雨降る景色
ざあざあ……ザーーー……
窓の外で大雨が降りながら地面を洗い流していく。梅雨もそろそろ明けようかという日曜日にその天気はやってきた。
「あめー……ひまですー……」
どうやらウチの妹様はその天気がお気に召さないご様子だ。朝も半ばになろうというのに未だに天気に対して管を巻いている。
「睡、いい加減諦めて洗濯物は乾燥まで済ませちゃおうぜ。こんな日に天日干しにこだわる理由も無いだろ」
睡曰くお日様の匂いだそうだが、俺にふかふかの布団に飛び込めればそれが布団乾燥機を使っていようと、天日干しだろうと違いの分からない男だ。だから俺には洗濯物を乾燥機能まで使って全自動で済ませてしまうことを良しとしない睡の考え方には疑問があったりする。一応ローテーションにしているが、俺が担当の日は毎回洗濯乾燥までドラム式洗濯機で終わらせてしまうので三日に一日だけが俺の担当になってしまった。睡曰く、お兄ちゃんの乾燥には心がこもっていない、だそうである。言っていることの意味はさっぱり分からない。
「でも……まだ……ワンチャンくらい……」
「無い無い、諦めて乾燥機にかけようぜ? その方が楽だろう?」
俺が堕落させようと囁くと睡は渋々と言った風にようやく諦めたのか洗面所に行き、洗濯機の中に洗濯物が入っているのを確認してから、電源を入れ乾燥モードでスタートした。
ガランガランと乾燥モードで洗濯機は回っていく、文明の利器のありがたさに感謝しながらドラムが回って叩きつけられる洗濯物を眺める、二槽式から考えると科学の進歩にすごいという人並みな乾燥しか浮かばないくらい楽に進んでいく。
「お兄ちゃん、あんまり安易な道に逃げるのはどうかと思いますよ? 逃げ癖が着いちゃいます!」
睡はそんなことを言うがこの天気だ、干す方法など無いだろう。部屋干しすればという意見もありそうだが、部屋干しの生乾きに比べれば洗濯機の乾燥機能の方が後から着心地が分かるほど違う。
「まあ……手間が減った分お兄ちゃんとイチャイチャ出来ると考えるとそれも悪くありませんね……」
俺たちはキッチンに戻る、喉が渇いたので冷蔵庫を眺めると冷えているのはルートビアのみだった。
「飲み物買ってなかったか……ドクペの方が好きなんだがなあ…」
俺がそう愚痴をこぼすと睡は諭すように言った。
「お兄ちゃん! サロンパスへの風量被害になっちゃいますよ?」
コイツも飲んだことがあるらしい、ルートビアと聞くと酒かと思う人も居るかもしれないが、全くもって完全なソフトドリンクだ。ただ、ほんの少し、飲むと口の中にサロンパスの成分であるサリチル酸メチルが広がってしばらく口の中がバグる程度でマズくはなかったりする(ゲテモノジュース常連の感覚)。
兎にも角にも選択肢が無いと言うことでルートビアのプルタブを引っ張って開ける、やはりマイナーチェンジ位していたかと思っていたが全く変わらないサリチル酸メチルの香りが口いっぱいに広がり鼻に抜けていく。
「なかなかいけるな、これ」
「お兄ちゃん……正気ですか?」
妹が奇異なものを見る目で俺を見ているが美味いもんは上手い。いかにもアメリカンと言った大味さが結構好きだ。
「じゃ……じゃあお兄ちゃん! 私にも一口!」
「ほれ」
ルートビアの缶を差し出す。二缶目を開けるとどう考えてもコイツは残しそうなので一口飲んだら満足するだろう。
コクリ……ん……れろ……
俺は思わず睡から缶を思わず奪い取った。
「明らかに舐めるのが目的だよな? 少しも減ってないぞ?」
「いえいえ、飲み口付近に着いた飲み物が鯛への美味しゅうございました」
まったく……俺は気にせず残りのルートビアを飲み干した。何故か睡は残念なものを見るような目をしていた。唾液というのは歯を磨いていれば基本的に匂いも味もしないものだ、兄妹でそんなことを気にしていたらキリがない。
「さて、お兄ちゃんとゲロマズジュースを飲んだわけですが……」
