夏の日、水着、プール
ピンポーン
ドアチャイムが鳴る、俺は玄関にはんこを持って行く。ウチに来るインターホンの大半は通販がらみだ。シャチハタでも十分なので部屋に転がっているものを使えば良いだろう。
「はいはーい」
「お届け物です」
「はい」
ポンとシャチハタを押して荷物を受け取る、宛先は俺だった。はて? 何か通販をしていただろうか? 最近はお金の都合で通販は節約気味だったはずだが?
俺はなんとも言えない違和感を覚えながら箱を見る。通販サイトのマークが箱の横についている。俺がいつも使っているサイトだが今回は使用した覚えがない。しかし俺はそれについて深く考える前に暑くなっている玄関から荷物を冷房の効いたリビングへ運んでいった。エアコンのない場所では頭が上手く働かない季節だ。人間の頭にもサーマルスロットリングがあるのだろう、極端に暑い場所では頭が上手く回らない、冷却する必要がある。
俺はその奇妙な箱をエアコンの効いた部屋へ持って行き眺める。通販サイト公式からの発送で、代理のサードパーティーではないようだ。怪しげな店から来たなら開けずに返品するが、発送のシールには確かにウチの住所とサイトの公式マークがついていて偽物の雰囲気は皆無だ。もし詐欺なら代引きにするだろう、その方が安全で俺に荷物だけを取られることもなくなる。
奇妙な段ボールを前にしばらく考えた後、俺はカッターでガムテープを切り裂いた。二になっていた部分が開くと中には……水着?
おそらく高いものではないのだろう、安物の海水パンツが入っていた。ブランド名が入っていないのでおそらく中国のノーブランド製だろう、それは灰色のパックに包まれていたことからも予想がついた。問題は何故コレが俺宛に届いたかということだ。少し考えてから原因に思い至る。
睡か……
アイツがネットで俺の分の水着を適当に買っていたな、多分値段で選んだんだろう、かなり安っぽい作りで二シーズンはとても持ちそうにない物だった。
バタバタ、ガチャ
「お兄ちゃん! 届きましたね! さあ海に行きましょう!」
やはりコイツがギフト用に注文したものなのだろう、思い切り笑顔で俺にそう言ってきた。
「この水着でか? というかここから海まで電車が必要なの知ってるだろう? 今日中に帰って来られないぞ?」
現在午前十時、場所は内陸部で海に行くにはそれなりの距離を電車で移動する必要があった。それだけなら「電車くらい使えば良いじゃん!」と都会に住んでいれば思うのかもしれないが生憎とここでは電車は1時間に一、二本、今から出かけると帰宅時間がとんでもなく遅くなることは明らかだった。
「む……せっかく私の新しい水着があるんですよ! お兄ちゃんに見せたいです!」
言いだしたら聞かない妹が強情になってしまった、どうにか妥協をしてもらわないと困る。
「じゃあ市民プールでも行くか? あそこは自転車でも往復出来る」
睡はしばらく考え込んでから答えた。
「そうですね、現在はそれで良しとしましょう。でも夏休みには海に行きますからね!」
こうして話はまとまった。水着とタオルを耐水バッグに詰め込んで俺たちは家を出た。そこでちょうど重ね煮であった。
「あら、奇遇ね?」
「お前とは家の前でよく会うな……待ってるんじゃ無いかと思う時があるよ?」
「……!? まさか……そんなわけないでしょう」
そうだろう、このクソ暑い天気の中で出てくるかどうかも分からない人を待つなど苦行も良いところだ。ソイツに大量の金を貸しでもしていない限りそこまで熱心になれる人は居ない。
「ああ、重さんですか。私たちはこれからプールに行くので残念ながら水着を持っていない重さんは誘えませんね」
「……ッツ!?」
重の顔がやや引きつってから何処か低い声で言った。
「睡ちゃん、私も夏は一緒に行きますからね? 誘ってくださいよ?」
「来れたら来てください」
そう言って睡は自分の自転車に鞄を放り込んで俺を呼んでいる。
「悪いな、ちょっと睡の気まぐれなんだ」
「分かってる、あなたはそこまで冷たくない」
そう言って自分の家の方向へととぼとぼ帰っていった。はて、俺の家の近くで用事でもあったんじゃないだろうか?
考えても答えが出ないので俺も準備している自転車に乗る、睡からは「二人乗りとか雰囲気よさげですよね」と言っていたが俺は法令を遵守するのでそんなことはせず二台の自転車で市民プールに向かうのだった。
市民プールはまばらに人が居たが、おおむね俺たちより小さい、小中学生が多かった。高校生にもなると市民プールからは離れるのだろうか? 何にせよ睡と俺を知っている顔がないので安心して泳げるな。着替えてプールサイドでそんなことを考えていると『お兄ちゃん!』と睡の声が響いた。
「どう……かな?」
紺色の地味な水着が睡の紺色の髪色と一体になって身体のラインをくっきり表していた。とはいえ露出度は控えめではあるがそれなりに美人と呼んでも差し支えない状態になっていた。
「よく似合うと思うがそれがどうかしたか?」
「へへへ……そうですか、似合いますか!」
ニヤける睡を放置しながら俺は暑さに耐えかねてプールに飛び込んだ。
「睡も入れよ? 涼しいぞ?」
「お兄ちゃんは情緒ってものを知りませんね……」
そう言いつつもプールに飛び込んできた。屋内なのでサンオイルなどを塗る必要はない。
しかし睡は不満そうだ。
「ビーチボールも使えない……スイカ割りも出来ない……お兄ちゃんに何も出来ない……」
そう言って不満そうにしていたので俺が手を取ってプールの中を歩いてみた。久しぶりの感覚だが気持ちの良いものだった。
「今はコレが限界ですね」
睡は観念した様にそう言った。
その後、プールを1往復睡と競争してみたがほとんど同着で審判のいない環境では順位がつかなかった。
「さて、明日のこともあるしそろそろ帰るか」
「ですね、ま、ここくらいならいつでも来られますからあんまりプレミア感もないですしね。お兄ちゃんへの水着披露が出来ただけでも良いでしょう」
そうして俺たちは水を拭いて元着た時の服に着替えて自転車置き場で落ち合った。二人ともに汗がにじんでいて、それなりに冷たい水に浸かった意味がないような気がしたが、世の中の大半は意味のない行動なのだろうと考え気にしないことにした。
それから家まで自転車をこぐとプールで水に浸かっていたとは思えないほどの汗をかいていた。労力の割に初期状態よりも悪くなってるんだから笑えない話だ。その後、冷房をオンにして睡にシャワーを浴びさせてからその後俺もかいた汗を流した。市民プールは運動の場であってかいた汗を流してくれる場所ではないとそこに至ってようやく気がついたのだった。
その夜、睡の来ていた水着姿がなんだか頭から剥がれず眠るのにいたく苦労したのだった。
――妹の部屋
「シャーーー!!!!!!!! お兄ちゃんとプール!!!!!!!」
エアコンの効いた室内でベッドの上を転がります。あまりの嬉しさにゴトンと床に落ちてしまいました。
しかしアレです! 今日のお兄ちゃんの反応は初々しくて実に良かったです! この反応を海で見ることが出来たらどんなに良かったでしょうか!
そんな理想論と市民プールという手っ取り早くて現実的な選択肢を選んだ自分が正しかったのかどうか判断出来ず悶々としたまま夜は更けていくのでした。




