台風の日
「あ゛あ゛あ゛う゛う゛う゛おにいちゃーん!」
「落ち着け」
ガラガラと雷が落ちる、まあ要するに現在台風のまっただ中だ。真夏の台風にビビりまくっている睡に、コイツも怖いものがあったんだなあなどと呑気なことを考えてしまう。
始まりは昨日の天気予報だった。
「翌日には台風が○○地方に上陸します」
「おー台風か、戸締まりちゃんとしとこ」
「お兄ちゃん! 食料の買い出しに行っておきますよ!」
まだその頃は睡も元気だった、まるで台風など何でもないかのようだった。
昼
「お兄ちゃん! カロリーメイトが安いですよ! 引きこもるには便利ですね!」
「お兄ちゃん! コロッケ売ってますよ? 買っときましょうか?」
まだスーパーに買い出しに行く頃には元気だった。
帰宅後
「お兄ちゃん! モバイルバッテリー全部出してください! 充電しておきますよ!」
とまあまだ台風対策にやる気を出していた、その後阿鼻叫喚になるわけではあるが……
そして現在。
「お兄ちゃん! ガラスが割れそう! こわいですよう!!!」
とまあビビりまくっていた。
俺の部屋の中、半泣きの妹が俺に抱きついている、コイツが意外なビビりだったのは知らなかった。というか涙と鼻水が俺についているんですが……
「落ち着け、家が吹き飛ぶほどじゃない。ほっとけば収まるよ」
「だって怖いものは怖いじゃないですか!」
俺はスマホを取りだして天気予報図を見せる、台風は俺たちのいるところの真上を通過中だった。今が一番強い時なのでこの後は収まっていくだろう。
「今を乗り切れば後は怖くないかな、な?」
「うぅ……お兄ちゃんは平気そうですね?」
俺はリモコンを手に取って灯りをつける。
「まあこうして電気もちゃんと通ってるからな、ホントにヤバかったら電気くらい真っ先に落ちるぞ?」
少なくとも電線は切れていないと言うことだ。台風が真っ先に影響するのは電気とダムだからな。幸いこの辺にダムはないので放流で河川が溢れることもないだろう。後は電気が使えれば問題無い。
「それに考えても見ろよ? こうしてスマホがちゃんと通信出来るんだぞ? 通信網が落ちてないって証拠だろ?」
睡はようやく落ち着いて俺から離れてくれた。俺のパジャマにたくさん涙がついているが見なかったことにしよう。グスグス言っていた睡もようやく落ち着いてきた。だというのに……
ガッシャーーーーン!!!!!
雷が落ちた、台風の中では良くあることなのだが……
「お兄ちゃん! やっぱりヤバいじゃないですか! 雷怖いです!」
もう一度俺にギュッと抱きついてくる睡、このパジャマ後で洗濯しよう……
それはともかく、こうして抱きつかれていると行動出来ない、しかも本心からビビっているようなので突き放すわけにもいかない。俺に全力で抱きついているので締め付けられて腹回りに回された手で締め付けられて苦しい。
「分かった分かった、だからとりあえず離れろ」
「ふぁい……」
ようやく締め付けが解かれて落ち着く、台風の何が怖いのか分からないが怖いものは人それぞれだし責めてもしょうがないだろう。
「今が一番台風のキツい時間だから、ここからは収まっていくからな?」
「ホントですか……?」
「ああ、今が直撃してる時間だからここからは通り過ぎていくだけだよ」
ようやく落ち着いたのか睡が半泣きの状態で俺に言う。
「お兄ちゃん……手……握っててくれますか?」
「しょうがないなあ」
俺は睡の手を握る、ぬくもりが伝わってくる、少し暑い気がするのはさっき大騒ぎしたからだろうか?