「ルートビアは美味いって言ってんだろうが……」
コイツは気にすることなく昼食を作り出した。俺が作るとワンパターンのローテなので睡が主に料理を作っている。やはりカレーチャーハンラーメンのローテは辛かったようで、同じもの続きでも全く気にしない俺からすれば理不尽に調理当番を奪われたと言ってもいい。まあ睡の料理が美味いのでそれについて議論を交わそうとはしなかった。
何が出来るかテーブルで待っている。一度「出来たら呼んで」と頼んだところ、「お兄ちゃんが居ないと適当な料理になりますよ?」そう言ってから俺が部屋に戻って次にキッチンに来た時は黒焦げのパンだったような気がするものに、半熟過ぎてまともに固まっていないゆで卵、そして元の材料が何だったのか見当もつかない謎の物体が皿の三分の一を覆っていた。
味について思い出そうとすると脳がそれを拒否した。それからは俺は何もしないとしても睡が当番の日にはキッチンでできあがるのを待つのが慣例となっていた。
「じゃーん! ビスケットにスコーンです! そして英国のアールグレイ! コレで優雅な昼食をしましょう!」
睡はジャムや蜂蜜の瓶と一緒に焼き菓子を差し出した。案外普通だな。
「以外と普通の料理だな?」
「そりゃあお兄ちゃんが食べますからね、今日はブリティッシュにいってみました!」
ペタ、サクリ
ジャムをつけてスコーンをかじる、確かに美味いといえるもので、妹が作ったということを考えなくても料理上手と言えるだろう。
そこでふと浮かんだ疑問を聞いた。
「なあ、何で俺がいないとあそこまでボロボロの料理になるんだ?」
「お兄ちゃん、病は気からって言うでしょう? お兄ちゃんが見てると思うと普段「まいっか」で済ませてしまうところを完璧にするんですよ!」
なるほどブラコンってわけね。それは別に構わないが出来ればコイツもまともな行き方をして欲しいものだ。
「お兄ちゃん、あーん!」
「さすがに恥ずかしいんだが……」
「誰も見ちゃいませんよ」
俺はビスケットを一つ取って睡の口に放り込む。自分で作ったビスケットで恍惚としている様は奇妙にさえ思える。しかし幸せそうに噛みしめている妹に文句を言うことは出来なかった。
「ふー……食べたな……」
「そうですねえ」
結構な量を食べて雨の中をアンニュイに過ごしている。外の雨は非常に大きな音を立て、外出を頑なに拒んでいた。
「睡、晩ご飯は俺が作る番だけど良いか?」
「そうですね、構いません、たまにはお兄ちゃんの料理も欲しいですし」
というわけで俺が夕食を作ることに決まった。
さて、と。夕食と言うことはそれなりのボリュームが必要だな。量があって手軽なもの……閃いた!
俺はホームベーカリーに生地を投入し起動するぐわんぐわんと生地をこねている音が響いている。
「お兄ちゃん、パンを作るなら私がやっても良いんですよ?
「いや、微妙に違う」
できあがった生地を長方形に成形しオーブンでしばらく焼く、チンとなったらショートブレッドの完成だ。
睡は驚いた顔でこちらを向いている。
「お兄ちゃん……それが夕食とか言いませんよね?」
「何を言う! コレは手軽に作れる完全栄養食だぞ!」
「お・に・い・ちゃ・ん!」
「なんでしょうか……」
睡が本気で怒っていた、殴ったりはしないが食事がもやしや塩パスタなどになってしまう。
「お兄ちゃんは週一の当番に変更です! こんなもの毎日食べられるわけ無いでしょう?」
そんなわけで俺は夕食を作る権利を制限されることになったのだった。
――妹の部屋
「お兄ちゃんの手料理……不味くはなかったですね……」
私はお兄ちゃんの手料理が好きです、しかし今日のものはさすがにどうかと思うのです。
もし私たちが自転車やバイクでツーリングしていたら傷みにくいアレは十分に役立つでしょう。しかしながら今は平時、わざわざ節約をする必要も無いでしょう。
しかし、お兄ちゃんの作ったショートブレッドが美味しかったことはここに記しておきます。