妹とユーフォリア
「おにーちゃん! 大好きですよー!!!!」
唐突に妹にそんなことを言われた。悪い気はしないがそんなことは些細な問題だ。問題はコイツはそんなことを「大っぴらに」言う奴ではないということだ。
コイツが俺のことをどう考えているのかは知らない、嫌われてはいないんだろうと思う、ただし、今日は『好意的すぎる』、明らかにいつものテンションとは異なっていた。
「お前なんか今日はおかしいぞ?」
コイツは心にため込むタイプなのでこんな直情的な感情表現はしない、そのくらいのことは分かっているつもりだ。だから俺はそう聞いてみる。
「はれ……? お兄ちゃんから没収したカフェインを飲んで……はれ? 何があったんですかねー?」
はぁ……なるほどそう言うことか。カフェインで酔うやつはいるとは効いたことがあったが妹が耐性が無いとは知らなかった。俺は睡を抱きかかえて部屋に運ぶことにした。
「へ……? お兄ちゃん……なにをしてるんれすかー?」
「黙ってろ」
まったく……世話の焼けるやつだ……
こうして俺はその日丸一日睡の面倒を見ることで予定が決定してしまった。なお、悪いが机を漁って残りのカフェインをまとめてトイレに流しておいた、下水道にワニがいるのはアメリカなので日本では別に問題無いだろう。
睡の部屋に戻って見ると睡が大量の汗をかいていた、まあ……今日くらい世話を焼いても罰は当たらないだろう。俺は洗面所でタオルを水につけてよく絞ったものと乾いたタオルを持って睡の部屋に行った。
「へ……? おにいちゃん、なにをするんですか?」
「ほら、これで汗を拭いておけ、俺は部屋から出て奥から終わったら呼べ」
「……? ……? ふぁい……」
分かったんだか分かってないんだかよく分からない反応を返してもらい睡の部屋から出る。トイレに流した錠剤と俺が没収された錠剤の量にかなりの開きがあったが俺はその事について追及するのはやめた、きっとロクなことにならないから、曖昧なことを曖昧なまま残すのは日本人の美徳だと思う。
「おにーちゃん、はいってもいいですよ?」
俺は戸を開けて睡の部屋に入る……下着を着た睡がいた……
「おおおま……なんで服着てないんだよ!?!?」
「ふぁい……せなかがふけないのでおにいちゃんふいてください!」
ダメだ……完全にカフェイン酔いしている……
「おにいちゃん?」
ああもう! しょうがないなあ!
「今日だけだからな?」
「はーい」
明日にはすっかり忘れているであろう返事を勢いよくする睡が心配になるがこの際その事は忘れよう。正直なところ俺の部屋から持って行ったカフェインが原因というところは悪かったと思っている。それを飲んだのはコイツの責任だが……
湿ったタオルを手に取って睡の背中をゴシゴシこする。なんでこうなったんだろうか? 俺の管理が悪かったのだろうか? 責任探しはやめよう……
乾いた方のタオルでから拭きして服を着せる、パジャマしか見当たらないがきっと今日はパジャマ以外必要になることがないだろう事は予想がつく。
「おにーちゃん、きょうはやさしーですね?」
「失礼だな、俺はいつだって優しいだろうが」
「そーですか?」
「そうだよ、ほら、今日は昼ご飯俺が用意するから寝てろ」
「ふぁい……」
そう言って睡を寝かしつけた後、俺はキッチンに向かった。
「さて、何を作ったものか……」
あいにく俺には睡ほどの料理技術は無い、作れるものには限界がある。さて……
俺は秒で妥協してコンビニに向かった。判断が速いのが優れた人間なのだ、グダグダ考えるより金の力で解決、シンプル極まりない解決法だ。
