しゅーぎょーしき
「お前ら、夏休みだからってだらけるなよ! 休み明けのテストも教師の格付けに関わるんだからな! 私の社会的地位を下げるなよ!」
教師は終業式後のHRでそう言った。何処までも自分に忠実な教師だ。クラスの面子もいつものことなので呆れながら聞き流している。その後何回か『私に面倒をかけるなよ』と念を押して俺たちは終業式のために講堂に案内された。
熱気に満ちた講堂で先生方の有り難いお話を聞く羽目になり、皆嫌気がさしていた頃ようやく解散となった。何故校長の話はああも長いのだろうか? よくよく話を作り込んでいるようだが壇上だってエアコンがあるわけでは無いので暑いに決まっているのによく話が続くものだ。俺も内容ではなく話がそれだけ続けられることに感心しながらようやく解放されたことに安心したのだった。
今日は帰り前のHRで教師が『校長のクソ長い話が終わったな! アイツなんであんな長話が出来るんだろうな!』と言いながら夏休みの案内を配ってきた。内容はありがちな長期休暇で浮かれるなよとか、勉強はしっかりするように、などと月並みなことしか書いていなかった。クラスの大半は頭がもう休暇に入っているらしく気もそぞろに眺めてクリアファイルに綴じ込んでいた。きっとそれらは新学期になっても読まれないんだろうな、などと感じさせるには十分だった。
そうしてHRが終わって俺たちは本当に夏休みに入ったのだった。睡は教師が出て行くなり俺のところに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! 夏休みですね! これはもう遊びまくれといっているようなものです!」
コイツはちょっと前に期末試験でヒーヒー言っていたのはすっかり忘れてしまったらしい。休み明けに泣き顔になる睡が見えるようなフラグだった。呑気なものだなとは思うものの、睡がとびきりの笑顔でそう言ってくるので俺も簡単には非難出来なかった。
「誠、今日は何処か睡ちゃんも一緒に遊びに行かない?」
珍しく重がそんな提案をする、コイツにしては珍しく遊びの誘いだ。それに乗ってもいいのだが、睡が警戒感をむき出しにしている。
「重さんは不真面目ですね。私は真面目なのでお兄ちゃんと勉強します」
しれっと前言を撤回する睡に対して重は「酷くない!?」などと言っていたが結局俺たちは夏休みにもそれなりに会うという約束をしてから帰宅しようとした。
帰途についてからしばらくして重と別れたところで睡が俺に抱きついてきた。
「へへへっ……お兄ちゃんとのお休みですねえ……」
にやけ顔が隠せていない妹と休みに入ったことの安心感からそれを遠ざけることは出来なかった。明日からは宿題と予習にかける時間がたっぷりと必要なので今くらいは、今だけはこうしていようと思ったのだった。
そうして帰宅するのかと思えば睡がクイと俺の腕を引っ張る。
「お兄ちゃん! せっかくの夏休みなのでちょっと豪華な晩ご飯にしましょう!」
そう言って俺をスーパーの方に引っ張っていった。デパートで買えるほど金があるわけではないので贅沢と言ってもスーパーなのが庶民の限界だな。
もちろん肉のコーナーに俺たちは直行した。焼いた肉は健康にいい、ソレが俺の信条だ。
「お兄ちゃん! たまには国産牛買っちゃいますか?」
「おお、いいな! 軽く焼いたら美味そうだな!」
俺たちはノリよく肉と付け合わせの野菜を買ってレジに向かう、やや大ぶりな肉が二枚、立派にカゴの中に入っていた。会計で多少多めの金額を支払って嬉しそうに睡が微笑み、俺はニヤリとして今日の夕食に思いを馳せていた。
帰宅後、「お兄ちゃんより私の方がお肉を美味く焼けます!」と主張した睡によって俺がやることは野菜を温めるためにジップロックに入れてレンジにポイとやるだけの役目を与えられた。
ジュウジュウと肉の焼ける音がして、タンパク質の変性する美味しそうな匂いがしてきたところでレンジがピーと調理終了を告げた。そうして夕食は完成した。米は甘え、男なら肉を食え、と言うわけで温野菜とステーキの豪華な夕食になった。
テーブルに食事を並べて睡と一緒に座る、「いただきます」と手を合わせて肉を切って口に運ぶ、やはり美味い。
「やっぱり肉を食べると元気が出るな!」
俺がそう言うと睡も笑いながら答える。
「お兄ちゃんはお肉が好きですねえ……まあ私が焼いたんだから美味しいでしょう?」
「ああ、とっても美味しいな」
俺は満足に応えると睡もステーキを口に運びながら微笑んでいた。二人で満足いくまで十分な夕食を食べた後で睡はこう言った。
「お兄ちゃん、私が頑張ったらこんな風にご褒美をくれますか?」
俺は少し考えてから答えた。
「出来る範囲にしてくれよ?」
睡はとびきりの笑顔で応える。
「もちろんですよ!」
その言葉を何処まで信用出来るかは不明だったが、少なくとも『頑張ったら』というところが本気だといいなあ、などと考えた。
「ごちそうさま」
「はい、ごちそうさま」
二人で食器を洗って睡をお風呂に行かせてから俺は呑気に緑茶を飲んだ。ソレはいつもより数割増しで美味しく感じられたのだがそれが気のせいなのか、茶葉が変わっていたのかは定かではなかった。
「お兄ちゃん、お風呂空きましたよ?」
「ああ、分かった」
俺はさっさとシャワーを浴びて一学期の厄介ごとの全てを洗い流しながら気分よく身体を洗うことが出来た。
暑くなってきていたのでシャワーだけで済ませて風呂上がりにドクターペッパーを冷蔵庫から一本取りだしがぶ飲みした。何故かドクペを飲むと頭がスッキリする、コーラでもいいのだがやはりあの薬のような味はコーラには出すことが出来ない。
「お兄ちゃんソレ好きですねえ……」
「美味いぞ、つーかお前はペプシなんだよな……普通にコカコーラとかは選ばないのか?」
睡は笑って答えた。
「私もお兄ちゃんと『同じ』で主流派は嫌いですからねえ……まあコカコーラも飲むんですけどね?」
二人でひとしきり笑い合って睡がペプシを飲んでいるのを笑いながら睡に今度コカコーラを奢ってやると言っておいた。
俺たちはひとしきり笑って眠ることにしたのだった。
――妹の部屋
「今日からお休み! なんて素晴らしいんでしょう!」
私は長期休暇の始まりについて考えながら部屋の冷房を入れました。
冷たい風が私の髪を通り抜けてすがすがしさを感じながら、この夏休みの間お兄ちゃんと一緒に過ごせることに感謝をしたのでした。
ついでに言うなら、補修を避けるために頑張ってくれた重さんにも、多少、ほんの少しは感謝をして眠りにつきました。