水着
「お兄ちゃん……暑いですねえ?」
「この部屋エアコン効いてるだろ」
今二人がいる部屋はエアコンがしっかりと効いている、涼しいと言ってもいい、暑いわけがなかった。
「お兄ちゃん? そこは『暑くなってきたし水着を買いに行こうか』って提案するところですよ!」
我が妹が独自理論を述べているが俺はそれについて深く触れるのを避けることにする。なんで妹の水着を買いに行かなきゃならないんだ……
「お兄ちゃん? 可愛い妹の水着を選びたいとは思いませんか? 思うでしょう!」
「俺はまだ何も言ってないんだが……」
「さあ水着を買いにレッツゴーです!」
俺は妹に引っ張られながら暑い暑い太陽光の元へと引っ張り出されるのだった。
アスファルトから陽炎が浮かぶ、上には太陽下にはアスファルト、纏う空気は灼熱、もうすでに逃げ出したいところだった。下からも上からも熱気が漂ってきてそれが俺を包んでいるんだから一刻も早く冷涼な環境への避難が必要だろう。
「お兄ちゃん! ほら行きますよ!」
俺は知っている、どういったところでこうなったコイツに何を言っても意見を翻すことなどあり得ないのだ。俺はクイクイと引っ張られるままに駅の方に向かっていく、せめて電車の中の空調が効いていることを期待しよう。
そうしてしばらく歩いた後……
「なんでプラットホームに空調がないんだ……」
「何を当たり前のことを言ってるんですか」
プラットホームはオープンエアー、電車が入ってくるから扉をつけるわけにも行かず、時間関係なく人が入ってくるので人用の出入り口にも効率的な扉をつけるわけにも行かない。そしてこのあたりの電車が来るタイミングは多くても1時間に二度だ。要するにクソ暑いホームで電車が来るのを待つ羽目になってしまった。
「暑い……」
そう愚痴ると睡は平気そうな顔をして俺に言う。
「お兄ちゃんは少々軟弱ですよ、もうちょっとメンタルを鍛えた方がいいんじゃないでしょうか?」
心頭滅却すれば火もまた涼しとは言うが、明らかに嘘だろう。火どころか空気ですら灼熱に感じてしまう人間には早すぎる概念だ。俺は睡の言葉を聞かなかったことにし汗を拭く。
「そろそろ電車が来るな……」
後二分で到着予定時刻だ。何事もなければ空調の効いた電車内に逃げ込める。
キキー・プシュー
電車が着いて扉が開くと即飛び込む、外よりは多少マシな空気が俺たちを冷やしてくれる。席に着いてみると外の暑さが嘘のようだ。スマホを取り出して時刻を見てみる。時刻九時半ピタリ、この国の電車の正確さには呆れるほどだが、たまには早く来てもいいのになあ……などと無茶なことを考えてしまう。
しばらく窓の外の景色を眺めていたら駅に着いた。となるとやはりショッピングモールまでは歩かなければならないわけで……
「暑い……」
「お兄ちゃん、もうすぐ私が着る水着が見られるんですから元気出してください!」
「元気が出るワードじゃないんだよなあ……どんだけ自分大好きなんだよ……」
睡は不満だったようで俺に不平を垂れる。
「お兄ちゃん、後十分も歩けば冷房が効いたところには入れますよ! ほら頑張って……」
「そう言うお前も汗をかいてるじゃないか……」
「ち・違いますよ! これは……そう! 身体の涙です!」
心の汗とは聞いたことがあるが、身体の涙って……そっちの方が汗よりマズい気がするんだがそれでいいんだろうか? しかし睡は上手いことをいったようにドヤ顔をして胸を張っている。コレに突っ込むと泥沼になりそうなので『早く行くぞ」といって歩を進めた。
しばらく歩いてようやくモールの中に入れた。しっかりが冷房が効いており冷えた空気が俺たちを包む。心地よい冷気を身体で感じながら歩いていると、汗をかいていたので必要以上に身体が冷えてきた。
「冷えるな……」
「それもいいじゃないですか?」
