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一杯のコーヒー

 その日は朝から眠かった、きっと眠そうな目をしていたからだと思う。朝ご飯を食べていると睡から声をかけられた。


「お兄ちゃん? 眠れなかったんですか?」


「いや、そんなことはないが?」


 妙なことを聞いてくるやつだ、昨日は午後十時には寝ている。問題は眠気が取れないということだけだ。最近こういうことが多い、冬場なら冷たい空気が肌を刺すので強制的に起きることになるが、なまじエアコンを稼働させているとベッドの上が居心地のいい楽園のように感じてついつい二度寝、三度寝をしてしまう。もちろん今が夏休みだからという理由も大いにあるのだろう。


「お兄ちゃん、ちょっとコーヒーを切らしているので買いに行きませんか?」


「眠気覚ましが無いのか……いや、俺はカフェインの錠剤のストックがあったはず……」


「お兄ちゃん! すぐそうやって科学の力に頼ろうとしないでください! まったく……お兄ちゃんの健康的な生活のためにコーヒーを買いに行きますよ!」


 そう断言されて俺たちはスーパーへと向かうことになった。丸々一箱エスタロンモカの未開封品が引き出しの奥に入っていることについては黙っておいた。かがくのちからってすげーと思っているが言い出すと怒られそうなので黙っておく、沈黙は金だ。


 部屋に戻って着替えを済ませる、スウェットで生活していたのだが外に出るならもう少しまともな服を着るべきだろう……多分……


 Tシャツとジーンズに着替えて睡を待つ、たかがスーパーに行くだけだがアイツはこだわりがあるらしい。しばらく待つと睡が着飾って出てきた、よく分からないがお洒落とはこういうものをいうのだろう、俺には基準になるものが無いのでそれがどうお洒落なのかは説明出来ない。


 まあ要するに俺にはファッションチェックは出来ないということだ。そんなことをぼんやり考えていると睡が俺の手を引っ張ってきた。


「お兄ちゃん! 行きましょう!」


 俺は手を引かれながら玄関を出た、太陽があまりにも眩しい、この暑い中コーヒーを買いに出かけるというのは自殺行為ではないだろうか? ついでにいうなら暑さと日光ですっかり目が覚めてしまった。眠気覚ましを買いに行くのに目が覚めるのだから本末転倒もいいところだろう。


「暑い……」


 俺がそうこぼしても睡はお構いなしに俺の手を引いていく。どうやら俺に拒否権は無いようだ、知ってた。


「だらしないですねえ……もうちょっと頑張りましょうよ」


 うるさいな……俺は体力が無いんだよ……まだ家から出て十分と経っていないはずなのに意識が朦朧としてくる。インドア派に外出を強要するのは勘弁願いたい。


「お兄ちゃん、大丈夫ですか?」


「ああ、なんとかな……」


 意識をはっきりさせてなんとか踏ん張る、ただ生きるだけなのにサバイバルなのはぼっちの習性とも言える。なんでそんな悲しい宿命があるのかといえば基本的に外でウェーイする機会が無いので慣れていないからだ。夏の日はエアコンの効いた室内で漫画でもラノベでも読んで気楽に過ごして日が落ちてから活動する人間には太陽が真上にある時間帯の活動は慣れていない。


