に気を張って答えた。
「もちろんですよ!!!!! 私を舐めないでいただきたいですね!」
声は必死に出しているようで、握っている手もプルプル震えていた。
言った側からメインキャラの一人に死亡フラグが立った。
「お兄ちゃん……あの人は……」
「まあ……見てれば分かるよ」
握る手に力を込めて必死に耐えていた。ネタバレは言わないが覚悟くらいはさせておいた方がいいだろう。俺の言外の意図を悟ったのか、睡は握る手に一層力を込めた、まるで地獄で蜘蛛の糸を握っているかのようだった。
「なあ……ここからキツくなるし、この辺でやめても……」
「大丈夫ですよ! 私がそんなビビりに見えますか!?」
「めっちゃ見えるぞ、むしろこれでビビってなかったら一体何が怖いんだ?」
「そうですね……お兄ちゃんに嫌われること……ですかね?」
「そんな饅頭怖いみたいなことを言われても……」
そうやって話しているうちに映画の方も佳境へとさしかかった。死ぬべきものが死んでショッピングモールは崩壊してゆく。まさに死人の夜明けの有様を見せている状態だった。
地獄が一杯になっていく様を見せられるのは辛いものがあるのだろう、睡も無理してみなければいいのではと思うのだが意地を張って最後の方まで見てしまったので今更オチだけ見ないのも後味が悪いのだろう、必死に耐えている。
いよいよ全てが終わってしまうシーンを見てから睡は涙を流していた。
「お兄ちゃん……仲間って……いいものですね?」
「そうかもな」
仲間というか仲間『だった』ものが死んでいく様はとても辛いものだ。しかし睡から部屋に帰れという指示が出ないので再生を続けている。もはや意地だけで見ている状態だった。
最後に僅かばかりの希望を残してスタッフロールになった時には睡は泣きながら見ていた。
「お兄ちゃん……もっと希望がある映画を選んでくれませんかね? せっかく妹とみるんですよ? 情緒も何もあったもんじゃないじゃないですか!」
そもそもゾンビ映画に情緒を求める方が間違っている気がするのだが本人は至っては真面目な様子でそう言ってくる辺り、普段からゴア描写のある作品に触れているかどうかの違いなのだろう。文化の違いというものを実感したのだった。
なおその夜……
――妹の部屋
「なかなかいい作品でした……」
お兄ちゃんとホラー映画を見るとかドキドキイベントだと思ったのですが、思った以上にガチな映画で正直ヒきました……しかし今の問題はそんな些細なことではありません。
私は部屋の電気を消してからすぐに点けます。うん、やっぱりダメですね……
私は夜も更けているというのにお兄ちゃんの部屋に行きました。起きてますよね?
コンコン
「はーい」
「おおお兄ちゃん? その……一緒に寝てくれると……」
私の不躾な申し出に対してお兄ちゃんは「あー……」といった顔をして私を部屋に入れてベッドに入れてくれるのでした。なお、お兄ちゃんは床で寝ました。