近所のコンビニに向かい、スポーツドリンク数本とゼリードリンクを四つ買う、スポドリは水分補給、ゼリードリンクは固形物が喉を通らない可能性を考慮している。ちゃんとそれらにカフェインが含まれていないこともチェックしておく、ここでエナドリなんかを追加投入したら台無しだからな、コーラ系の飲み物にもカフェインが入っているので気をつかう。
レジに差し出し、Suicaで支払いをすませて家路につく、そんなときに限って出会いがあるのだから世の中は理不尽だ。
「あれ? 誠じゃない? おはよ」
重とコンビニを出たところで鉢合わせになってしまった。よりにもよって今日ここで会うのかというくらいにタイミングが悪かった。
「おはよう、ちょっと急ぐから俺は帰るな」
「なんか私を避けてない?」
「そんなことはないぞ!」
声が引きつりながらも何とか言い返して帰宅しようとすると重はめざとく俺の買ったレジ袋に注目してきた。
「誠、マイバッグくらい持っていったらどう? 大した量じゃなさそうだけど……」
「いや、つい忘れたんだ、じゃあな」
そう言ってさっさと去ろうとしたところでもう一声かけられた。
「あなた、まともな食生活しなさいよ……透けて見えてるけどどうせお昼ご飯にする気なんでしょう?」
「いや、うん……まあ気が向いたらな……」
「まったく……お節介だと思うけど睡ちゃんにもうちょっと頼った方がいいわね」
「ああ、そうする。俺にはどうにも生活能力が無いようなんでな」
それから二言三言交わして何とか家に来るというイベントを起こさず回避することが出来た、今の睡に会わせるのはマズいと本能が告げていた。
俺たちは無事にすれ違ってから何とか帰宅することに成功した。睡の部屋にゼリードリンクとスポドリを持って行く。
コンコン
「はいるぞ」
「あ、お兄ちゃん! その……ごめんなさい! 迷惑かけましたね……」
「いや、構わないぞ。これ、昼ご飯な」
そう言って昼ご飯一式を渡すと睡は呆れた様子でため息をついた。
「お兄ちゃん、これが昼食というのはちょっと寂しすぎませんか? 固形物がほぼ無いんですけど?」
「一日くらいはこれでも死なないだろう? 俺は最低限度栄養が取れればいいんでな」
「まったくもう……でもまあ……」
「?」
「お礼はいっておきます、ありがとうございました」
そう言ってすっかり元に戻った睡とゼリーとスポドリの昼食をしてから睡の部屋に居座った。コイツのことだから離れれば無理をするのが目に見えているので見ておかないと心配になる。
「お兄ちゃん……その……聞かないんですか?」
「何をだ?」
「私がああなった原因ですよ」
「見当がつけばそれでいいし言いたくないことを聞く気は無い」
「お兄ちゃん、その……もうしませんから今日だけは大目に見てくれませんか?」
「いいんじゃないか、社会人だってストロングなものに逃げてるんだから一度くらい失敗してもしょうがないさ、ただし繰り返さないこと! いいな?」
「はい!」
そうして夕食はサイドコンビニを活用して消化にいいものを買い集めて済ませた。文明の進化とはこうも便利になっていくものなのだろう。
夕食を食べた後、追加で飲ませたスポドリですっかり元気になった睡を解放してお風呂に行かせた。まさか素面の状態で身体を拭けとは言わないだろう。
そうして俺たちは日常に戻るべく就寝したのだった。
――妹の部屋
「あぁ……お兄ちゃんが私の身体を拭いた!」
なんて素晴らしいことなのでしょう、それをはっきりと記憶していないのがとんでもなく悔やまれます。
眠気覚ましにカフェインを錠剤で少しとコーヒーを飲んだ後にエナドリを投入したのはマズかったようです。私が前後不覚になるとは思っていませんでした。私としたことが……とんでもない失態でした。
しかし、私は賢い妹なので同じ事は繰り返しません! お兄ちゃんに迷惑はかけられませんからね!
私は記憶の中を掘り起こしながらいい気持ちで眠りにつきました。