「そうだな」
その言葉だけで通じ合えるのが俺と睡の関係だ、必要以上に言葉はいらない、ただし睡は言葉にして貰えればもっと嬉しいというスタンスだ。俺は必要以上に言葉にしないので時折不満を言う睡だがそこは信頼感で補えている……はずだ。
「さて水着コーナーに行きましょうか!」
俺は手を引かれて水着売り場に連れて行かれる。迷うことなくウォータースポーツのコーナーに向かう睡に、コイツ下調べしてるな、などと思うのだが口にはしなかった。すいすいと迷うことなく水着の売り場に着いてしまった、どうにも水着売り場というのは陰キャには相性が悪い場所だ。誰も知り合いなんていないはずなのに視線を感じてしまう。
「どういったものをお探しですか?」
その声は俺ではなく睡に向かったものだった。店員さんの営業努力はむなしくも『お兄ちゃんに決めてもらうので結構です』の一言に切って捨てられていた。店員さんは笑顔を崩すことなくその場をにこやかに去って行った、やはりプロは違うなあ。
「お兄ちゃん! こういうのはどうですか?」
そう言って差し出してきたのは布の面積がそれなりに小さいビキニだった。想像すると……うん、良くないな。
「もう少し露出が小さい方がいいんじゃないか?」
反論されるかもと思ったが睡は素直に商品を戻した。
「お兄ちゃんは私を自分だけのものにしたいんですね……無闇に肌を晒すなと……」
誰もそう言うことは言っていないのだが……何やら納得したらしくもう少し露出の少ないパレオを持ち出してきた。
「コレはどうですか? 露出低めでお兄ちゃん向けですよ?」
「うん……いいんじゃないか?」
しかし睡は渋い顔をしてそれを戻した。
「あれ? やめるの?」
「お兄ちゃんをドキッとさせる水着が目標ですからね。心配させるのはまた別物です」
よく分からないがもう少し露出を少なくするらしい。悪くないことなんじゃないだろうか。カチャカチャと水着を選ぶ音が聞こえてついに選び出したのは……
「お兄ちゃん! コレはどうですか?」
今度はセパレートではない、よくある水着を持ち出してきた。よく分からないが俺の直感がいいんじゃないかと告げている。
「似合うぞ」
睡は俺の顔をしげしげと見てから言った。
「良い反応です! コレにしますね!」
どことなくスク水を思わせるそれをレジに持っていった。俺は遅れて睡についていった。
睡は支払いをすませホクホク顔で俺の手を引いた。
「じゃあお兄ちゃん! 帰りましょうか!」
その笑顔のために一日使ったのは決して無駄遣いではないだろうと安心感を与える笑顔だった。
そうして帰宅しながら『暑い……』『我慢ですよ!』などと言ったやりとりをしながらようやく自宅に帰り着いた。
「じゃあお兄ちゃん! 夏休みは海に行きましょうね!」
「あのさあ睡……気がついてないか?」
「なにがです?」
俺が簡単な問題を一つあげる。
「俺の水着はないぞ?」
睡はハッとしたように唖然としてからスマホを取りだし、俺に抱きついた。
「何するんだよ!?」
「採寸ですよ! この感じだとこのサイズで良さそうですね!」
睡はスマホを弄った後で俺に画面を見せた、そこには通販サイトの注文完了画面が写っていた。
「なんか俺について雑じゃない?」
「いーんです! お兄ちゃんに私を見てもらうためのイベントなんですから!」
そう言ってさっさと風呂に向かっていった、ああ言ってはいてもやはり汗をかいたのが気持ち悪いのだろう。俺はエアコンを入れて冷房にセットした。
――妹の部屋
「フフフ……へへへ……ハハハ」
お兄ちゃんに水着を見せる時のことを考えたらニヤけ顔が止まりません! お兄ちゃんと遊びに行ける! 他の誰もいない! 最高じゃないですか!
私は勝った水着を眺めながらニヤけるのが何時まで経っても止まりませんでした。