五分ほど握っていると泣き顔をやめ、ようやくいつもの笑顔に近くなってきた。
「お兄ちゃん?」
「なんだ?」
「こうして手を握ってると小さい頃を思い出しますね?」
「そうだったかな……」
睡は訥々と語りだした。
「昔雷で停電して真っ暗になった時もお兄ちゃんは手を握って大丈夫っていってくれたじゃないですか、お兄ちゃんだって怖かったんでしょう? あの時はとっても頼りになるって思いましたよ?」
「そりゃどうも」
俺が素っ気なく返事をすると睡は手を握る力を強くした。
「私はお兄ちゃんが世界で一番頼りになるって思ったんですよ? お兄ちゃんには何も怖いものなんて無くって、私のためなら何だって出来る、そう思ってたんですよ?」
「それは買いかぶりすぎだよ」
俺にだって怖いものくらいある、それを妹に見せることを是とするかどうかの違いだけだ。
睡は相変わらず俺の手を握って話を続ける。
「私が怒られた時だっていつもかばってくれたじゃないですか、きっとお兄ちゃんなら私が何をしてもかばってくれるんでしょうね……」
「一般的な道徳は頼むから持っておいてくれよ……」
俺はそこまで立派な人間ではない、怖いものは怖いし(例えば金欠とか)睡が明らかに悪いことをしたら叱らなければならない。出来ることなら道徳的に背徳的なことをして欲しくはない、睡のことを責めるのは心が痛む。妹が何も問題を起こさずに生きて欲しいというのが俺の本音だ。
しかし、こういう天災というのは俺たちの生活態度や行動にかかわらずやってくる、そういったものから妹を守るのもまた兄の義務だ。
俺は空いている片方の手を睡の頭に乗せて言った。
「大丈夫、俺がついてる。いつだって一緒だよ」
睡は突然のことにビックリとした様子で声を上げた。
「へぇ!?!? お兄ちゃん、私の側にいてくれるんですか!」
「ああ、できる限りは助けてやる。だから安心してろ」
そうしていると徐々に風が弱まってきた、雷の光と音のタイミングもズレてきた。どうやら離れていっているようだ。
「ほら、手を握っておいてやるから寝てもいいぞ」
「いえ、せっかくお兄ちゃんが手を握ってくれているのでしばらく起きてますよ」
少し、いつもの睡が戻ってきたようだ。安堵して俺は睡の手を離そうとする。
ギュウ……
「お兄ちゃん、もうしばらく握っててください……」
少し考えて状況を見るに安心させてやらないといけないなと判断した。
「ほら、手は繋いでおくよ」
「フヘヘ……お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
睡も起きているのが限界なのか目がうつらうつらとしている。俺は睡が言っていた昔のことを思い出そうとする、どうにも昔の記憶は混濁していてはっきりとしない。そうこうしているうちに俺の方が眠ってしまった。
目が覚めた時、ベッドに腰掛けて眠っていたと思ったら上半身に睡が覆い被さって寝ていた。よくこの状況で眠れたなと思いながら睡を起こす、窓の外はすっかり晴れていて昨日の嵐などなかったかのようだ、それが確かにあったことを水たまりとして残すばかりになっている。
「睡、もう台風は行ったぞ」
「ふぇ……ああお兄ちゃん、おはようございます!」
いつも通りの声に安心して俺は睡を押しのける。
「睡にも怖いも乗ってあるんだな?」
睡は不服そうに答える。
「まるで私を怖いものなしみたいに言わないでください! 私だって怖いものくらいありますよ」
「はいはい、落ち着いたところで自分の部屋に戻ろうか?」
「へっ!? ここお兄ちゃんの部屋じゃないですか! お兄ちゃんの部屋で寝たのになにも無かったとは……不覚です……」
もう完全にいつもの睡に戻っているので部屋に戻して俺は睡の涙と鼻水がついたパジャマを洗濯機に放り込んだ。
俺は窓の外の陽光を眺めて昨日のことは夢幻だったんじゃないかとぼんやりと考えていた。
――妹の部屋
「あああああああああああああ!!!!!!!!!」
私は叫びます、なぜお兄ちゃんの部屋で一晩明かすというチャンスをふいにしたのですか私! お兄ちゃんが私とくっついて寝たんですよ! それで何もなかったとか私の不覚以外の何物でもないでしょう!
私は情けない姿をお兄ちゃんに見せたのにそこから何も進展がなかったことに悔しさの涙を流すのでした。




