夏は英語でサマー
轟々とファンのやかましい音が響いている、夏の暑さにあてられてPCのCPUが全力を出しているのでそれに合わせてけたたましい音を立てるCPUファン……夏のお約束? だろうか。
暑さは容赦なく俺の脳みそを加熱してまともな思考が出来なくなる。寝る前にエアコンにタイマーをかけていたのは完全な失敗だった。俺はスマートスピーカーに『冷房をつけて』と言ってリモコン機能を使って冷房をつける。
ふぁー、とエアコンが冷気を吐き出してくる、真夏の密室がどんどん冷却されていく。文明の利器に感謝しながら冷房を身体に浴びる。
「生き返るなー……」
筋肉痛を感じながらもアスピリンを一錠飲んでベッドの上に寝転ぶ。冷房とベッドの柔らかさが俺を堕落させていく。
「お兄ちゃん! 朝ご飯ですよー!」
睡の言葉に逡巡してから、きっとキッチンは冷房がかかっているだろうと思い腰を上げた。
「おにーちゃん! まだですかー?」
睡の声に俺も返事をする。
「今行く!」
そう返して筋肉痛をこらえて歩き出す、足が悲鳴を上げるがもうじきアスピリンが痛みを止めてくれるだろうと睡のところへ歩いていった。
キッチンについて睡が「やっときましたか……」と言いながら朝食を差し出す、いつも通りのトーストとミルクだった。
「いただきます」
「はい、いただきます」
そう言って二人でトーストをかじる、バターがたっぷり塗られていて味が濃くて胃にドッスリと収まる。
「美味しいな」
お腹に何も入れていない状態でアスピリンを飲んだので胃にクルと思ったがおそらくこれだけ食べればそれほど問題は無いだろう。
「お兄ちゃん、筋肉痛で動けないかと思いましたよ?」
「俺だって対策もなしに行動はしないぞ」
「対策ねえ……どうせ鎮痛剤飲んだんでしょう? あんまり薬で解決するのはお勧めしませんけどねえ……まあロキソニンやアスピリンの一錠くらいどうって事はないでしょうが……まさかピリン系使ったわけでもないんでしょう?」
「さすがにそこまでキツいのは必要なかったよ」
ピリン系はさすがに筋肉痛に使うにはオーバースペックにもほどがある。俺だってその程度の分別はある、分を弁えて使っている。
「お兄ちゃん、今日もジョギングしますか?」
クスクスと睡が笑いながらそう問いかける、俺は苦笑して答えた。
「やめとくよ、さすがに昨日のが堪えてる」
「やせ我慢はしないんですね」
睡のその褒め言葉だか貶しているのだかよく分からない言葉を聞き流して寝ている時にかいた汗を流そうと考えていた。
「そういえばお兄ちゃん、大分汗をかいてますけどエアコンを使わなかったんですか?」
「ああ、適当なところでタイマーで切ったよ」
睡は心底呆れたというため息を一つ吐いて俺に言った。
「お兄ちゃん、耐えることは美徳ではないですよ。無茶をして身体を壊したら元も子もないんです」
「エアコンかけっぱなしっていうのもなあ……」
睡はニコリと笑って言う。
「お兄ちゃんがエアコンをかけっぱなしで寝るのに気兼ねするというのなら……」
「なんだよ?」
「私はエアコンかけたまま寝てるので私と一緒に寝ますか?」
ニヤニヤしながらそう言う妹に返す言葉は無かったがとりあえず断っておいた。
「やめとくよ、俺はベッドでのんびり寝たいんでな」
「ソレは残念」
素っ気なく言う睡に俺は文句も出ない、何しろ昨日我慢して運動していたらこの程度じゃ済まなかっただろうからな。
「睡、今日は勉強するか? 身体はまともに動きそうにないしな」
「それはお兄ちゃんだけでしょう……運動不足なんですよ。ま、お兄ちゃんが見てくれるなら勉強も少しはやる気になりますかね」
「じゃあ英語な」
「うへぇ……」
露骨に嫌そうな顔をする睡、コイツは英語が苦手なのか……これからの時代それじゃ大変だろうな。
「よし! じゃあ今日は英語の勉強な?」
「マジですか……昨日止めるんじゃなかったですね……」
そう苦々しそうに睡が言っていたが、なんだかんだとは言えやる気自体はあるらしく、参考書を持って睡の部屋に集合ということになった。「重も呼ぼうか?」と聞いたところ「お兄ちゃんがまともに動けない状態ですよ? 私に任せる気ですか?」と言われ、それもごもっともなので今日は睡と英語の勉強ということになった。
俺はアスピリンで多少楽になった筋肉痛とそのために犠牲にした多少の胃の重さを連れて睡の部屋に教科書を持って向かった。
そうして睡の部屋で英文の解読が始まった。
「お兄ちゃん、ここなんですか?」
「ああ、そこは現在進行形で……」
とまあ初歩的なところから関係代名詞等まで地道に進めていった。なお、俺が用意した英語のコンピュータのドキュメント達は『さっぱりわかんないです』と言われ、コンピュータの界隈では英語が標準語だが、日本人には英語が身の回りからほど遠いことを理解したのだった。
「ぜぇ……ぜぇ……お兄ちゃんいっつもこんな言語を読んでるんですか?」
「ん? ああ、まあ基本的なところはな、ただ……」
「ただ?」
これを睡に伝えていいのか少し迷ってから自信を持たせるためには役に立つだろうと思ってソレを伝えた。
「英語がネイティブな人も少しの文法のおかしさやスペルミスは見て見ぬふりをしてくれるぞ」
睡が目を丸くして答えた。
「は!? じゃあ英語なんて勉強しなくていいじゃないですか!?」
そう言うと思ったから黙ってたんだがなあ……しょうがないので睡に解説をする。
「でも、基本的に情報は正しい文法の英語で初めに出てくるからな? ちゃんと理解しておくと有利だぞ」
そうは言ったものの、睡はもう知ったことではないと英語の勉強を投げ出していた。
やれやれ、ものぐさなのはエンジニアにとっての美徳だけれど学校での生活には不自由させる要素でしかないんだよなあ……
そうして何とか英語の勉強をやっていると睡が「あ! 私にはお兄ちゃんに夕食を作ってあげるという使命があるのでした! と言うことなのででは、キッチンに行ってますね!」
「あ、おい!」
スタスタと逃げられてしまい俺は小走りの睡に追いつくだけの体力も残っていなかったので教科書を整えて持ち帰るしかないのだった。
結局、その日はろくに勉強は進まなかったのだった。まあ多少は俺の英語のボキャブラリが偏っていたことは認めよう。それにしたって逃げるこたあ無いだろうに……
俺は不満に思いながらも夕食を食べにキッチンへと向かった。
――妹の部屋
「ああ!!!!! お兄ちゃんと部屋で二人きりとかボーナスタイムじゃないですか!? なんで私はソレをふいにしたんですか!?」
文句を言ったところでお兄ちゃんが来てくれるわけではありません、お兄ちゃんとの甘い一時だと思っていたのに英語漬けにされて思わずソレを投げ出してしまいました。なんてもったいない!
とはいえ、夏休みはまだまだあるのです、じっくりお兄ちゃん√を攻略しましょうか……
私は多少の愉悦とともに眠りにつきました。なお、お兄ちゃんにエアコンを使うように言い忘れていたことを意識を無くす寸前に思い出し多少後悔もしたのでした。