「お兄ちゃんは夜行性なんですか? それとも吸血鬼か何かですか? 日光を浴びると死ぬんですか?」


「言いたいことを言いやがって……」


「だってお兄ちゃんさっきから疲れ切ってるじゃないですか」


「このクソ暑い中空調のない屋外を歩かされれば疲れるに決まってんだろ」


 妹はやれやれと肩をすくめて俺を引っ張る。


「はいはい、虚弱体質なお兄ちゃんは早く空調の効いたスーパーまで行きましょうね!」


 そんなやりとりを数回繰り返しながら俺たちはようやく近所のスーパーにやってきた。


 俺はさっさと帰るべく目的のコーヒーをカゴに入れてレジに向かおうとする、しかしそれを睡に止められた。


「お兄ちゃん、まさかコーヒーってそれのことを言ってるんですか?」


 俺がカゴに数種類入れた『缶コーヒー』を見て睡が怪訝な顔で言う。


「コーヒーだろ?」


 呆れ顔で睡は俺に言った。


「普通に粉か豆ですよ? ウチにコーヒーメーカーが有るのをお兄ちゃんは知らないんですか?」


「カフェインが取りたいんだったらエスタロンモカ飲むし……」


 妹は兄が信じられないという顔をして缶コーヒーを全て棚に戻していった。


「いいですか! 錠剤でカフェインを取ろうとか言う安直な考えは捨ててください! まだエナドリの方が健康的ですよ?」


 そう言って俺からカゴを取ってペットボトルの並んでいる売り場を離れ茶葉等が置いてあるところに移動した。


「気が進みませんがお兄ちゃんに選ばせてあげます、好きなコーヒーを選んでください」


 ずらりとコーヒー豆が並んでいる、挽いてあるものから豆そのもののものまで様々な種類が並んでいる。俺が選ぼうにも普段買わないので情報が欲しい。


「睡、どれが良いやつなのか教えてくれるか?」


「しょうがないですね」


 そう言って睡はこちらは酸味が強いとか、これは香りは強いけど苦味も強いとか、豆の種類を教えてくれた。俺はなんとなくよくローストしてあるという豆を選んでカゴに入れた。睡の顔は『及第点』と言いたげだった。


「じゃあ後は夕食の材料とかも買っておきましょうか」


 そう言って睡は肉や野菜をポイポイとカゴに放り込んでいく、何を作るのか聞いたところ『コロッケ』という返事が返ってきた。ちなみに現在買い物をしているスーパーの惣菜コーナーにコロッケはちゃんと売っている、その事を言ったところ「手作りの方が美味しいですよ?」と言われたので俺は味の違いが分からないとは言えず黙るのだった。


「さて、そろそろ帰りますかね」


 睡がそう言うのだが俺はそこではたと気がついた。


「睡、このカゴ結構重いんだけど……」


「でしょうね」


「これを買って持って帰るんだよな?」


「そうですよ?」


「ちなみに持つのは誰が……?」


「作るのが私なんですからそのくらいは苦労してくれますよね?」


 ニコニコと睡は俺に対して死刑宣告をするのだった。


 帰宅は俺にとって困難を極め、重たい材料の山と照りつける日光に汗をかきながらやっとの思いで自宅に帰り着いた。


「疲れた……」


「お兄ちゃんは鍛え方が足りませんよ」


 そう言われたが普通の高校生がどれほど身体を鍛えているのか基準が分からないのでなんとも言えなかった。


 帰宅後即自室の空調を冷房に極振りしてからシャワーを浴びて汗を流した。それが終わってキッチンを見てみると睡が汗一つ書かずにコロッケを揚げていた。アイツはロボットなんじゃないだろうか?


 そんなこんなはあったが何とかコーヒーを買うことを達成した俺は夕食を食べたら一杯コーヒーを飲んだ、全自動のコーヒーメーカーは便利だと思いながら、苦行を乗り越えての一杯を味わって飲んだのだった。なお、夜にコーヒーを飲んだわけだが疲れからカフェインもクソもなく泥のように眠ることが出来たのだった。


 ――妹の部屋


「お兄ちゃんとー! ショッピングー!」


 私は弾む心を抑えきれていませんでした。お兄ちゃんとお出かけするチャンスを逃さなかったことを褒めて上げたい気分です! 出来ればもうちょっとお兄ちゃんが私を褒めても罰は当たらないと思うのですが、それは多くを望みすぎなのかもしれません。


 今日はお兄ちゃんと一緒にお出かけが出来た。その思い出だけで一晩良い夢を見ることが出来そうでした。

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